ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■十五幕 (最終回)

 
 残照の名残をとどめ、わずかに波頭が線状に薄青く浮かぶ
大きな河を横目に、馬車は夜道をひた走った。
「速く、もっと速く」
 乗っているのは、王弟だった。
日が暮れるのを待ち、王宮とルデアの収監所を往復している
王妃と神官長が、連れ立ってルデアの処へまた戻って行くのを
見た王弟は、直ちにそれを追いかけることを決めた。
「いやな予感がする。出しなに王妃、薄笑いを浮かべてた」
 あの陰湿な薄笑いには覚えがある。
王妃はどうせまた新しい道具を手に入れて、ルデアを懲らしめる
効果的な方法を編み出したに違いない。
「速く。前の馬車に追いついて」
 王弟の馬車よりも、王妃たちの馬車の方が、それを曳く
馬の数が二頭分も多かった。
「ルデアへの懲罰は、見世物にしなければ、面白くありませんわ」
 飛ぶようにして先を走る馬車の中では、王妃が神官長に
今宵の趣向を得々と語り聞かせているところだった。
「ウナギの稚魚を大量に取り寄せたわ」
「何のためにですかな、麗しの王妃さま」
「神官長」
「ほうほう。では、王女にウナギ責めを」
 禿げ頭を香草に浸した布で磨きながら、神官長はにんまりとした。
「大量のウナギを樽に入れて、水を熱くしてやると、熱に驚いたウナギは
苦し紛れに女のからだを這い回る」
「そのうち冷たい穴ぐらを求めて女のあそこへ」
 ウナギの群れに秘処を襲われてのたうつ、縛られた女のからだが
今から見えるのか、神官長と王妃は顔を合わせていやらしく笑った。
 王妃は陰険に眼をほそめた。
「それだけではなく、密林から、痺れウナギも届けさせたわ」
「痺れウナギ?」
「河を渡るものがいれば、痺れさせて追い払うという、夜行性の魚。
成魚になると、牛や馬を殺すほどの殺傷力があるとか」
 彼らの後続の馬車には、それらのウナギを詰め込んだ頑丈な樽が
幾つも乗せられていた。体長は優に子供二人分の背丈を超える巨大な
痺れウナギも、別の樽に詰められて、運ばれていた。
「いずれ、ガラス製の水槽を特注して、定番の見世物に」
「なるほど」
「ウナギも各種揃えて餌を与え、いつでもルデアに使えるように飼育するわ」
 神官長は馬車の中で王妃とふしだらなことにふけりながら、ルデアに
使う拡張棒を手の中でいじった。


 河の音がしていた。
 ぼんやりとした頭に、冷水がかけられるのも、これで何度めか。
ルデアにはそれすらもう分からなかった。
 逆さ磔にされて乳首責めと蝋燭責めを受けた。股から脳天を貫く
熱さに絶叫を上げて髪を振り乱し、泣き続けた。
ルデアは、鼻血を出したことでようやく枷を解かれ、床に降ろされたが、
それで終わりではなかった。
「本当に何をしても悦ぶのだな」
 女の粘膜に付着した蝋を抓み上げた男が、鼻息を荒くして一同に
確認を求めた。今宵は、王妃が声を掛けた男たちが勢ぞろい
しているようだった。
「本当に、何をしてもよいのだな。王妃さまがそれをお許しになったのだな」
「もちろん。王の女とはいえ、ただの奴隷」
 誰かが後ろからルデアの膝裏をとって大きく股を開かせた。
「これは王を惑わして呪いをかけた奴隷女だ」
「悪魔が出て行くまで我々の手で罰してやるのが、功徳というもの」
 王女を代わる代わる覗き込む男たちは、口々に女の繊細な部分を
品定めをしながら、女が完全に無力と分かると大胆になっていった。
 王妃と神官長が到着した時には、男たちはルデアの両腕を天井から吊るし、
前から後ろから、様々なことを試みていた。
 ルデアは白魚のような身をよじり、足先を揺らしながら、泣き濡れた顔で
ゆるしを乞うていた。
 女らしい、はかない悲鳴だった。
陵辱の中にあってもなおも清らかな女を見るなり、到着早々、王妃の
