ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■十一幕


 南国の夜は長い。
火事場の焔のような夕暮れの色が空にまだ濃く残る時分から、歓楽街は
本格的な稼ぎにはいる。
 胸や腹をあらわにした女たちが細い路地に立ち並び、娼館の窓には
あでやかに着飾った娼婦たちが扇で顔を隠して誘う。
 南国の日差しを遮るための日よけが外されると、それを合図に
楽の音が流れ、篝火が焚かれた一帯はお祭りのような賑わいで、
袖ひき婆の吝嗇やその皺深い笑いまでもを、一夜の夢と変えてしまう。
「やあ、ありがとう」
 もののついでとはいえ、懇意にしている女官にこんなところを見つかったら
平手打ちでもくらい、三日は口をきいてくれぬだろうなと心の中で見積もりつつ、
東国の大使は宿の主人が揃えてきた紙束を受け取った。
「ご覧になりますか」
「そうしてくれ」
 大使は窓枠に頬杖をついて、娼館の露台から騒がしい往来を眺めた。
いかがわしい嬌声と、値段交渉の低い声。その日の仕事を終えた男たちが
思いのままに湯屋に入ったり、女の尻を撫ぜながらそのまま売春宿へと
消えていくのが、そこからでもよく見えた。
 色気づいた十代の頃から、国許においても外国においても、大使は
この区域特有のこの手の光景が好きであった。夕暮れから明け方まで
かりそめの情と衝動を交し合い、練りあい、試しあい呑み込み合う、
人々の快楽と虚しさが、ちょうど少年の日のように大使の心を
一抹の厭世観で気だるく満たし、女の派手な化粧や色彩や松明の明暗の中に
夜の期待が曖昧にとろけていく。
「大使さま。これで全てです」
「ありがとう」
 室の隅から奴隷が団扇で風を送っていた。
大使は窓に脊を向け、長卓の方へと歩いて行った。
「たくさん、あるね」
「もう大人気でございまして」
 神官長なみにでっぷりと太った宿の主は、たくわえた剛毛の口ひげをひねり、
卓に並べた画を前に、その苦労を自慢した。
「だんな様からの依頼を受けて、ようやくこれだけの正規本をかき集めました。
と申しますのも、すでに多くの類似品や模写画が出回っておりますので。
これが北の国の王女、いや、古代の王をその肉体で惑わし、王の死後、裁きによって
その淫乱を死ぬまで試され、罰せられたと伝わる、性奴隷の画の全てでございます」
 王妃が絵師たちを集めてルデアを克明に写生させ、晒し者にするために
ばら撒いた画の数々が、古代の罪人の名を借りて卓の上にずらりと並べられていた。
 個別には大使も見ていたが、こうして出回っている画の全てを一度に
揃えてみると壮観だった。
 白桃かと思われたものは、画紙一面に描かれた女の尻で、引き具で左右に
開かれた陰唇の奥までが、淡い色で塗られて写実的に描きとられてある。
そういった画は一構図だけでなく、前からも後ろからも、肉芽や肛門の皺まで
きっちりと描きこまれて、娼館が手持ちの娼婦たちの品質保証の一種として
用意する道具立ての一覧のごとき細かさで、ルデアの性器を暴いていた。
匂いまでしてきそうなそれらの裸体画の上には、もれなく、毒々しい文句が
王妃の手によって判で捺されてあった。
 王に不幸をもたらした淫乱な性奴隷。
「古代の王を惑わした伝説の女の図ね」
「まあ、正体は誰のことか皆知ってますがね。だからこの絵を買うんです」
 奴隷女が床に膝をつき大使と主に煙管をすすめた。
上等の娼館らしく細工の凝った煙管で、吸い口の部分にも金がまわしてある。
娼館の主は目をほそめた。
「淫乱、おおいに結構ですな」
「そうだね」
 煙を吐きながら、大使は適当に調子を合わせた。
 性器画のお次は、ルデアが強いられた様々な体位の図が待っていた。
性奴隷の絵巻物のごとく、女体があちらを向き、こちらを開かれ、屈まされたり、
荒縄で縛り上げられて、責具を突っ込まれている。ご丁寧にも使用された
淫具の図解まで脇についており、『淫乱女の悦び』と名づけられたそれらの
連作からは、いまにも壊れそうな女の喘ぎ声が聴こえてきそうだった。
