ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。


【上下主従10のお題8】配布元:Abandon様

【イリス・X】
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◆第九話:土地に縛られずに生きる術

 イリス。
お前を、公衆用の性奴隷にしてやる。
首輪だけではなく、はっきりと、それが分るように、お前の尻に焼印をおしてやる。
 随分と、可愛がられていたようだねえ。
妾の夫アンティトス様にも、あんなふうに、可愛がられていたのだろう。
 淫薬を呑まされたお前は、淫らな声をあげ、男たちが求めるままに尻を振り立てながら
這い蹲って男たちの足指を舐め、
『カディウス様をお怨みにはならないで下さい。カディウス様をお赦しになって下さい』
 床に額をこすりつけて、泣きながらそう頼んでいたのだよ。
ここと、ここに責具を嵌め込められて、ひいひいとよがりながら、
『ひどいことはお気が済むまでわたしにして下さい。カディウス様には、復讐なさらないで下さい』
 お前の方から男たちに尻を向け、貫かれ、嬲られながら、喘ぎの合間にうわごとのように、いつまでも
切なくそう頼んでいたのだよ。
 男たちはお前の奉仕に満足なさり、今後もお前が従順であるかぎり、虐めて下さるそうだ。
 これからお前を公衆用の性奴隷として躾けてやる。
男が通りかかるたびに、尻を振ってここからよだれを垂れ流すからだにしてやる。
 妾に礼を言うんだね。

 水の音がしていた。
両足首を吊るされたイリスは、消毒と称して酢のようなもので膣内を洗われていた。
希釈した何かの薬液に布を浸し、その布を棒に巻きつけ、棒ごと奴隷の膣に押し込むことで
襞の隅々に薬液を沁みさせ、行き渡らせる。脚の間は零れ出た薬液で濡れぼそった。
 残酷にも、サビナは先に肛門の洗浄から命じた。
薬液を肛門に注入させておいてから、サビナは奴隷の尻の穴に、栓をさせた。
イリスの腹の中は、解放を求める激痛で焼けただれた。
膣内を消毒する間も、尻の栓はそのままにされていた。
「薬がよく回るように、腹をさすっておやり」
 気絶すると、鼻に硫黄の匂いのする液体が注がれた。
「お前を路上で見世物にする時にも、この浣腸を時々、出し物として施してやろう。
尻の栓がよく見えるように縛り、檻の中に入れて、悶え苦しむなき声を愉しんでもらうのさ」
 弱々しく喘ぎ続けているイリスには、もう何も聴こえてはいなかった。
何もかもが朦朧として、そこに耐え難い痛みだけが鋭く、赤く、身体を引き裂いてひらめいていた。

