ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■十ニ幕

 
 王弟が、王妃と神官長の目をぬすんでルデアを見舞いに
訪れたのは、深夜のことであった。
 大使は夕刻から留守であり、何処へ行ったかは分からない。
その留守を狙ってもぐりこんできた王弟は、付き添いの女官を部屋から
追い出してしまうと扉に鍵をかけ、寝台に横たわる女の上から
掛布を剥ぎ取った。王弟は、神官長ではない見知らぬ男をひとり連れていた。
「ひさしぶり。ルデアちゃん」
 王弟はさっそくルデアの上に圧し掛かり、ルデアの四肢を開いていった。
王弟に付いてきた若い男が、それを手伝った。
 二人の男の重みで寝台が軋んだ。
王弟が連れてきた男は、ルデアの頭の上に位置をとり、ルデアの手や肩を
押さえて王弟を手伝うことの他は、最後まで何もしなかった。
 薬に霞んだ頭で、ルデアは侵入してきた彼らを見た。
女の顔に浮かんだ寂しい失望と、凍えた絶望を、寝台の横に揺れている
火影があかく照らしつけた。
夢の中で誰を待っていたのか、それは女の胸にひそやかに秘められたまま、
誰にも分からなかった。ルデアは力なく目を閉じた。
「美しい方だ」
 頭の上で男が賛嘆を洩らした。目ばかりが暗く光っている、色のあさ黒い
まだ若い男だった。男の頬には刀傷があり、そして言葉には、わずかに
異国訛りがあった。それきり、男は口を閉ざした。
 横たわっている無力な女は、瞼を閉ざし、人形のように王弟の
されるがままになっていた。まっしろい乳房と、薄く色づいたルデアの
乳首を両手で揉んだ後、王弟は横にしたルデアの衣をめくりあげ、丸く盛り上がった
女の白い尻に顔を近づけた。そこには焼印が捺されてあった。ルデアに捺された
焼印の痕は、その周囲が少し熱をもって赤くなっていたが、はっきりと
夜に読み取れた。淫乱な公衆便器。
 白い肌に刻まれた仕打ちを見て、異国の男はかすかに眉を寄せた。
敗国の王族の女は勝者の所有物になるのがさだめとはいえ、
一度は王の後宮奴隷であった王女の処分としては、これは酷すぎるといえた。
「きれいだろう」
 王弟は連れてきた若い男に向けてルデアの顔を上げさせて自慢した。
「兄王よりも年上だなんて、ちっとも思えない。兄王が北の国の遠征で
捕らえた王女だ。処刑されるところを救いあげて、後宮に入れたんだ」
 興奮で鼻息を荒くして、王弟は持参の淫具を取り出した。
「あれだけ調教されたのだから、もうそろそろ身体が
疼いてきているはずだと神官長が言ってたけど、本当かどうか
兄上が留守の間に調べてあげる。王女ちゃん、お尻を上げて」
 ルデアはそうした。
 やがて女奴隷は押し殺した声を放ちはじめた。悶える女の影絵を灯りが
壁に映し出した。尻を上げた体位にされた女奴隷は処罰をひたすら耐え忍ぶように、
膣に責具をふくまされたきつい姿勢で寝台に顔を伏せていた。
 女の尻を左右にわけて、王弟はルデアの肛門にも唾液を垂らした。
「地下室で調教されただけあって、こっちの穴もかなり過敏なんだ」
 女奴隷の膣と肛門が押し込んだ道具をしっかりと咥えているのを
向かいにいる男にも指摘してやりながら、王弟はルデアを虐めはじめた。
「あの地下牢はやっぱりルデアちゃんの身体にはよくないよ。
じめじめして、熱気がこもって。それでなくても雪国育ちのルデアちゃんは
この国の暑い風土と合わなくて弱いのに」
 喋っている間、王弟は休むことなくルデアの体内に道具を抜き差しして、
『淫乱な公衆便器』の尻をさらにひくつかせにかかった。
 これは王妃には絶対に内緒だけど、と王弟は秘密の話めかして、時折
女の股の具合を確かめながら、ルデアに聞かせはじめた。
「王宮からそう遠くないところに、王女ちゃんをすまわせる屋敷を