これを描くのにはさぞかし長い時間ルデアに苦しい思いをさせたと思われる
一枚などは、ほそい脚を濡らして、拘束具の鎖の合間から零れ落ちている
性液が妙に生々しく、絶頂までが見えてくるように描きとられてある。
 娼館の主は、煙管の柄を使って、画の中のルデアの肌や臀部の曲線をなぞった。
「あたしもこの商売は長い。こんな女を店に抱えることが出来たら
一財産築いて遊んで暮らせます」
「この画にはどれも肝心な顔が描かれてないのにかい?」
「顔なんざ」
 歓楽街には、下層民だけでなく、貴族も裕福な商人も通ってくる。
多くの高級娼館を束ねる元締めは口ひげをひねった。
「あの時に女が見せるゆがんで緩んだ顔なんぞ、どれも同じ。室を暗くしておけば
文句を言うお客さんもそうはおりません。もちろん若くて美人ならそれだけ
値もはね上がる。ましてやこのルデア、いや、この奴隷王女は」
 どうやら歓楽街では、ルデアと呼ぶには憚られるこの画の性奴隷に、そんな
通り名をつけているようだった。奴隷王女。
「あたしの目利きぶりはちょっとしたものだと同業者からも信頼されていましてね。
奴隷王女のこのからだつきを見れば分かる。楚々として、乱れても羞恥を失わず、
ほそい腰をひねりながら、「いやです、やめて」、からだは素直に男の陽物を
しっかりと咥え込み、尻を振り立てながらひいひいと泣く種類の女です」
 思わずそのとおりだと答えそうになりながら、大使は次の一枚を手にとった。
責具が抜き取られたルデアの膣から白濁液がいやらしく垂れているところだった。
元締めは画の中の女の陰部と柳腰、かたちのよい乳房を検分するように指で撫ぜた。
「こういう性奴隷がたまらないという通の方は少なくない。そういった方々は
特注の鞭と首輪を持って女を借り受けにお見えになり、専用の調教室で
お仲間たちとお愉しみになるのです」
「そうだろうね」
「窓から見えます、あの塔やあの娼家の地下がそれ専用の室でして。貴族さまの
中には、ご自身の邸宅や別荘に、そういった趣向に適うお部屋をお持ちの方も
いらっしゃいます」
「身請けの話も絶えないことだろうね」
「だんな様はいかがで?」
「否定も、肯定もしないよ」
「うちの店の女として手に入れることが出来たら、どれだけの黄金や大金を
この可愛いお尻からひねり出してくれることか」
「金のたまごならぬ、金そのものを生む、可愛いめんどりというわけだね」
「そのとおりで」
 真向かいの娼館から、女の嬌声と男の笑い声があがった。
画の中のルデアは四つん這いにされ、膣と肛門に張型を押し込まれ、
乳首には小さな錘を、首には革の首輪をつけられていた。


 刺青師を呼んで診立てさせたところによると、ルデアの尻に
捺された焼印の文字は、除去は不可能であっても上から新たなしるしを
上書きすることによって、文字を潰すことは可能とのことだった。
しかしそれをする場合、もう一度苦痛を与えることになり、傷跡はより深く残るだろう。
 あれから、大使はルデアを引き取り、女官に世話をさせている。
「王妃さまは、王の寵愛する奴隷を焼き殺すおつもりですか」
 地下牢に踏み込んだ大使は怒りを隠さず、王妃を叱った。
王妃は大使がルデアを連れて地下室を出て行くのを邪魔しなかった。
罪人を拷問にかける際においても、犠牲者をすぐに死なせぬように
手当てや休息を頻繁に差し挟むのは基本であるし、ルデアには確かにこのあたりで
休養が必要であることは、そのやせ細りようからも明らかであった。
 もとよりルデアに同情的であった女官は甲斐甲斐しくルデアの世話をやいた。
大使が脈をみるのに持ち上げてみたルデアの手首は軽く、力なかった。
「以前にもこうなったことが」
 宦官医師が囁いた。大使にもそれがいつのことかは見当がついた。
大使が東の国の王の命を受け、少年王の見合い話を片手に南国に赴任した早々、
宴の音楽と踊りの向こうに見かけた清らかな王女。
なぜルデアがあの場にいたのか。今の大使はそのことを知っている。
王は、あの日の少年王は、堕胎させた後、心神喪失状態にあったルデアに