 消毒がすんだ女奴隷は、分娩台に乗せられた。
荒縄と枷が取り出され、横たわり、股を広げられた奴隷の身体が、きつく台に縛られた。
 イリスのほっそりした脚や、白い、すべらかな腹が、焔の明かりに縁取られた。
蒼褪めて、もはや声も嗄れはて、首を傾けてぴくりともしない奴隷のありさまに、サビナの
薄い唇は半月型の不気味な笑みを描いた。
「これからお前に、避妊手術をほどこしてやるのだよ」
 真っ赤に燃えた小型の炉が用意されていた。
その中には鉄具が何本も突っ込まれ、灼熱の色に変わっていた。
「あれほどに男どもから精液を搾り取っていた卑しい奴隷は、ここに子を孕んでいるに違いない。
きっと孕んでいる。お前は、妾の夫のアンティトス様のお種を孕んでいる」
 イリスの呼吸音は恐怖で掠れた。そのイリスの前に、サビナは奇妙な棒を掲げて見せた。
鉄棒の先にはいちじくに似た鉄の塊がついていた。
棒の仕掛けを引くと、いちじくの皮が八方に分れ、中から鉄の鉤爪が獣の爪のように前に
飛び出す仕掛けになっていた。
 サビナはそれをイリスの前にかざした。
「家畜用の物なのだ。お前のような卑しい奴隷にはちょうどいい」
 イリスは叫び、よわく首を振り、枷を嵌められた身体で逃げようとした。
それはカディウスの屋敷の物置部屋で一度処置を受けたことのあるイリスには、全身が凍えるほどに
怖ろしいものであった。半ば眠りの中だったとはいえ、体内を鉄の爪で掻き出された時のあの
感触を思い出して、イリスは全身を引き攣らせ、ふるわせた。
小さな子が殴打を怖れるように、イリスはか弱い抗いをみせて泣いた。
「奴隷に、麻酔などやるものか」
 サビナは冷酷に冷笑し、イリスの怯えようをその狂気をひめた目で、憎々しげに睨んだ。
空の桶が運び込まれた。それは特殊な椅子に拘束されたイリスの脚の間におかれた。
鉄の鉤爪で掻き出される血や肉片を受けるためのものだった。
「さあ、こじ入れておやり」
「卑しい性奴隷を孕めぬ身体にしてやるのだ」
 家畜用のいちじくを使うにあたり、先の折れた三本の棒がまず差し込まれて、内部の肉襞が
見えるまでに奴隷の膣口が引っ張って拡げられた。淫棒が試しに奥まで抜き差しされて、何度か
それを繰り返して通しをよくしたところで、鉄の塊が膣口にあてがわれた。
サビナの命で麻酔もないまま、奴隷の股の深部へとそれがこじ入れられる間、下僕の手で
膝や腰を抑えられたイリスは、両手足を拘束する鉄枷を鳴らし続けた。
鉄のいちじくがイリスの膣内に完全に押し込まれてしまうと、悶絶の果てにイリスは失神した。
「ほほほほほ」
 鼻に硫黄の匂いがする液体を注ぎ込まれて、また苦痛の中に引き戻された奴隷の前で
サビナは口許に笑みを浮かべ、化鳥のように勝ち誇って哄笑した。
イリスを圧迫している鉄の塊をイリスに思い知らせるように、サビナはその下腹を扇で打ちけた。
「仕掛けを引くのは、もう少しお待ち」
 サビナは扇で下僕を止めた。
近くで盛んに燃えている炉の赤みが、サビナの顔を怖ろしく彩っていた。

(-----めずらしく、カディウス様がお屋敷に、たいそう美しい奴隷女をおかれているそうだ)
(おとなしやかな、美しい子だそうだ)
(アンティトス様は、その女奴隷をお気に召されて、暇をみてはカディウス様の邸を訪れ、
その奴隷を借りておられる)
(サビナ。わたしは先先帝の内親王と親しくさせてもらっているのです。それに、貴女は
友人アンティトスの奥方です。ご好意に応えることが出来ないことをお詫び申し上げます)
(カディウス様はその女奴隷をまたとなく大切にされて、お手許でご寵愛、滅多に外には出さぬとか)

