ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■一幕



 東国から南国を訪れた大使が、その女に気がついたのは、宴の席だった。
乳房もあらわな薄物いちまいをまとった踊り子たちが笛や金管に合わせて
隠微な踊りを客人たちに披露しているのにも見飽き、鼻の先をかすめそうなところに
若い踊り子の腿やまるい尻が揺れているのにも閉口した大使が、視線を移して、
見事なモザイクが敷き詰められた大広間を見廻した時のことだ。
 やわらかな詰め物に肘をかけ、床に敷いたぶ厚い絨毯の上に坐るのが、この国の
様式である。
 夕暮れの空はばら色に変わり、昼間の名残のぬるい風が宴の間にも吹いていた。
「東の国の大使さま、どうぞ」
 女官がはこんできた酒は高価な硝子の盃になみなみと注がれた。
贅を尽くした料理。果実。酒。庭に放し飼いにされている孔雀。
中庭に植えられたたくさんの木々は日中の暑さをさえぎり、夜には涼しげな
葉ずれの唄を奏で出す。
 高台にある王宮からは、敷地内の寺院や霊廟の影が見えていた。そこからさらに
目線を上げると、その向こうは雪冠をいただく山脈だ。
 ジャーンと派手な音を立てて、また曲が代わり、踊り子が入れ替わった。
 踊り子の中に気に入った女がいれば後で召し出せるとあっては、いきおい、男たちが
踊り子を見つめる目つきも真剣になろうというもの。
 燻された香木の煙が、大使の鼻腔をくすぐった。
東西の文化のちょうど合流地点にあたるこの国は、洗練と野蛮をちょうど折半し、
薫り高い文化の合間から砂漠の残虐性が野獣のように顔をのぞかせる。その双方が
混在することにより、宮殿の中にも、えもいわれぬ異国情緒を生んでいるのだった。

 大使は、仕事がら丁寧に、その場にいる人間の顔をみていった。
 踊り子が肩からかけている青い薄布が目の前を掠めた。その青がまだ鮮やかに視界を
染めているうちに、大使の視線は、壁際の柱の陰にひっそりと立っている、ひとりの若い
女の上に釘づけになった。
「あの女は」
 すぐに大使は小声で、後ろに控えている大使付きの若党に訊ねた。
 よく見れば、女は二人の宦官に挟まれて立っており、逃げられないようにか首枷まで
嵌められて、その鎖の端は宦官が握って持っていた。
「あそこにいる、あの美しい」
 通訳は必要としない。
大国の名家に生まれた彼は、どんな国の言葉でも縦横に読み書きすることが出来た。
 大使と同年代の若い男は大使が指し示した方をみると、顔つきをあらため、声をひそめた。
褐色の肌が多いこの国において、柱の陰に隠れている白い肌の女は、いかにもひ弱に、
ほとんど雪か花の精か何かにみえた。
「……王子の得た女奴隷です。一年前に滅ぼした北国の姫君で、王子はこの国の
名を与えて、ルデアと呼んでいます」
「王子のおなり!」
 高らかな声で触れが出た。
 踊り子たちがさあっと左右に分れて道をつくった。
宴はあらかじめ無礼講を告げられていたとはいえ、王子の登場である。客人たちは
皆この国のしきたりに従って床に額をつけた。大使もそうした。大広間にいる全ての者が
嵐に倒れる木々のようにしてひれ伏した。
 この国の少年王子の名は、津々浦々に恐怖をもって知られていた。
南国の王が病にたおれて二年。実質的に、御年十四になる王子がこの国の王だった。
 訪問して半年、王子とは、すでに何度か対面を果たしている。
武芸に優れ、戦好きという噂に違わず、少年は物騒な光を目の底に沈めた生まれながらの
戦神であり、そして酷薄に整った魅力的な容貌をもっていた。
 日に焼けた浅黒い、金のサンダルに包まれた少年の足が、大使の前を大またに
過ぎていった。その少年王の足は何故か歩みを止めることなく、途中で曲がり、上座にある
王座とは別方向へとそれていった。
「宴を続けよ」
 声変わりをすでに終えた少年の声が鋭く響いた。
ふたたび音楽が鳴り出し、跪づいていた踊り子たちが広間の真ん中目掛けて
波のように押し寄せてきた。それを合図に、客たちも顔を上げ、敷物の上に居ずまいを
なおした。段上の玉座は空のままだ。