賑やかな宴を見せて、ルデアを喜ばせ、慰めようとしたのだ。
 もともとは敵同士のお二方なのにな、と大使は嘆息した。
 深く眠っているルデアは、青い顔をして、悪夢に追いかけられているように、
悲しげに、大使の目には映った。
「私にも覚えがあるが、あの年頃の少年にとっては
年上の女ほど憧れるものもなければ、負けたくないと思うものもないからな。
支配者として生まれ落ちた境遇と傲慢のせいで、王は愛する術を知らず、
ルーティア王女のほうは、これまた王に媚て取り入ろうなどとは露とも思い至らぬ
女人。攻一辺倒の男と哀れな王女が、暴君と奴隷として出逢ったのが不幸だった。
不器用といえば不器用であられる。お二人とも」

 歓楽街の賑わいは夜更けになるにつれてますます盛んになっていた。
これが真夜中となると、客ひきの声も絶えてぱたりと静かになるのも、恒例の
風物詩だった。
 奴隷が酒を運んできた。
「お。これはすごいね」
 口調はひやかしながらも憂鬱な思いで、大使は次からの連作を見つめた。
題名にはこうあった。
 『王にわざわいをもたらした身の程知らずの奴隷に与えられた罰』
 今後の責苦を予想させるような無残な図が広がっていた。
国許でも幼い頃から顕著であった東の国の王妃の加虐性はとどまるところを知らず、
男たちを使って手に入れたルデアに加えている辱めと暴虐は、伝説にある
古代の女奴隷が受けた刑罰をしのぐのではと想われる。
 娼館の主は首をふりふり、性器責めにあっている女体画の上に手を這わせた。
「もったいない。手前どもに渡して下されば、もっと効果的な方法で
懲らしめてやれますのに」
「薬や道具を使ってかい」
「こう申し上げては何ですが、当方はその道の専門稼業でございますから。
依頼人のご要望どおりに、お好みに応じた性奴隷を仕上げる術は心得ております」
「後学のために聞きたいね。たとえば」
「歯のない女や、調教によりからだを柔らかくした女など、一度お試しになられては」
「こちらも悪くないようだよ」
 大使は、窮屈に縛られた状態でのけぞらされ、乳房と陰部に蝋燭責めを
受けているルデアの責絵の一枚を卓の上にすべらせた。

 娼館を出ると、夜が明けかけていた。
灼熱の国らしい、暑さを予感させるぬるい朝風が、路地にたまった昨夜の
名残をくすぐるように払い、片寄せてゆく。
「では今後とも、ご贔屓に」
「また来るよ」
「あなた。きっと、ね」
 見送りに出てきた昨夜の敵娼は、金払いもよければ男ぶりもよい大使に
色目をつかい、小まめな奉仕を最後まで印象づけようと元締めの隣りで
いつまでもしなしなと手を振っていた。
 払暁の空を仰ぎ、大使は輿も断って、ルデアの陰画を束ねたものを抱えて
ひとりで歩き出した。
集めてどうなるというものでもないが、理由の一つは証拠押さえに、もう一つは
自分の愉しみの為に、そして残る一つは、他の男の目に触れさせたくない身勝手と
いったところだった。
 ルデアの真っ白い肌に落ちていく熱い蝋を描いた一枚は、縛り上げられた
女体の痙攣とそのはかない悲鳴を伝える体位、縄目の間をくぐって膣に
押し込まれ、はみ出して見えている淫具の卑猥さとあいまって、特に人気のある
一枚のようで、その筋の裏店では、その画を真似た実演が現在評判であるらしい。
「手持ちの奴隷を、画の中の奴隷王女と同じように縛り上げて中央に置き、
みなで蝋燭の蝋を垂らして遊びますのよ」
 昨夜の敵娼は流行に詳しい高級娼婦らしく、詳しいところを教えてくれた。
「なるべく若くてきれいで、おとなしい奴隷がそれにあてられますの。
画から想像される奴隷王女と同じようなね。それでなくては愉しめませんもの。
敏感な性器に熱い蝋を垂らされると、性奴隷は鞭で叩かれでもしたかのように
泣きじゃくるそうですわ。でも身動き出来ないようにぎちぎちに縛られているせいで
暴れることも出来ないんですって」
 寝台に横たわった娼婦は男の反応をみながら、その肩に手を這わせ、
しんなりと寄り添いながら、やわらかな声でなおも続けた。