 サビナは唇端を噛み締め、その顔を憎悪にゆがめた。
あらゆる女奴隷を病的なその性格のままにいたぶり殺してきた女であっても、これほどまでに憎々しく
ゆるしがたいと思われる獲物はなかった。サビナは扇を振り上げると、ピンできつく挟み上げた
イリスの胸先を、ピンごと打ちつけて叩いた。
苦悶の末に、イリスの鼻からは、鼻血が流れ出した。
「お前を公衆の性奴隷にしてやる。往来に繋いで、垢じみた下級奴隷たちから
ひいひいなかされているお前の惨めな姿を毎日なぶりに行ってやる。
お前の尻を鞭で叩き、めす犬の声を上げさせてやる。首輪を奴隷に引かせて
四つん這いで街を歩かせてやる。妾の足履きを毎日舐めさせてやる。その足履きで
お前の顔を蹴ってやる。踏みにじってやる。浣腸して栓を与え、食事の間、ずっとお前を
天井から吊るしておいてやる。木馬に乗せてやる、股がよく裂けるように金槌で木馬の底を叩いてやる。
剣闘士たちの檻にお前を入れて死ぬまで犯させてやる。お前を剥製にして、もっとも恥ずかしい
格好にさせて、飾っておいてやる」
 狂人しか不可能な奇声を放ち、目を血走らせて、サビナはイリスをはげしく殴打した。
 その言葉が嘘ではない証拠に、地下室の片隅には、まだ血の痕も生々しい三角木馬が
据えられて、不気味な頂きを、するどく光らせていた。
「塔に閉じ込めて、鎖でつないでやる。狭い竪穴の中に封じ込めておいてやる。
水責め火責め、気持ちの悪い毛虫や蛇を、お前の穴という穴に入れて泣き叫ばせてやる。
乳房を潰してやる。爪をはいで針を刺してやる。
ぴくりとも動けないように縛り上げ、一晩中、蝋燭をたくさん立てておいてやる。
毎晩お前の膣と尻の穴を何人もの奴隷に交互に突かせ、一睡もさせないで喘がせてやる。
この乳首を引き千切れるまで絞り上げてやる。こうしてやるこうして」
 イリスの乳首を挟んだピンが、狂人の力できりきりと引き捻られた。
 脚の間から鉄の棒を突き出し、これから受けるものを怖れ、恐怖と痛みで引き攣っている
イリスの苦しげな声は、激痛の中にあっても、だんだん弱って、今にも息絶えそうであった。
その引き歪んだはかない顔や、喘ぎよう、その抗う力のとてもない、たおやかな身体は、
輪姦され陵辱されて、無残にひくひくと痙攣しながらも、なおも雪白に清かった。
それを見据えているうちに、サビナの両目は憎悪をいや増してかっと燃えた。
 気が済むまで扇をふるうと、目を血走らせて息を切らしながらサビナは扇を床に叩きつけ、
女の膣から突き出している鉄の握り手を持って待機している下僕に命じた。
「まだ仕掛けを引くんじゃないよ。鉄のいちじくは奴隷の奥までちゃんと入ったかい。
この女を性奴隷として仕込むのだ。その鉄の塊で突上げておやり。
-----そのまま抜き差しして、拡張調教しておやり」
 誰かの手が、イリスの頬を撫ぜていた。
抱え上げられて、膝の上に乗せられた。イリスを抱いているその腕を、イリスは知っているような気がした。
大きな手が、イリスの手をやさしく包んでいた。
イリスは指先を動かそうとした。それは出来なかった。麻酔薬を呑まされたようだった。
夜の雑踏と松明の灯りの影が、薄い布を通して、輿の中に揺れていた。
 何処に連れていかれるのだろう。星々の中を渡っているようだった。
 イリス。
夢の中から幻燈を見ていると、懐かしい声がした。誰かがイリスを抱き、その胸にしっかりと庇っていた。
 イリス。
眠りなさい。こうしてわたしがお前の手を握っておくから、安心するがいい。
 イリス、イリス。
 もう大丈夫だ。


 朝の涼しい空の下、カディウス邸の中庭では、早朝の一仕事を終えた奴隷たちが
箒や水桶を片手に、休憩をとっていた。
 起き出して屋根のある水場で顔を洗ってきた子供たちが、彼らにまとわりついた。
「カディウス様は、もうお出かけになった?」
「カディウス様は、イリスを連れて、何処に行ったの?」
「休暇をとりなさったのだよ。イリスの快復の為には、田舎の領地の方が適しているからと」
「イリスの為にそうしたの?」
「さあ。カディウス様は厳しいけれど、お優しい方だから、もしかしたらそうかもしれないね」
「イリスは戻ってくる?」
「治ったらね」
 少年の一人が、なんだか、もうイリスは戻ってこないような気がする、と呟いた。
彼らは、いつもイリスがそこに坐って、小さい子たちの為の花冠を編んでいた庭の木立に目を向けた。
「なんで」「どうして」
 彼はたちまち、子供たちに取り囲まれた。
箒を握り締めた少年はそのことをうまく説明できなかった。
大樹の根元は、今もまだイリスがそこにいるように、清らかな緑色に淡く輝いていた。
「何だかイリスは、都にいちゃいけない気がするんだ」
 ようやく少年は、何とか答えを見つけた。子供たちは首をかしげた。
噴水の水がこんこんと青い水を湧かせていた。
「アンティトス様や、クイエトゥス様が、イリスのことを気に入っているから?」
「またイリスが誘拐されちゃうから?」
「違うよ」
 少年と、そして屋敷の使用人たちには、分っていた。
イリスが屋敷に来た日のことを、彼らはよく憶えていた。
カディウスの腕に抱かれていた奴隷は、汚れていても、彼らが見たこともないほどに
美しく、やさしげだった。
慌しく病室が用意されて、イリスはそこにはこばれた。粗末な寝台しかない、小さな室だった。
 イリスが少し恢復して、女たちに付添われて短い時間、庭を歩けるようになると、子供たちは
競ってイリスの近くに集まった。
カディウスはそんなイリスの姿を廻廊の奥からちらりと見て、そして通り過ぎて行った。
噴水の縁に腰をかけて休んでいるイリスは、光と水の影の中に音楽でも聴くような静かな顔をしており、
その静かな、やさしい様子は、誰の心にも、淡い光のようなものを残した。
 カディウスは、そのイリスを、鞭打たなければらななかった。
 都では、貴族と奴隷の関係が厳然として決められている。
それに異例はなく、都では、貴族は貴族としてしか生きられない。