 大使は王子の姿を探した。知らず知らず、美しい女のいた壁際へと顔を向けた。
 場違いな、鎖の音がした。


 日輪は頭上に高かった。
 緑したたる中庭のあずまやで、大使は国許への密書をしたためていた。
真昼の暑さも、高台にある宮殿の中は風が吹き、緑の天蓋があるために快適だった。
『……王子は滅ぼした北方の小国の王女を捕らえ、夜の奴隷として後宮におさめ、
すまわせております』
 夜の、と書くことで意味は伝わる。
 大使は続けた。
『王子は姫に寵愛のしるしの首輪を与え、宴の席においては、王座の柱に鎖で繋ぎ、
宴の間中、傍に控えさせておりました』
 あれは確かに見せびらかすだけの価値はある。
天上から降りてきたかのような美女だった。
亡国の姫君が王子の慰み者となっていることが今まで知られていなかったのは、
滅ぼされたその国があまりにも小さく、もとよりどこの国とも利害関係がなかったことと、
連行された王女はそのまま後宮に納められてしまい、以来、誰の目にも触れることが
なかったからだろう。
 この国の野蛮な風習に従えば、捕らえられた王族の女は、王および王族の男たちに
よって犯された挙句、処刑されるか、監禁される。
 昨晩の美しい女はそのどれをも免れて、王子の寵を受ける身となった。
 大使は筆を休めて、花が咲き乱れている庭へと目を遣った。昨年、南の国に滅ぼされた
北国の姫は生きていた。名を変えられて、王子の専属奴隷として。
(ルーティア姫。それが、今は王子の奴隷となり、ルデアというのか)
 灼熱のこの国の名は、あの女には似合わない。まったく似つかわしくない。まるで
その名を与えられることにより、女のたおやかさが月蝕のように半分曇ったかのようだ。
しかしもとの名が何であれ、それが女のいまの名であり、身分だった。
「これは、大使どの。お邪魔いたしますぞ」
 供を引き連れた神官長の登場に、大使は国許へ送る手紙をまとめて、紙ばさみにしまった。
頭髪を剃りあげている神官は、金細工の装飾をこれみよがしに首からでっぷりと太った腹へと
ぶら下げながら、愛想よく花木に囲まれたあずまやに入ってきた。
「一昨日の宴は愉しまれましたかな」
「ええ。たいへんに結構でした」
「神職ゆえに参列はできませぬが、管弦の音色は聖堂にまで届いておりました」
 大使の対面に腰をおろした神官長は、飲み物をはこばせると、人払いをさせた。
「ところで。王子の女奴隷を、あなたもご覧になられましたかな」
 神官長は何もかもお見通しといった目つきで、大使の腕の下にある紙ばさみを眺めた。
「ええ」
 如才なく大使は笑顔で応えた。
「昨夜は幸運にも、白雪姫を見ることができました」
「ふむふむ。昨晩は異例のことでしてな。王子が後宮の女に酌をさせるなどと」
「それがなにか」
「いやなに。東国の王は姫の一人を、王子の許に輿入れさせるのがご希望ときいておりますれば。
さすれば王子の身辺について、詳しいところを東国の王にご報告するのが、東国大使である
あなた様のお役目でしょうからな」
 太った指で盃をいじりながら、神官長はふほほと笑った。
「どうぞ、ご存分に見たままをご報告なさいますよう。たかが女奴隷ひとり、
お気になさることもない。ルデアは、もとは北国の姫ですが、いまは王子所有の
奴隷にしかすぎませぬ。夜の伽をつとめるためだけに、後宮で生かされている女です」
 ぐふぐふと笑みを洩らす神官長は、まだルデアについて何かを言いたげであった。
大使が待っていると、案の定、神官長は自分の方からしゃべりだした。
 ふほほ、と神官長は太った指で口許を隠して笑った。
「それにしても、まだ乙女のように初々しい、夜明けの月のような女でありましょう。
王子よりも年上なのに、浮世の垢に染まったところがまるでない。一年半前、王子の許に
はこばれた時にはまだ処女で」
 いやらしく口許をゆるめながら、神官長は声をひそめた。
「処女検診は神官長であるわしが行う決まりです、つまり、ルデアの破瓜を」
「……」
 頭髪を剃りあげた神官長は含み笑いをし、その毛の生えた太い指をいやらしい動きで
うにうにと動かしてみせた。
「王子の伽をつとめる女が、女のあの暗がりに、毒だの何だのを仕込んで隠していては