両目は見る間に怖ろしくつり上った。
「よい。続けなさい」
 王妃は憎々しげに命じ、それはそうされた。
掠れ果てた声を上げて揺さぶられているルデアの乳首を王妃は
爪の間に挟んできつく引っ張った。
「淫乱な公衆便器め。何を含ませても悦んでよだれを垂らすように調教してやる」
 王妃は留守中、どのような責めが行われたかを宦官から聞くと、早速
ルデアの股を調べて、火傷の有無を確かめた。
「ちょうどいい。蝋燭芸で汚れたお前の卑しいからだを洗う用意がある」
 王妃はウナギの稚魚を大量に詰めた樽を地下室に運び込ませた。
地下室にある細長い水槽には、密林で捕らえた痺れウナギが放たれた。
屋敷のすぐそばの河から河水が引き込まれると、ウナギは樽の中で元気を
取り戻してぴちぴと跳ね回り、痺れウナギはその太い尾で天井まで
水しぶきをとばした。大蛇のように長いその醜怪な外見は、人々を驚かせた。
「皆さまにこれから、奴隷ルデアのはしたない踊りをお見せしますわ。
ウナギの稚魚に潜り込まれて悶絶する女の淫芸。お楽しみ下さいな」
 居合わせた男たちは、ほうっと期待に満ちた関心を寄せ、ルデアと
黒いウナギを見比べた。
「ウナギ責めか」
「前後の穴に何匹入るかな」
 神官長も説明をつけ加えた。
「絶頂した後がさらに面白いのですぞ。過敏になった女の全身を
さらにウナギが擦ったりくすぐったりしますのでな。連続絶頂を促され、
快感の痙攣が止まらなくなるのだとか。ぬるぬるとしたウナギが胴体を
くねらせながら次々と女のあそこに出入りする様は見物ですぞ」
 それをこの、美しい女でやるのかと、男たちはどよめいた。
「その後で、痺れウナギの水槽に漬けてさしあげようかと」
「王妃さま」
 地下に降りてきた宦官が王妃に近付き、耳打ちした。
「王弟さまが、門前に到着されました」
 黒々と密集しているウナギの遊泳と、何をされるのかを察して怯えあがっている
ルデアの青褪めた顔を見下ろしながら、王妃はつけつけと言い放った。
「準備が出来るまで外で待たせておけばいい。宴を采配するのはもはや
王や王弟ではなく、わらわなのだから」
 王妃はまた、後ろの方でひそひそと囁き交わしている廷臣たちの
不安に対しても、高らかに笑ってこう言った。
「万が一王が生きておられたとしても、この屋敷の中ですぐに
ルデアを処分してしまいますから誰にもばれることはありませんわ。
さ、話がついたところで、ルデアを縛って樽に漬けてやって。足首を棒に
固定して、魚が虐めやすいように二穴を拡張してから漬けるといい。
そうそう、ルデアが水の中で粗相をしないようにまずは排泄を」
 器具が用意され、女奴隷は尻を上げられた。
 浣腸液を注入されているルデアを薄笑いで眺めている王妃は、
頬に傷のある西の国の男の姿が、いつの間にか姿を消して、地下室に
いないことには気づかなかった。

 王弟は屋敷の周りをうろついていた。
夜空に暗い影絵となっている河べりの屋敷は、わずかな松明に
照らされて静まり返っており、屋敷の地下で何が起こっていようとも
外からではまったく音も気配もうかがうことは出来なかった。
「王女ちゃん、大丈夫かなあ」
 心配は口だけ、実のところは王妃がルデアに何をするつもりなのか
見物したいのが本音の王弟は、柵に両手をかけて、「ルデアちゃん」と
未練たらしく呼びまでした。
「そんなにも、王女のことが気懸りですか」
「うん。今頃ルデアちゃんがどんな方法で可愛がられているのかと
思うと興奮、いや、心配に決まってる」
 王弟は振り向いた。
「あれ?」
 西の国の男が立っていた。
「ああ、お前だったのか」
 馴染みに会えてほっとした王弟は、気安さついでに、不服げに
頬を膨らませた。
「王妃がまだ中に入れてくれないんだ。仲間はずれなんてひどいよ」