共同出資で用意したらどうかって話が出てるんだ。
このままじゃ、ルデアちゃん、王妃にいびり殺されてしまいそうだもの。
誰でもいつでも使えるように、その邸宅にも拷問室や地下牢を作って、
お前を王妃から離して男たちだけの物にして、閉じ込めておくのはどうかって」
 王弟はルデアの腰を本格的に揺さぶり立てた。
はげしくされたルデアは髪を乱してすすり泣きはじめた。異国の男の手が
がっしりとルデアの両手を押さえつけていた。揺さぶられるたびに
ルデアは前にいる男に近寄る格好となったが、頬に刀傷のある異国の
男は、王弟がおもちゃにしている高貴な女を見下ろしているだけだった。
「神官長やその道に詳しい者たちの話じゃ、ルデアちゃんはめったに
ないほどの名器なんだって。調教したらもっと具合がよくなるって。
共同の愛玩物としてみんなでお前を飼ったら楽しいだろうな」
 ルデアの両手を押さえているこの見知らぬ異国の男は、ルデアがこれから
移送される予定のその屋敷の持ち主か、または関係者だろうか。
 耐え切れず、ルデアはふらりと腰の位置を崩した。
「だめだよ、もっとお尻を高く上げてなきゃ」
 王弟はルデアの尻をさらに開き、指と道具を使って感度を責めていった。
女の尻がふるえた。悦びの証の液が脚の間に垂れていた。
「乳搾りの下男たちに毎日お前の乳房を揉ませて、胸を大きくしようか。
病気の感染防止に膣と肛門をしみる薬で洗ってあげる。
目隠しされたルデアちゃんを開脚椅子ごと中央において、蝋燭責めを
鑑賞しながら晩餐会を開くのもいいな」
 淫棒で女壷をかき混ぜながら、王弟は女体のひきつり具合を満足げに確かめた。
「熱い蝋を全身に垂らされて泣き叫んでいたこの前のルデアちゃん、可愛かった。
ここにいる、この男もあの日はその場にいたんだよ。処女検診の時。憶えてない?」
 分からないよね、目隠しされてたもんね、と王弟は笑いを洩らした。
「ルデアちゃんの陰部に指を入れて可愛がった男たちの中に、彼もいたんだよ。
少ししか虐められていないのに、ルデアちゃん、彼の手淫にのけぞってた」

 地下牢に響いていた女の喘ぎの余韻が、ようやく静まった。
「まだ痙攣してますな」
「髪を振り乱してよがりまくって、面白い見世物だったわ」
 王妃は扇の端で息をついているルデアの顔を横からはたいた。
 両足を高々と上げたかたちで開脚椅子に固定されているルデアは、首をがくりと
後ろにのけぞらせて拘束具の間でまだ悶え、掠れた息をついていた。
目隠しをされたその全身は冷えた蝋に覆われ、蝋が肌に落ちる際の、火箸を
押し付けられるような一瞬の熱さを伝えるように、苦悶の汗でびっしょりと濡れていた。
 乳房ややわらかな内股のみならず、膝の裏、わきの下、足指と足指の間にも
熱い蝋は余すところなく垂らされた。目隠しをされている分だけ感度が
高まった女体には、それは地獄の責め苦にも等しい、灼熱の鞭で叩かれるような淫虐だった。
 地下牢に集った男たちは、結果を見るように、かわるがわる女の股を覗き込んだ。
「蝋燭責めを気に入られたようだ」
 両足を左右に拡げられ、ぱっくりと開かれているルデアの秘処は、汗と尿に
濡れぼそり、汚れてふるえ、そしてそれだけではないものを、哀れにも
奥からひそやかに滲ませていた。
「これも、皆さまの調教の成果ですわ。神官長さま、この蝋は皮鞭で叩いて
こそげ落としてやりましょう」
「いや王妃さま、その前にルデアにご褒美を与えてやりませんと」
 ルデアのその箇所に、肉棒を模した道具が嵌め込まれた。
膣と肛門の二箇所から棒を突き出したルデアは、蝋まみれのまま椅子ごと
しばらく据え置かれ、そのまま鑑賞物として眺めまわされた。
「せっかく好物を二つも咥えているのだから、体の芯も熱くして差し上げましょう」
「さあ王女さま」
 やがて半狂乱の女声が地下牢に満ち始め、それは女の声が掠れきって