なりませぬからな。敵国の女となれば、なおのこと奥まで念入りに調べておかなければ。
王女とはいえ、ルデアもそうされたというわけで」
 雪のように白いルデアの裸体が男たちの目に晒されているところを思い浮かべて、
大使は吐きそうになった。その一部始終は証人の宦官医師を集めた処置室でとり
行われるのだという。目の前にいるこの神官長のような脂ぎった男がその指で
ルデアの秘処をめくりあげ、誰ひとり触れたことのないそこを弄り回したのか。
「それだけでなく使い物になるかどうかも。男を通したことのないおぼこ姫ならば特に。
何といっても王子がじきじきにご所望になり、命をたすけた女ですからな。恥毛の
一本一本、その裸体の隅々まで、入念に検分しませんとな」
 王子はルデアの鎖をひいて、その鎖を王座の隣りの柱にくくりつけた。宴の間中
王子の酌をしていた女奴隷は、俯いて、盃を差し出す王子の手しか見ていなかったが、
その白い柔肌や、小ぶりの乳房、蜜壺を隠した細腰に向けてそそがれる大広間中の
熱い目は、さしもの大使すら、衝立でも立てて女を庇ってやりたくなったほどだった。
「宦官医師たちに姫の手足を押さえさせ、下口から奥まで専用の器具を挿し入れ、
痛がるところを開通して差し上げましたのですぞ。可憐な声で悲鳴を放ち、泣いて
おられましたなあ」
 その指に、あの姫の破瓜の血をつけたのか。
 神官長のゆるんだ口許を見ながら、大使は反吐が出そうだった。


 どけ。
 少年の声がした。
板の上に仰向けにされた姫君は、恐怖と羞恥のあまり一度気絶し、気つけの薬を
嗅がされたところであった。親族と一人だけ引き離されただけでも身も世もないほどの
哀しみであったが、その後、異国の宮殿に移送されて突きつけられた性奴隷としての
運命は姫を絶望の底に突き落とした。
 はだかにされ、四肢をはりつけにされた姫君は。朦朧とした頭でその騒ぎを聞いた。
「王子。なにも王子が、おんみずから」
 現れた少年王子はそれを無視し、神官長をおしのけた。
 少年の手が下半身に軽く触れた。女のからだを知っている手つきだった。
王女の耳元で少年の声がした。
「目をあけろ」
 悪夢の中で姫君は薄めを開いた。こちらを見ている王子の冷酷な顔が見えた。
王子が衣の前をはだけ、宦官たちが姫の両手両脚を押さえ込んだ。
「この女にルデアの名を与えて後宮に入れよ」
 清めの水を遣いおわった王子は居合わせた者たちに告げると、さっさと立ち去った。
 板の上には姫君の股から零れ落ちた赤い血が散っていた。
 痛みと哀しみにすすり泣いていたルデアは、少年王子がなぜ自分でそれを果たしに
来たのか、ついに知ることはなかった。


 大使の意図を察した女官はかたちばかり、逃れるふりをした。
大使はそれを追い、廊下に出る前に女官をふたたび捕らえた。
抗う女官の顔は笑っていた。
「お戯れを。大使さま、わたくしはお飲み物をお運びしただけですのに」
「いいじゃないか」
 強国の大使という立場を存分に利用して、大使は女官の手首をひっ掴み、
無理やり部屋へと引っ張り込んだ。男も、女も、双方これも仕事のうちである。
女官とて男ぶりのいい大使には色目をつかっていたのだ。
「宴の席でも付きっきりで酌をしてくれたね。美人だと思ってみていたのだ」
 大使は女官のからだを弄りまわし、甘い囁きを重ねながら、その耳朶に接吻した。
女官の下衣をめくりあげ、女の溝に手を這わせると、すぐに女は力を抜いた。
「君の名は絶対に外には知られないようにするよ」
 何人もの女官の中から選別して見込んだとおり、女は快楽に忠実で、金に目がなく、
惚れた男には尽くす性格だった。
「どうせ君もあの若い王子のお手つきなのだろう。これほどに美しいのだから」
「まあ、そんな。……違います」
「うそつきだな」
 大使の指は女の中を探り、そして女はよくそれに応えた。男と女は長椅子の
上に倒れるようにしてもつれこみ、女官は自ら衣をはだけた。
 浩々と月が照らす庭に、花が香った。
「ルデアは、王子に愛されてなどおりませんわ」
 男の裸体の汗を拭いながら、女官は長い髪を片方の肩にかけ、大使に