「では、王弟さまは、こちらの仲間になられますか」
 西の国の男は王弟に近付いてきた。その手には、剣を持っていた。
王弟は西の国の男を仰いだ。
「なに。どうしたの」
 王弟のあまりの鈍さに、西の国の男は仕方なさそうに少し笑った。
「王弟さまのお命が救えるかどうかは分かりませんが、今宵、この屋敷の
中に入れば、貴方さまは確実に処分され、殺されます」
「何のはなし?」
 王弟は不安にかられて、護衛の姿を探した。
後ろにいたはずの護衛たちは、一人残らず、馬車ごと消えていた。
かわりに王弟は、月に照らされた河に、大きな船の影をみた。
飛魚かと思われたものは、河船から放たれたたくさんの艇と、音もなく
静かに波を分けて近付いてくる、数え切れない兜のきらめきだった。
「王弟さま」
 西の男は、剣先をそっと王弟に向けた。
「お命を救う機会は今しかない。王妃さまと神官長に組するか、こちらにつくか。
私が願い出れば、貴方さまは厳罰を受けても、お命ばかりは助かるでしょう」
「こちらって」
 小さな目を限界まで開いて、王弟はきょろきょろとあたりを見回した。
それから幽霊でも見たものか、王弟は「わっ」と叫ぶと、へなへなと
肥満したその体を地面に転がし、しりもちをついた。
岸辺に接岸した艇から降り立った兵たちを率い、闇をぬって現れた、その影。
「兄上」
 南の国の王だった。

 地下室は、外の河の音とは違う異音と水音に満たされていた。
 ルデアは手足を吊るされて狭い水槽に漬けられていた。水の下になった女の
股間は密集するウナギで黒々とけむり、ウナギの連動に応じて、そこだけ
激しく水がかき回されていた。
宦官が熱湯を足した。水槽の水温がまた上がり、ウナギの群れが
いっそうはげしく蠢いた。
 王女が悲鳴を上げていた。冷たく狭い場所を求めて、小さなウナギの頭が
ルデアの膣口にずるりと潜り込んだ。一尾、また一尾と。
 手足を吊るされたルデアは、黒々とした気持ちの悪い細い軟体が膣口から
潜り込み、秘肉をこすって子宮をえぐる感触に、湯気の中で泣いた。
女のすべらかな肌の隅々に群がるウナギは、後から後からやってきては
乳房にからみつき、肉芽に吸い付き、肛門をつつき回し、女の性感を刺激した。
脚を閉ざすことも出来ぬまま、ルデアは暴れた。
女奴隷の悲鳴がいつしか濡れた喘ぎに変わるのを、床よりも低いところに
設えられた水槽を囲んだ男たちはつぶさに観察することが出来た。
「淫乱奴隷が」
 水の中では魚が押し合いながらぐねぐねと跳ねていた。
 魚の反応が弱ってくると、宦官は湯に腕を入れて、女の二穴に詰まった
ウナギの入れ替えを行った。王妃は嗤って仕置きを煽った。
「もっと泣かせてやりなさい」
 尻尾を捕まれて引きずり出されるウナギの感触はルデアをひどく呻かせた。
床にこぼれ落ちたウナギは、蛇行を描きながら力強くくねり、女の深部を
えぐっていた時と同じ動きを観衆にみせた。
掻き出された後には、穴ぐらを求める新鮮なウナギの群れがまた待っていた。
終わりなき絶頂の促しは苦痛に変わり、ウナギ責めに架けられたルデアは
避けようもなく襲ってくる悪寒と快感の連続に、脱力と痙攣を繰り返して
首を振り続けた。魚に子宮を突かれるたびに、女奴隷はひいひいと泣いた。
ぬめぬめとしたウナギはそんな女体の深部を這い回り、敏感な秘肉を擦り上げては、
めくり上げ、休みを与えなかった。
 狭い入り口を競って頭一つをこじ入れたウナギが、ひときわ大きく跳ねた。
「また一匹絡んでいくぞ」
 ずるずるっ、と黒い尾が水の底に消えていった。
女奴隷の快楽と苦痛に歪んだ顔を眺めおろしながら、王妃はにんまりと
勝ち誇った。
「出来上がってきたようね。そろそろこの淫乱女を、痺れウナギの水槽に……」
 突如、屋敷全体が鬨の声に包まれた。