途絶えても、止むことはなかった。

 王宮を染める清浄な月の光も、閉じ込められたルデアには届かない。
「最後のほうなんか、ちょっと乳首や肉芽に触れるだけでびくんびくんしてたよね」
 王弟は自らをルデアの中に押し込んで励み出した。
「蝋燭責めで絶頂死した奴隷もいるんだって。ルデアちゃんもあれが気に入ったよね」
 淫乱な公衆便器は王弟のその言葉に抗うように、苦しく腰を動かした。
その動きはかえって奥深くに男のものを咥えることになった。
「調教の成果が出てきたと、後でみんなで話し合ったんだよ。
ルデアちゃんはおとなしくて、あまり自分の口ではおねだりしないけど、
からだの方はたまらない体になってるに違いないって。でも王妃は
そのことが最近じゃ気に入らないみたい」
 ぼたぼたと、蝋ならぬ王弟の熱い汗が、ルデアの薄い背中に振り落ちてきた。
「お前はもう兄上の愛奴じゃなくて公衆便器なんだよ。ここにそう書いてある」
 終わると、王弟は頬に傷のある男に手伝ってもらってこそこそと
衣類をまとい、来た時と同じように、しのび足でルデアの室から出て行った。
その去り際、異国の男はルデアの股に溢れた汚れを拭い、ついでに女の片手を
うやうやしく持ち上げて、高貴な女にそうするような、何か言いたげな
接吻をしてみせた。まるで、今しがたの芸を堪能しましたとその西国訛りで
王女に伝えでもするかのように。
「とにかくね、これは絶対に内緒のことだけど。僕も神官長も、大臣たちも
ここにいるこの男も、同意見のことなんだけど」
 王弟は卑屈の反動の、だらけた薄笑いを浮かべて、今しがた好き放題に
犯したルデアの耳朶に嬉しそうに言い残した。
「王妃、邪魔だよね」


 若い日の剣術稽古の時以来の衝撃だった。
剣の柄ででしたたかに肩を打たれた大使は、その場に踏みとどまることが
出来ずに無様に倒れて、路地の石畳に手をついた。
王の激怒のほどは、今の無言の一撃で十分に伝わった。
無理もないことだった。この場で手打ちにされるのが妥当であろう。
「王。ご無事でなによりでした」
 殴られた肩の痛みを我慢し、大使はその場に平伏した。
縄で絞りだされた乳房や尻の秘処を痛々しくもむき出された
ルデアの陰画が、まるで打ち上げられた白魚のごとく地面に散らばって、
歓楽街の朝日に白々しく照らされていた。
 何と美しい女奴隷だろうと、大使は殴打の痛みを堪えて道に落ちた
ルデアの責絵に今さらのように魅入った。さまざまな痴態をとらされている
はだかの女体は、尻に刻み込まれた『淫乱な公衆便器』の烙印のとおり、
最下級の性奴隷でもされたことのないような無体な扱いを受けていたが、その姿は
なおやかに美しく、瑞々しく、縛られたその身の内から哀しげな貴いものを
静かに溢れさせて眼に映る。
数年前、たしかに触れたことのある女であり、そして幻の女のものだった。
大使の膝もと近くに落ちている画は、女の陰部に縄をくい込ませているものだった。
穢れぬ聖性とひめやかな従順性を帯びて、沈められてもなおも小さな吐息で
清く咲く、夢の中の花にみえた。
「西の前線から、不意にお姿をお隠しになった王のことは、臣一同、そして
東国大使である私も、切に案じておりました」
 きわどさを引き立たせるように赤く塗られたルデアの陰部と乳首の淫靡さに
目をあてたまま、大使は王の前にひれ伏した。今にも後首に王の剣が落ちてきそうだった。
 王、と大使は呼びかけた。
 王の威圧感への恐怖とたたかいながら、大使は努めて述べた。いつもの大使なら、
もしここで仕置きされるとしても美しい王女のはだかを見ながら逝けるとは
それも結構男子の最期としてはおつなものと調子よくうっかり云いかけるところだ。
それで少し気がほぐれ、大使は説明に及んだ。
「王。懼れながら、このような場所に王おひとりとは危険極まりないことです。