訊かれるままに艶かしい声で答えた。
「敗国のお姫さま。そのうち王子もすぐに飽きてしまいますわ」
「お気に入りだと聞いたのでね」
「ご心配いりませんわ」
 ほほ、と女官は罪のない笑みを浮かべた。
大使はあらわになったままの女官の豊かな乳房を手でおおい、下から揉んだ。
「ルデアの方が王子よりも四つも年上ですのよ。王子はまだお若いのですもの。
これまでにもね、次から次へと属領の美女たちが王子のお情けを受けてきましたのよ。
いくらもとが王女さまであっても、ルデアも他の後宮の女たちと同様、王子の奴隷にしか
すぎませんわ」
「なるほど。王子の性奴隷というわけだね。北の小国から連行された王女は、お可哀相に、
閨の中でも王子の征服欲を満たしているというわけだ」
「それなら、どれほどましか」
 意味深に女官は瞬きをしてみせた。
「次々と後宮に送られてくる女たちは、みな砂漠の部族や友好国からの貢物ですわ。
王子はそれらの奴隷たちに義務的にお情けをかけますけれど、ルデアだけは別ですの」
「別とは」
「ルデアだけは、王子の特別ですの」
「ほう。それはどのような」
 寵愛か。
 それとも、昼夜問わずそばから離さぬ、乳母扱いか。
 が、女官の言葉はそれらを裏切った。
「辱めですわ。王子はとても残酷な少年で、籠に捕らえた美しい鳥を愛でるよりは、
苛んで泣かせることを好むようですの。後宮の中までのことは詳しくは分かりませんから
わたくしも漏れ聞くばかりなのですが、ルデアが王子に泣かされない夜はないという話です。
一人だけ牢に入れられて、とても残酷に扱われているとかいないとか」
「それは気の毒に」
 大使は簡単に言った。
珍しいことではない。王族の多くは歪んで育つために、そういった性質を持つ者が
少なくないものだ。ましてや奴隷は「物を言う道具」である。少年がその癇症のままに
女奴隷を殴ったり打ったとしても、何のふしぎもない。大使の国許の王族たちとて、
奴隷に対する扱いは酷いものだった。
「というわけで、大使さま」
 女官は細い腰をゆさぶり、はだかのままでいる男の腰の上に自ら跨ってきた。
女の手が男のものを握り、まだ熱くぬるんでいる下口をあたるようにもっていく。
女官とても話せるところまでしか話さないのだったが、女は大使が知りたい情報がどのあたり
にあるのかよく分かっていた。大使は女の腰に手を添えた。
「ご心配は無用ですわ。お国のお姫さまが王子にお輿入れなさっても、東国のお姫さまが
気を揉むような愛妾など、現在のところこの国には皆無ですから。ルデアもそのうち
王子に飽きられて、神官の誰かや臣下の誰かに下げ渡されるはずですわ。何しろあれほど
お美しい、しかももとはお姫さまでしょう。専属の性奴隷として囲いたがっている成り上がりたちも
多いのですわ。運よく五体満足で解放されたなら、奴隷市場に立たされたとしても、きっと
高値がつくはず。ん、あ」
「後宮の内情に詳しいね」
「ああ、大使さま……」
「もっと」
「宴でルデアを見た時には驚きましたわ。つい先日まで具合が悪く臥せっていたと
いいますのに。後宮に閉じ込められた幸の薄いお姫さまですが、王子のお渡りだけは
あの者が随一ですの。逆らうことはゆるされません。ルデアが逆らえば、ルデアの故国の
人々が罰せられるのですもの。お心がすっかり弱って、普通ではない状態だとも聞きますわ」
 滾らせるものを滾らせ、注ぐものを注いで、男と女は納得づくの一夜を終えた。
 さっそくに国許に手紙を書こう。と大使は思った。
 南国の王子に嫁ぐ候補としてあがっている国許の姫は、王子よりも一つ年下だったが、
すでに異常性を発露して、粗相をした侍女を鞭で打ちのめしたり、三日三晩水牢に漬けては
満足げに笑っているような、極めて残忍な気性の少女だった。
それくらいでないと、この野蛮な国の王妃はつとまらない。きっと似合いの蛇夫婦となるだろう。
 大使は着替えを終えた女官の手に大金を握らせた。
 ひとまずこれで、内通者は手に入れた。


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