武器の音と共に足音高く地下室に押し入ってきた近衛兵を見た男たちは
恐怖の悲鳴を上げた。篝火が倒れ、水桶が転がり、叫び声が交錯した。
「ルデアの綱を切っておしまい!」
 王妃の命令と共に、ルデアの吊り具が断ち切られた。女の姿は縛られたまま
鎖の重みで水槽の底に沈んだ。
「謀反者を一人残らず捕らえよ」
 或る者は抵抗し、或るものは床に額をすりつけて許しを乞うた。
神官長と王妃は地下室中を逃げ回り、最後には捕まった。
 混乱がひどく、最初のうち、ルデアは発見されなかった。
「ルデアは何処だ」
 焦りを帯びた声がどなっていた。王の声だった。
「王、こちらです」
 松明を片手にした西の国の男が王女を床下の水槽に見つけた。
ずぶ濡れの女の手足から枷が外され、魚が取り除かれた。
魚は生きていたが、引き上げられた女の手足はだらりと垂れたままだった。


 それから一月あまり、一切が片付くまでと云い含められて、河船から王の別荘の一つに
移されて軟禁されていた東の国の大使が、後から聞いた話である。
屋敷の地下室に突入した近衛隊は、その場にいた裏切り者たちを
問答無用で縛り上げた。
 翌日から裁きが始まった。
 宦官たちはその夜のうちに処分された。言い訳と助命を求めて
騒ぎ立てる彼らの額に、王は、宗教上の罪としてはもっとも重い
煉獄行きの焼印を押し付けると、一列に繋げたまま重しをつけて、
生きたまま鰐のいる河に投げ込んだ。
 寝返った廷臣たちについては身分と財産没収の上、去勢をほどこし、
国中を引き回した後に、最下層の奴隷として採掘場へ追放した。
 処分に例外はなかった。
 王の生死が不明のうちに王の所有物である奴隷ルデアを虐待した罪で
宮廷中の反王派は一掃され、神司をつかさどる立場でありながらそれに
加担した神官長についても、世にも怖ろしい極刑が適用された。
「すぐには殺さぬ」
 王は酷薄に告げた。
「名医を呼んでやったゆえ、安心するがよい」
 神官長は街中に吊るされて、時間をかけて生皮を剥がされた。
人々は神と王を裏切った罪人に群がり、唾を吐いて、塩や酢を塗り込んだ。
顔と頭の皮をめくられても、罪人はまだしばらく生きていた。死体は鳥が
腐肉をはむままに、骨になるまで吊るされた。
 王は、王妃も処分した。
刑は地下牢で王の立会いのもとに行われた。
王妃は、蝋燭芸をはじめ、王妃がルデアに加えた暴虐を一通りその身に
受けた後、麻酔なしでイチジクの枝で子宮を突かれ、さらには全ての歯を
砕かれて抜かれた。その間、椅子に縛られた王妃は激痛のあまり、
鉄の腕木をかきむしり、手の爪を全て剥がしてしまった。
「王妃の四肢を切断し、逆さ吊りにせよ」
 王の命令は全て果たされた。
 王妃は生きたまま毒毛虫の巣の中に吊るされた。
金切り声を上げて王妃は王に懇願し、神官長に騙されたのだと言い、
王を呪い、神を呪ったが、目や口の中にまで毛虫がたかるようになると、それも
思うようにはならなくなった。東国からついて来た王妃の侍女も生きたまま
毛虫の巣に突き落とされて、同様の刑にされた。
 毒毛虫の巣の上に石の蓋がされてしまうと、罪人の声も聴こえなくなった。
王は、王妃の死を病死と公表し、その部屋を砂と煉瓦で固め、永遠に
闇の底とした。
 王弟はその全てを見届けることを科せられたために、しまいには
気塞ぎの病になった。
 病になった王弟は、かつて王弟が不遇をかこちながら暮らしていた
西の国寄りの辺鄙な領地に流されて、そこで終身の幽閉と決まった。
王弟が厳罰を免れたのには、謀反を遠征中の王にしらせた西の国の男の
懇願があった。
「あなたは、一体何者なのです」
 王弟について僻地に去るという西の国の男に、大使がそう訊ねると、
西の国の男は笑みを浮かべた。その顔かたちに、大使は王との類似性を見出した。
「王には、もう一人、王家の者が一夜の遊びで西の国の