この界隈から離れたほうがよろしゅうございます。私でよろしければ、すぐさま
衛兵の詰所へ向かい、まずは王宮に報せをとばして、お迎えのおしたくを」
「大使」
 口上の途中で、どん、と王の剣が立てられた。
他人の目には金払いを渋った昨夜の客を、店の用心棒が締め上げて
いるところにしか見えぬのか、路地の奥にいる彼らに気がついた通行人がいても、
誰も立ち止まったり、関心をもったりはしなかった。地に立てられた王の剣先は、
折り曲げた体位に縛り上げられ、責具を体内に突き込まれているルデアの責絵の
真ん中を刺していた。『淫乱女の悦び』。
「……」
「これは、予の奴隷だな」
 聞くものを震え上がらせる鋼の声とは、王のこの声のことだった。
「大使。これは、ルデアだな」
 この世の誰よりもルデアの身体を知り尽くしている王につける嘘はない。
画の中のルデアは責められるままに淫水を迸らせており、場に居合わせた
王弟の話では、この時のルデアは半日もかけて快楽の極点を繰り返し
仕置きされた反動で、縛めを解いた後も、言葉にならぬうわごとと、全身の
震えがしばらく止まらなかったということだった。
「これも」
 王の剣先が別の画の上をすべった。
異物挿入を受けている女体は膝をついた形で両腕を天井から吊るされており、
女奴隷の悲哀や苦悶の表情までが伝わってくるようだった。
 王にわざわいをもたらした身の程知らずの奴隷に与えられた罰。
 次に王は剣で、性器の暗がりをのぞかせたルデアのまるい尻に
刻まれた文字を深々と刺し貫いた。淫乱な公衆便器と書かれてあるのを
大使の眼が追った。
 剣と石畳が不吉な音を立てた。
「王。これは」
 氷柱を飲んだような想いで、大使はひれ伏した。
大使は察した。王は、これが王妃のはかったことだと知っているのだ。
それに気がついた瞬間、役目に忠実な大使は、頭が沸騰しそうになった。
「それは確かに王がご寵愛の奴隷ルデアです。全責任は私にあります。
いかなる申し開きもいたしません」
「そちは盟友東国より派遣されたる、全権大使。そうであるな」
「ははッ」
 王は身を屈め、大使の顎の下に剣を入れてきた。
歓楽街の一隅は、王の裁きの間と変わったかのようだった。
凍てついた王の声が、大使を刺し貫いた。
「駐在大使とは、その国を代表する者。独断では処断はできぬ。
祭祀を受け持つ神官長にしても、それは変わりない」
「……」
「が、予の妻たる王妃は違う」
 王の目が燃え上がった。剣で持ち上げられている大使の顎がふるえた。
「妻に対する夫の権利はこの地上のあらゆる立法にたち勝る。東国から嫁いできた
王妃であろうと、夫に対する裏切り、背信行為は許されぬ。妻は夫によって裁かれる。
家畜に鞭打ちを行使する飼い主の絶対権と同じようにだ」
「……」
「王妃は予の愛玩物を傷つけた。東国の王は、遠からず、王妃の死の報を
聴くことになるだろう」
「……」
「安堵せよ。その折には、不慮の死と伝えてやろうから」
 苛烈なその気性のままに、むき出しの怒りを噴出している様子に大使は
息を呑む他なかった。王の怒りのほどは、もしもルデアが
この場にいれば、寵愛するルデアですら引き裂いて野犬の群れに
投げ与えてしまいかねぬほどに強かった。
それがびりびりと伝わるだけに、大使は迂闊に動けず、地に落ちて
散らかっているルデアの画を、王の目から遠ざけるためにせめて
片付けることすら忘れた。
 大使の頭を占めていたのは、別のことだった。
 怒りに任せて王が王妃を処刑する最悪の事態だけは避けなければならない。
それは、両国に戦争を引き起こしかねぬ。それだけは、避けなければならない。
職務本能ともいうべき義務感に突き動かされて、大使は王の前に身を投げ出した。
「王。責任の全ては王妃の目付け役であったこの私にございます。