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◆第十話(最終回):約束が欲しいと呟いた


 光を透かす垂れ幕に囲まれた輿の中は、繭のような色をしていた。
時々そこに、街道を行き交う馬車や馬の影が、幻燈のように、明るく映って行き過ぎた。
うとうととしているイリスが汗をかいているのを見て、カディウスは、輿の垂れ幕を
少しだけ開けさせた。
 涼しい風が吹き抜けた。幕の合間からは、青い空と、花の揺れる野原が見えた。
 イリスは、どうして貴人の乗る立派な輿の中に自分がいるのか分らなかった。
十二人もの男たちに交代で担がれる輿は、大貴族の使う贅沢なものであり、
中も広く、詰め物に身を預けて、からだを伸ばして横たわることもできる。
天井に幾何学模様が描かれた豪華な輿は、湖に浮かぶ舟のように安定していて、振動で身体が
痛むことも、ほとんどなかった。
 イリスはカディウスの膝の上で眠っていた。
身を起そうとすると、「薬を呑んでいるのだ、休みなさい」、額にカディウスの手がおかれた。
何か言おうとしても、舌が、よくまわらなかった。
カディウスはそれを聞き取った。
「所領地の荘園に行くのだ。お前はそこで静養し、今後もそこで暮らすのだよ」
 イリスは首を振ろうとしたが、できなかった。

 馬車ではなく、ゆっくりとした輿での旅は、何もかもイリスの為だった。
夕方になると、街道の傍に天幕がはられ、カディウスはイリスを連れてそこに入った。
眠る時も、ずっとカディウスが傍に付添っていた。
イリスはひどく弱っていて、排泄も一人では出来なかった。
カディウスは幼子にそうするように、イリスを支えて、それをさせた。
間に合わずに粗相をしても、丁寧に清めてやり、小さな子にそうするように、怒らなかった。
 イリスが奴隷である為に、たとえ既知のある領主の地を通る際も、そこに立ち寄ることは
出来なかった。旅の間は、野宿するか、誰もいない砦や、農家の跡に天幕を張った。
 天幕にはこばせた湯でイリスの身体を洗うことも、薬を呑ませ、枷を嵌められていたイリスの
手首や足首の傷を洗い、包帯をかけることも、すべてカディウスがやった。
膣の中に血止めの清潔な布を入れ、汚れた布と新しい布を交換することも、彼がやった。
脚を開かせて、それを行う間、イリスはおとなしいこともあれば、怖がることもあった。
止血の布を束ねて膣口に挿入されるだけであっても、痛みや恐怖を思い出すようだった。
 しだいに薬の量が減らされて、イリスに意識と視力が戻って来ると、イリスはそこに
カディウスがいることに愕いたような、安心したような、あどけない顔をし、その一方で
何かの影にひどく怯え、膣内を圧迫している止血の布束を何か別のものと
思い違いするのか、脚をばたつかせたり、鳥の鳴き声に耳を覆ってしまうようになった。
 特に夜になるとそれがひどかった。
角燈で照らされた夜の天幕は、イリスに、船倉や地下室を思い起こさせるようだった。
カディウスはそんな時、イリスの手を握ってやり、イリスが眠りにつくまで、ずっと呼びかけた。
 イリス、イリス。大丈夫だ。
 一晩中、イリスは小さな子供のように、しくしくと泣いていることもあった。
カディウスはイリスを胸に抱いて、ずっと泣かせておいた。