異国人との間にもうけた、男兄弟がいるのです。王よりも年長ですが
その者の存在は完全に隠されていました」
 西の国の男はそれが自分だとは言わなかった。
先王の浮気なのか、または后側の不貞なのか、それについても
触れなかった。もしかしたら知っているであろう、王弟の素性の
あやしさについても、何も語らなかった。
「その男子は、正嫡の少年王の邪魔になるとされて、成人間もない頃に
世話人と共に神官長の指図によって殺されました。彼は、南の国の
王宮などには何の興味もなかった。将来を誓い合った幼馴染の女と
平穏に暮らしていければとそう願っていた。その女も、その時一緒に
殺されました」
 西の国の男の面影には、王弟には微塵も感じられない王との近似が
どことなく、しかしよく見れば確かに認められるのだった。
 西の国の男は大使の前で衣をはだけた。その胸には、頬の刀傷と
同じような古傷が幾つかあった。
 大使はためらいがちに申し出た。
「王には、そのことは」
 ひそかに王弟に接近し、西の国のために働きながら復讐の機会を
狙っていた男は首を振った。そして言った。
「西の国の王は南の国の領地を求めていますが、私には興味がない。
滅びるのは王でも神官長でもよかった。復讐を求めていた。それもあの王女にお逢いして
気が変わりました」
「王女」
「さあ。どう云ったものか。男にも耐えられぬことを耐えているあの方には
何か一途なものを、尊いものを覚えたのです。それが私を翻意させたのかも
しれません」
「王女は……」
 船の底に軟禁されて以降、西の国の男が訪ねてくるまで外の詳細をほとんど
知らされていなかった大使は、思い切ってそれを訊いた。
大使はもう王宮には踏み入ってはならぬと言い渡されており、
ルデアがあれからどうなったのか、それを知る術がなかった。
 窓の外には南の国の青空が広がり、地を焦がす日差しに花が揺れ、
水盤に映る太陽の反射が、雪あかりのように眩しかった。


 女奴隷の尻に刻まれた焼印を完全に取り去る方法はなかった。
王は焼印の上から焼印を押すことで、文字を読めないようにした。
 ルデアは、その後ながく床から起き上がれなかった。
 王宮の人々は噂した。
----王は、ルデアを後宮に閉じ込め、手ひどい折檻を
加えているのではないか。
----焼印をもった宦官が出入りする室から、肉の焼ける匂いと、
女の呻き声が聴こえたそうだ。
 宮廷人たちは噂した。
王は手づから女奴隷の詮議を厳しく行っているに違いないと。
 その後、ルデアの姿を見た者は南の国には誰もいない。
「ルデア」
 ルデアは、後宮の王の部屋で目覚めた。
ぼんやりと、まだあの夜明けの夢の続きにいるかのような潤んだ目をして、
ルデアは王の姿を認めた。
 王は黙っていた。
二人の間に降っているものは、あの日の雪のような白い影だった。
それは窓からの光のちらつきであり、記憶の中の雪だった。
 王さま。
 王に駆け寄ったルデアの目から、涙が伝い落ちた。
雪どけ水のように、何にも穢されてはいない涙だった。
女は泣いた。
 女の涙は氷の花をとかした。王の心をとかし、女の心をとかした。
それでも王は、まだ黙って立っていた。ルデアの全身には、国中に
配られたあの画の名残の縄目や、蝋燭や、鞭の傷痕があった。
その尻には、焼印の痕があった。
女の美しさには曇りなかったが、若い王が見ているのはそれだった。
「……王さま」
 やがてルデアは泣き濡れた顔を上げた。呼びかける女に、王は応えなかった。
それでも女は王を呼んだ。はっきりと王の姿を誰か認めている声で、
氷の花の向こうを見ていた。
「王さまがご無事でよかった……」
 王の顔がゆがんだ。だが王はまだ、ルデアに応えなかった。
 ルデアはふっと正気を取り戻した顔になり、目の前の王に眸を合わせた。