王妃はまだお若く、奴隷に対しては、国許での習慣が抜けなかったのです」
 もっとうまい言い回しはないものか。大使は頭をしぼった。
「高貴なお生まれは同じでも、王のお考えになっている奴隷の扱いと、
王妃が考えているそれが違ったのです。東の国では、夫の所有物は婚姻によって
妻のものともなるのです」
 大使は言い募った。
「王が行方知れずとなった時、王妃は嘆きのあまり、その原因を探しました。
そして奴隷に惑わされて破滅した古代の王の逸話を思い出し、王に禍を
もたらしたのは、王がご寵愛であるところの、後宮のルデアではないかと思ったのです。
ご存知のように王女ルデアは、王に滅ぼされた北の国の姫。よって王妃は、
ルデアがさぞかし王をお恨みもうしあげ、遠征においても後宮の女のつとめである
勝利の祈願を怠り、王の身に呪いをかけていたのではないのかと」
「それゆえに、ルデアを後宮から引っ立てて責めていると申すのか」
 騙されはせぬ。そう言うかのように、王の口もとに、ぞくっとするような
皮肉な笑みが掠めた。王の剣がルデアの画をふたたび刺した。
「それで、あの女を地下牢に閉ざし、予に背信する不埒者どもを集めて、
かような責めと酷使をしていると、そちは申すのか」
「どうか王、私の首をもって、王妃への咎めはなしに」
 大使の額から焦りのつめたい汗が落ちた。王の怖い顔には微塵の変化もなかった。
「東と南、両国の和平のために。お怒り承知で申し上げるならば
ルデアはしょせんは奴隷の身。此度のことはどうか内々のうちに」
「大使」
 王の沓先がルデアの画を踏みにじった。画紙が石畳の上に引きずられた。
白い女の肌が悲鳴を上げ、血を流したような気がして、大使は目を伏せた。
次なる王の問いは静かであったが、大使の額からはさらなる汗が噴出した。
「大使。ルデアは、生きているのだろうな」
「はい」
 大使は懸命に口を動かした。
「生きて、生きておられます」
「ならばよい」
 それで、何をどう、王は得心したのか。
王はルデアの画を束ねたまま、まとめて引き裂き、細かくして踏みにじると、
小さく口笛を鳴らした。
 途端に四方の路地から音もなく王の兵が押し寄せきた。大使は瞬く間に
袋詰めにされて、屈強な兵の肩に担ぎ上げられてしまった。

 河だ、と大使は想った。
 小一時間も経った頃、麻のごわごわした袋をとおして河岸の泥土の
においを嗅ぎ分けた大使は、横たえられた輿の中で観念して目を閉じた。
海に注ぎ込む大河に、これから投げ込まれ、沈められてしまうのであろう。
 心残りは恋人の女官のことだった。自分のことで罪咎が及ばぬようにはからった
つもりではあったが、怒れる王のことである、関係者を無差別に皆殺しにすることも
あり得るだけに、申し訳ないという思いと、今さら募るいとしさに、我ながら
どこまでも自分本位だと落ち込んだ。
 せめて悪あがきはよそう。
 女官の可愛さや重ねた情事をわびしく思い返しつつ、大使は桟橋で
輿がとまり、ふたたび麻袋ごと担ぎ上げられたのを知った。そして葦の間に隠されていた
小舟の底に降ろされた。王も兵士も、続く舟に乗ったようだ。
 小舟は、空を映す鏡のように静かな波をわけ、大河の中央に浮かぶ、おおきな
船へと漕いでいった。樽の中に入れられて、小舟から船に引き上げられた大使は
さらに船の底へと荷のように運ばれて、そこでようやく、袋の紐をほどかれた。
船底の室の扉が閉まる前に、「しばしそこで頭をひやせ、大使」と王の声がした。
 袋から這い出した大使は、見知らぬ男と、顔をつき合わせた。
「大丈夫ですか?」
 頬に刀傷のある、浅黒い若い男が、大使に手を差し伸べていた。
西の国の訛りがあった。


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