 イリスが助かり、生きているというだけで、カディウスは何に感謝してよいか分らぬほどだった。
「奴隷市場から、最初にお前を連れて帰った時も、お前はこんなふうに怪我をしていた」
 手枷や首枷の痕に化膿どめの塗り薬を塗ってやりながら、カディウスはイリスの両手をとった。
「心が見えるような気がしていたのに、わたしはいつも、それに気がつかぬふりをしていた」
 衣を脱がせると、カディウスはイリスの胸をしらべた。
傷めつけられた乳首は内出血しており、傷ついて過敏になっているためか、少しでも触れると
身を縮めてイリスが悲鳴を上げてしまう。一昨日から、そこには薬を塗らないことにした。
睡眠を誘う薬も、薬自体が負担にならぬように、徐々に量を減らしていった。
 痛々しく変色した白い胸の先は、まだ、いたぶられた痕を遺して、熱をもっていた。
 イリスの前に膝をつき、男は、その白い胸を下から手でつつんだ。
折りたたみ式の寝台に掛けさせたイリスは、ぼんやりとして、男が誰かも分らぬようであった。
「眠れないか。かわいそうに。痛んで疼くのだな」
 男はその胸をそっとつつみ、痣のある乳輪に指を這わせた。
そしてイリスの、熱をもった乳首に唇を近づけると、それをやさしく口に含んだ。血の味がした。
舌で乳首を慰めながら、もう一方の男の片手は、イリスの脚の間に入った。
びくりとしてイリスが乱れ、股に隙間が出来た。男の手はそこにもぐりこんだ。
汗ばんだ恥毛をわけて、やわらかな溝を探り当てた。
舌で乳首をかわいがりながら、女の股をもう少しくつろげさせた。男の指は女の小さなものに触れ、
その上に羽根で撫ぜるような、ごくやわらかな、やさしい動きを与えた。
 イリスの目から、涙がこぼれた。
痛いのか、気持ちがいいのか、分らぬようであった。
しだいに膝がひらき、息がはずみ、男の舌と指のうごきに、イリスは応えはじめた。
まとめてあったイリスの髪がほどけ落ちて、角燈の灯りに翅のようにかがやいた。
 カディウスは唇を離した。イリスは小さく喘ぎ、目を閉じていた。
「イリス。イリス。わたしのことが、分るのか」
 貴族は奴隷の前に跪いた。
イリスの両脚を抱きしめ、子供を庇った時に負ったイリスの膝の怪我の上に接吻した。
腿を開かせると、イリスの膣から血止めの布をゆっくりと引き出し、汚れたそれを床に捨てて
膣の中をらくにさせた。
ひらかせた脚の間に顔を埋め、女の器官に、触れるか触れないかに、唇をそわせた。
イリスがぴくりとするたびに、彼はそれを止め、イリスを宥め、その肌に、やさしい愛撫を与えた。
彼はイリスがとろりとして、そのまま自然に眠ってしまうまで、その肌の上に、羽根で触れるような、
綿であたたかく包むような、慰撫を与え続けた。