 王の顔にある、厳しさを、ルデアは別のものと取り違えた。
 女奴隷は王を仰いだ。その哀しみは、静謐なものに変わった。
ルデアは床に膝をつき、髪を片肩に流すと頭を前に出して、
細いそのうなじを王の前に差し出した。
 ルデアは俯いて、小さな声で願った。
 どうぞ。王の手で、不要なものとなったわたくしをお送り下さい。
 王は剣に手をかけた。ルデアは俯いていた。処刑の順番を待っていた
時のように、王女は静かに待った。
「王さま……?」
 王がなかなか果たさぬので、ルデアは顔を上げた。
王は、少年のように泣いていた。
 ひらひらと光の花が零れ落ち、それは南の国の花となった。
灼熱の太陽が雪を覆うようにして、王は待っていた。雪が解けてくれるのを待っていた。
王はルデアを立たせると、あの時のように、唇を重ねた。


 死を覚悟していたが、大使は、放免となった。
「王妃さまの『病死』により、東国と南国の婚姻関係は
白紙に戻りましたが、王は引き続き、東国との友好を望まれております」
 殺されるものと思っていた大使は、死ぬまで王妃の死にまつわる
秘密を黙秘することを条件に、東国大使の身分のまま、東国へ帰国する
ことをゆるされた。
 大使はそれを二つ返事で引き受けた。平和主義者の大使としては、
もっとも怖れることこそ東国と南国の間に戦が起こることであったから。
 王妃の葬儀が終わると、帰国の日となった。
没した王妃の遺骨(どこかの共同墓地から調達してきた骨)は、
しきたりどおり祖国の東の国に埋葬されることになっていた。
大使はその一行と共に、南の国を永久に去ることとなった。
 王には別れの挨拶もできなかった。
「しかしながら、東国の方との友好を大事にお感じに
なっておられます王は、格別のはからいとして、あなたさまへも
餞別の贈り物を用意されました」
 函の中には、見事な宝石が入っていた。そして使者が最後に
大使の前に連れてきたのは、女官であった。


 東の国に花嫁を伴って帰国した大使は、それからの年月
一族の持つ領地の領主として、また良き家庭人として過ごした。
大使の妻となった女官はたくさんの子供を生み、時折、南の国が
いかに熱いか、どんな鮮やかな色の鳥がいて、どれほど空が青いかを
子供たちに話してきかせた。
「それからどうなったの?」
 子供たちがいちばん好きなのは、北の国のお姫さまの話だった。
口々に子供たちは母親の膝に凭れてきいた。
「お姫さまは南の国で泣いて暮らしたの?」
「南の国の王さまには、新しい正妃さまがちゃんといる。
南の国の王さまは、連れて帰った北の国のお姫さまを処刑したの?」
 子供たちに聞かせられないところはうまくごまかしながら、それを
語り聞かせる女官は微笑んだ。
隣りでそれをきいている大使にも、それが見える気がした。
「いいえ。お姫さまは、殺されたりなんかしませんでしたよ」
 南の国にも、雪が降る。
それは、王が北の国の王女のために、遠い北の国からはるばる運ばせた
雪の塊を削らせて降らせる雪だ。
赤や黄色の鮮やかな花と鳥。空を映す河と濃厚な緑。
 紺碧の空に雪は降る。
 王女は禁じられた歌を口にする。王女の故郷の歌を、王は黙って聴いている。
夕陽に耀きながら雪が降る。王女の歌はひめごとのように常夏の後宮に流れる。
 王は愛する術を知らず、王女も愛される術をしらない。
しかし姿やさしき王女をその腕に大切に抱く王は、彼の胸を生まれて初めて
ふるわせた一輪の花を見つけたあの時と同じ目をしている。
「ルーティア」
 憧れ、恋焦がれる目をしている。
 後宮に持ち帰り、どうしても咲かせたいと思った花を雪の中に見つけた、
あの日の少年王の眸を。



少年王・完

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