「蝋燭は専用のものを使いますから、火傷はしませんのよ。
でも感度が高まるように目隠しをされているせいで、高熱に錯覚するそうですの。
大開脚された内腿に蝋を落とされると、奴隷は絶叫を放つそうですわ。
それだけでなく、背中や、足のうら、乳首にも……そうやって全身が敏感になったところで
膣に蝋燭や責具を押し込まれ、集まったお客さま方に視姦していただく。奴隷は
しまいには鳥の羽根で触れてやるだけでも身悶え、失禁し、泣いて悦ぶようになるのだとか。
奴隷王女がそうだったように、ね」
 石畳に朝日が差してきた。
入り組んだ歓楽街の街路のそこかしこに酔いつぶれた人間がいた。
夜に次いで朝が忙しい湯屋の罐場に薪を運ぶ奴隷たちが大使の横を行過ぎる。
店から直接朝のつとめに出かけていく男たちの影が、一夜の夢さめ、妙にうらぶれて
白々しく目に映る。この界隈特有の疲れた明け方を、大使は好んだ。
輿を断って、大通りまでぶらついて歩いて出ることを選んだのはそのためだ。
 足許に花売りの手車からこぼれたとおぼしき、一輪の花が落ちていた。
このまま早朝の市場に立ち寄り、そこで女官とルデアに花でも買って
一晩の留守を許してもらうつもりで、角を曲がった。
「うわっ」
 不意をつかれた。物陰から手が伸び、大使は画を抱えた方の腕をとられた。
身に染み付いた武術をつかって大使は逃れようとしたが、その腕は万力のように
大使の腕を掴まえて、大使を物陰に引きずりこんだ。
 物盗りか。
 路地奥に引きずり込まれた大使が最初に思ったのはそれだった。
しかしそれならば、財布を狙うはずだ。大声を上げて助けを求めようとして
大使はやめた。目の前に剣先が突き出されていた。
 全身を巡礼者の装束ですっぽりと包んだ賊は、大使の手からルデアの
画を取り上げた。
「欲しいなら持っていけ」
 面倒ごとを避けて、大使は諦めた風を装った。
「財布もやろう。言っておくが、私を殺したら大事になるのはお前のほうだぞ」
 石畳に投げ出した財布を拾ってすぐに去るかと思われた盗人は、驚いたことに
財布には興味を示さず、その場で皮と油紙にくるんだルデアの画をひろげ始めた。
「街で評判の、古代の性奴隷の陰画だ。正本だから売ったら高く売れるぞ」
 やけくそで大使は頭巾で顔もかくしている賊に教えてやった。
「王を惑わして破滅させた伝説の女奴隷が、淫乱ぶりを試されながら
殺されていく様子を描いたものだそうだ」
 賊は画に眺め入りながらも、大使が身じろぎするだけで、剣をするどく突き出してくる。
はやく解放してくれぬものかと、大使は壁に凭れ、賊の隙をうかがった。
 『淫乱な公衆便器』
 ひらひらと画が地上に落ちた。ぱっと見ただけでは何の図か分からないような
あらゆる手法を駆使しての女体責めの図の中に、女の尻に焼印を押しつけている
最新の画も混じっていた。身動きできぬよう拘束されたルデアの尻に一文字ずつ、
煙を上げている鉄片を押し当てることで焼き刻まれたその言葉。
「王がお戻りになる前に、王女の快復を待って、あの文字だけは消しておかねば」
 つらつらとそんなことを考えていた大使は、剣を握っている賊の手に目をとめた。
ぎらつく目でルデアの裸体画に魅入っている相手が、かなり若いのではないかと気がついた。
その時、賊の顔を真正面から太陽が照らしつけた。
大使は、冷水を浴びせられた気がした。
賊はゆっくりと顔を上げ、剣を握った片手をあげると、頭巾を背中にすべり落とした。
風が吹き、焼き鏝を当てられているルデアの画の上に、ひらりと別の陰画が落ちた。
ルデアを知る者ならひとめで彼女と判別のつく、華奢な、清く白いからだ。
複数の男たちの手で押さえ込まれ、性器があらわになるよう、開脚させられた姿で
辱めを受けている。
 『絶頂し、痙攣しながら次の絶頂をねだる淫乱奴隷の図』
 賊の沓先が、その画を踏みにじった。
「……王!」
 そこにいたのは、西国の戦闘区域から行方不明となったはずの、王だった。


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