 諸領地の荘園には、先に人を遣っていた。
カディウスは、希望する解放奴隷に所領地の土地を安値で分けてやっていたが、主が訪れることを
知った彼らは、カディウスを慕って集まってきて、別荘を申し分なく整え、彼を待っていた。
 行きの行程にかなりの日数をかけた為、カディウスはすぐに都に戻らなければならなかった。
 暖炉の傍で、ほとんどの時間をイリスは眠っていた。
目覚めている時は、窓から外の景色を見ていた。
カディウスの腕に抱かれて輿から降ろされてきた女奴隷のことを、荘園の人たちは
主のお気に入りの奴隷なのだろうと解釈し、イリスに、果実や花を届けに来た。
 目を離した隙に無理に立ち上がろうとしたイリスの脚に伝い落ちた血も、都で中絶手術を
受けた為との説明で、そのまま彼らは納得した。
 別荘の庭には、大樹の涼しい木蔭があり、そこからは、大きな山が見えた。
流れる白い雲や、麓に葡萄畑を広げている雄大な山を、カディウスはイリスと共に眺めた。
 一行が別荘に到着すると、都から三通の手紙が、彼らを追い越して先に届けられていた。
差出人はそれぞれ、アンティトス、クイエトゥス、それと、愛人である先先帝の姫からのものであった。
「皇帝の親衛隊だって?」
 地下室に兵が踏み込んだ時、サビナがとった行動は、下僕を突き飛ばし、イリスを傷めつけていた
鉄のいちじくの、仕掛けを引くことであった。
すでにイリスの脚の間は、鉄の塊を出し入れされたことで裂傷し、血に染まっていた。
鉄の鉤爪でサビナがイリスの子宮を裂く寸前、下僕たちがサビナを取り押さえ、その手から
開きかけていた鉄棒の仕掛けを戻した。
「サビナ様、なりません、あれは、皇帝陛下の兵です!」
 駆け込んだ兵士たちに捕らえられたサビナは、男たちの腕に噛み付くとみえて、急にその
顔を冷静なものに変え、きりりと片眉を吊り上げた。
 サビナはその頑強な顎を上げて、一同を睥睨した。
「皇帝にお伝えなさい。これは公衆の性奴隷。首輪を見れば分るでしょう。
皇帝の臣民たる貴族の妾が、往来で妾に無礼をはたらいた奴隷をどう処分しようと
罪には問われませぬ。お放し、そこをお退き。ことが明るみになれば、罰せられるのは
お前たちのほうなのだよ。お前たち、妾が、将軍の娘であることを知らないか。
妾が、皇帝の信任篤きアンティトス将の妻であることを知らないか。
その奴隷は、公衆用の性奴隷なのだよ。思いあがった賤しい奴隷を罰して何が悪いのです。
街中をはだかで歩かせて、晒し者にしてやるのです。お放し、お放し」
 サビナは完全に狂人の目つきになっていた。
口端から泡をこぼして、狂女は高らかに哄笑した。
「おおそうだ、それとも、お前たちであの奴隷を犯しておしまい。
首輪を引いてお前たちの兵舎に連れておゆき。地下牢に繋ぎ、あの奴隷をそこで飼うとよい。
鞭打ってなかせておやり。股を開かせて嬲っておやり。でもちょっとお待ち、その前にあの薄汚い
めす犬に、避妊処置をしてやるのさ」
 サビナのその目はもはや、地下室の惨状に蒼白になって立ち尽くしている兵士たちの姿も、
その彼らを叱咤して、
「何をしている、奴隷の拘束を解くのだ。はやく!」
 するどい命令を飛ばし、意識のないイリスを拘束台から解き放っているカディウスの姿も
誰の姿も映ってはいなかった。
 イリスの体内から堕胎装置が取り出された。
枷を解かれた女奴隷の腕が、だらりと台の外におちた。その顔は、蒼白で、唇にも色がなかった。
「あんなに尻をふっていたのに、どうしたというのかい。めす犬を消毒をしないといけないねえ。
灼熱の棒を突っ込んでおやり」
 連行されて行かれながら、サビナは首をのけぞらし、まだ喚き続けた。
「足の腱を切り、目をえぐり、檻に入れ、這い蹲らせておやりいぃいいい」


 『-----サビナは幽閉されることになった。
 以前より異常が見受けられることはあったが、よもや人に隠れて
 そのようなことを繰り返していたとは。
  奴隷を罰したり、その生命を奪うことは持ち主の自由で罪とはならぬが、
 此度のことはイリスが君の所有奴隷であり、なおかつ大勢の人間の見ている前でイリスの命を
 命を奪おうとしていたところからも、許可を得ずしての他家の奴隷への危害、
 つまり、器物破損罪に相当する。
  都に戻り次第、相応の賠償を、前夫であるこの身から君に支払うことを約束する。
  カディウス、これは、将軍の名誉にも関わることであるし、外聞が悪いので黙っていたが、
 新婚の時にすでにわたしは妻サビナの異常性に気がついていたのだ。
 女奴隷たちの前で態度があまりにも豹変するので何やら気持ちが悪い、冷酷な女だと
 思った程度であったが、以来疎遠だったとはいえ、それを放置していたことは、義理父である
 将軍への遠慮があったという他、言い訳のしようもない。
  イリスの命が助かったと聞いて、どれほど安堵したかしれない。
 あれは君の美しい愛玩物であり、君は、大切な友人だから。』

 先先帝の内親王である、愛人からの手紙は、ごく短かった。
 『カディウス。愛しています。年上の身で恥をしのんで申し上げます。わたくしと結婚して下さい。』
 そのつもりだった。
カディウスはその手紙にはすぐに返事を出した。

 『貴女に相応しい男になるまではと、ながく貴女を待たせてしまった償いを、わたしはこの次に
 貴女に逢う時に、また、この先の生涯をかけて、妻となる貴女に果たすことをお約束します。』

 残る一通を、カディウスは開封した。
『カディウス、はじめて君に頼られたことを、皇帝陛下はとても嬉しく、満足に思し召しだ。』
 クイエトゥスの手紙はそう始まっていた。
 イリスがサビナが誘拐されたと知った途端、カディウスは迷わず、馬を飛ばして皇居に向かった。
皇帝に臨時の謁見を求めると、すぐさま大貴族にのみ許された権限で皇帝との拝謁を叶え、
彼は皇帝の前に進み出た。
 「皇帝陛下。わたしはわたしの大貴族としての権利が損なわれようとしていることについて、
その是正を行うにあたり、陛下のお力が必要です。陛下のご親族の召喚と、目下属州に遠征中である
第三軍副官アンティトスの家屋の捜索、全区画の捜索令状、護民部隊の出動許可を、
陛下の御名においてわたくしに発令下さいますよう、お願い申し上げます」
 「戦でもあるのか、カディウス」
 皇帝は目を丸くして、半ば笑い、カディウスに向かって手をひらつかせた。
「そなたが忠実なる臣であり、間違えたことはせぬ男であることを、余ほど知る者がいるであろうか。
そのそなたがそのように顔色を変えるとは、よほどのことであろう。何一つ皇帝からの贔屓のあかしを
受け取ろうとはしない、信義あるそなたには、いつか、何かのかたちで報いてやらねばと思っていたよ。
よろしい、カディウス、望みどおりの全権限を与える」

 しかし、サビナがイリスを監禁している場所は、なかなか突き止められなかった。
その場所は、サビナと三人の下僕しか知らず、皇帝の甥たちも、サビナに招かれてイリスを嬲りに
その屋敷を訪れた者どもも、窓のない馬車で案内されており、アンティトスの屋敷の使用人を
厳しく尋問しても、誰一人としてまったくサビナの隠れ家を知らず、手がかりすら、得られなかった。
 それが知れたのは、橋のたもとにいる、乞食からだった。
殺されて川に投げ込まれたところ、奇跡的に命があって、以後、下水の中に隠れるようにして
生き延びてきた乞食であった。
 その乞食は、もと、サビナの下僕であった。
サビナの不興をかい、処分されたその者は、サビナが奴隷たちを拷問にかけていた場所を憶えていた。
その拷問屋敷は、聖職者の住む一画にあった。
 クイエトゥスの手紙は続く。
 『一件が明るみになった後、皇居は大騒ぎになってる。
 もっともサビナが犠牲にしてきたのは奴隷がほとんどだったので、街中の騒ぎに比較して
 貴族たちはその点については冷静にしているがね。
   その代わりといっては何だが、カディウス、君が、たった一人の女奴隷のために
 皇帝の親衛隊まで使ったことは、彼らの好奇心を刺戟して、こちらでは格好の話題となっているよ。
  しかし心配はいらない。
  今回のことは君の人間味を見せてくれた事件として、愕きをもって受け止められ、概ね好意的な評価だ。
 何といっても皇帝陛下ご自身が、それをお聴き届けになった際に愉快そうに笑われ、
 カディウスもそのくらい遊びがあったほうがいいと、微笑まれたのだ。
  お蔭で、イリスを知っているわたしは、イリスの話を聞きたがる者の列が屋敷から
 溢れ出るほどに人気者だ。その余禄として、わが従兄殿の選挙も注目を浴び、護民官当選は
 確実といったところだよ。
  謹んで、皆に申し上げておいた。
  もしもこの世にまたとない、美しい小鳥が手に入れば、寵愛して、可愛がるのがあたりまえ。
 カディウスの奴隷イリスは、その身も心も、確かにそれだけのものはありましたと。』

 クイエトゥスの手紙は調子よく、そんなふうに終えられていた。
すぐに都に戻るというのに、三人とも大急ぎで手紙を書いたものらしく、それぞれに
思うことがあり、居ても立ってもいられなかったのであろう。
 山肌は、夕映えの雲の彩りを映す鏡のように、くっきりとした色に染まっていた。
そのあたたかな色合いは、暖炉の火の色にも、星の火の色にも見えた。
世界中の火という火があそこから降ったというのも頷けるような、美しい山だった。
 窓に片手をついてその山と大空を見ていると、イリスが目を覚ました。
カディウスはイリスの寝台の傍らに身をかがめ、その手を握った。
夕闇の中にそこだけが明るいようなイリスの顔に手を添え、カディウスは名を呼んだ。
「イリス」
 明日わたしは都に帰る。お前は、此処に残るのだ。
屋敷に、妻を迎えることになった。だからお前はもう、あの家にはおいておけない。
「その代わり、お前はここで暮らすのだ。都と違い、此処では苦しいことも辛いことも何もない。
誰にも咎められはしない。お前はここで、安らかに生きるのだ。休暇のたびに逢いに来る。
その時には、屋敷の子供たちも連れて来て、お前に逢わせてやろう。今は、疲れたその身体を治し、
健康になることだけを考えておいで」
 カディウスは最高位の貴女にそうするように、イリスのその手に接吻した。
やさしく半身を起させてやり、窓の景色をイリスに見せた。
 イリス、あの山は、わたしが子供の頃に見ていた山なのだ。
麓に葡萄畑があって、そこでは、空の色を固めたような、つややかな葡萄がとれる。
野原を越えれば、反対側には海があり、白い砂浜には、薄紅色のきれいな貝殻が落ちている。
この景色を、お前に見せてやりたかった。
お前なら、きっと、この荘園を愛するだろうと、そう思っていた。
 イリス、イリス。何を泣く。
また逢いに来る。二度と無理はさせない。お前が笑顔ならば、それでいい。
土地の者と恋をしてもいい。その時には解放奴隷にしてあげる。お前の好きにするといい。
ほかによい主がいれば、そこに行きなさい。
 約束が欲しいのか。
 夕暮れの空の下、カディウスはイリスの涙を拭ってやった。お前がいつまでもわたしのものであるという
その約束が欲しいのか。
「イリス」
 イリス。お前がわたしの手から水を呑んだあの日より、お前はわたしのものではないか。
何と言葉にしてよいか分らないが、それだけでは、いけないか。
わたしは都では貴族として生き、そしてこの荘園では、心のままに過ごしたい。
 ------お前はいつまでも、わたしの奴隷だ、イリス。


 遠い昔、火の山の麓の荘園に、貴族に愛された美しい女奴隷がいた。
荘園の人々は、時折、都から領地を訪れる主が、大樹の傍で女奴隷と静かな時を過ごしているのを
遠くから見ることがあった。
 木漏れ日は、いつも淡く、透きとおっていた。
女奴隷は若くして死んだが、駆けつけた主の腕の中で微笑み、安らかに目をとじた。
 主は大樹の根元にその亡骸を葬った。
女が淋しくないように、たくさんの花の中に眠らせ、その手で土をかけたという。
 都の主の屋敷にいた子供たちは、大きくなると、都から移って来て、荘園の管理を任された。
墓に花をそえていた、その者たちも年老い、やがて、時の中に消えていった。
そこに眠るその者の名が忘れられても、木蔭の小さな墓には、いつまでも、花が絶えることがなかった。


[イリス・完]

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