ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■十三幕

 
 船室に閉じ込められた大使のもとに食事が届けられたのは
太陽が河岸の葦を染めて赤く傾き、ぬるい風が吹き始めた頃だった。
 河船の下庫に閉じ込められていた大使は、上客用の船室に
連れて行かれ、そこで昨夜からそのままだった衣の替えを渡された。
 商船をよそおった船は帆をたたみ、夕方の風に揺れながら、舳先を
やや傾けて、大河の中ほどに錨を降ろして停泊していた。
「食事が終わったら、肩の薬をとりかえましょう」
 剣柄で王から強く殴られた大使の肩は、骨にこそ異常はなかったものの
皮下出血し、しばらく使い物にならぬほどに痛んでいた。
 四角くとられた船の窓からは、夕陽に染まる街並みがかすかに見えた。
「訛りからお察しのように、私は西の国から参りました」
「……」
 西国と南国は、交戦中である。
王はその戦に出かけて、部隊ごと行方を消したのだ。
 東国の大使は警戒の面持ちになったが、考え直して今は流れに
任せ、様子を見ることにした。この男がまことに西の国の手合いで
敵ならば、王と共にいるはずもない。
 頬に傷のある浅黒い男は、東国大使の背中に回ると、湿した布と
包帯を取り替えた。
熱湯に浸したわけでもないのに、湿布は熱かった。塗布された薬から
じんわりと伝わる熱に大使が顔をしかめると、
「この塗り薬はもっと濃縮した状態で、別のことにも使います」
 頬に傷のある西の男は包帯を取り出した。
ありあわせの布を裂いて作った包帯とは違い、柔らかな布だった。
 革袋に入った薬草を男は後ろから差し出して見せた。
「西国の山岳にしか生えぬ薬草です。娼館にもって行けば高値で売れる。
効き目の強い媚薬です。南の国の後宮にも最近、闇の経路で、西国から納品
されました」
 あかい西陽に男の横顔が照らし出された。
「効果のほどはご存知ですか?」
「ええ。まあ」
 上衣を肩にかけた大使は、男の手から落ちた薬の葉を拾い上げた。
波の揺れを伝える床には無数のフナクイムシの痕があった。
「国許の、その種の宴の席で見たことが」
 秘密の淫宴は、ちょうど、沈みかけの太陽の光に包まれた
この船室のような暗い密室で、蝋燭明かりの中、夜通しとり行われる。
「新しい奴隷を買い入れましたので、ぜひご賞味を」
 耳に囁かれれば、大使はその日の気分で頷いたり、他に用事が
あるからと断ったり、招待相手の格に応じて気ままに返答をしたものだ。
 貴族が所有する性奴隷、それは歌い手や骨董品、あるいは珍しい
花々や犬猫と同様に、親しい者たちの間でくまなく披露され、試食されるべき、
自慢の種だった。
「私はあまり惨い出し物は好まない。見たのも一度だけです」
 大使と付き合いのある貴族たちは、大貴族ばかりだった。
専用の調教部屋や専属の調教師、外に音の漏れぬ監禁の塔を
持っている者も少なくなかった。
粗相をして主に恥をかかせたとして、その場で解体される奴隷もいれば、
淫芸を一から仕込むところから、客人の手で行わせる趣向の宴もある。
西の国わたりの秘薬の効果も、そういった宴で大使は初見した。
「そろそろ効き目が」
「誰か、お試しになられては」
 客の真ん中に据えられたその夜の女奴隷は、両手両足を寝台の
四隅に括りつけられたまま、薬の発熱作用と誘淫効果に打ち上げられた
魚のように苦しく悶え、張型を動かしてやる間、全身を突っ張らせて、
口からは泡をふいていた。
 大使が放心していると、「ルデア王女のことが気になりますか」と
唐突に男から切り出された。船室が翳った。


 まだ少年だった頃の王が遠征で捕らえた雪の国の王女のことは
西の国にまできこえておりました。と、頬に傷のある謎の男はあまった
包帯を巻き取って箱に片付けた。
「年を経ても飽きられるどころか、ますます寵のほどは深まるばかりだと。
噂はとかく大げさなもの。ましてやまだお若い王が、他の花に目移りしないとは
考えられず。ですが王女にお逢いして、それにも得心いたしました」
 男は箱の蓋を閉め、微笑した。
「視ているこちらの胸が苦しくなるほどの清い王女。いかなる
美人にも勝る。すいつくような白い肌と美しい眸には、まったく感嘆いたしました」
 頬の刀傷がほんの少しだけ釣りあがる、そんな笑いだった。
 この男はいつルデアにあったのか。
 大使は床のフナクイムシの痕を凝視した。
 ルデアは、王宮にいる。
南国と目下、敵対関係にある西国の手の者が、王宮にしのび込んだのだろうか。
王の寵愛する奴隷に、媚薬を扱うその手を伸ばして触れられる、すぐ近くまで。
「お静かに」
 剣呑な顔つきになった大使に、西の男は両手を挙げてみせた。
その顔つきに、何となく大使は見覚えがあった。
それは大使のように、常日頃から人の顔と名と身分をよくよく注意して
憶えこむ能力を身につけて鍛えてきた者でなくば、到底気がつかぬことであった。
思い浮かんだ一つの面影に、大使の目が丸くなった。
 まさか。
「私はこれから王宮にまた戻ります。王の王弟、本当のところは異母弟ではなく
先王が病に臥せられてから太后さまがひそかにどこぞの貴族の男と契られてできた
異父弟さまのご様子ですが、その王弟さまが、まだ王族と認められておらず、
西国寄りの鄙びた領地で暮らされていた時、私は王弟さまと一時親しくさせて
もらっていたのです。そのご縁で、王宮にも招かれました」
「嘘だ……」
「何が。王弟さまと親しいことですか。そんな男が、戦場から行方を消した
王と共に都に姿を現し、神官長や王弟に隠れて王とひそかに行動を共に
していることがですか。それとも王弟さまと共にいることが?」
 太陽は沈み、船窓から見える空はすでにもう蒼かった。
西の男は、薬草の入った革袋を取り上げると、戸口に寄った。
「外には見張りがいます。泳げる方だとも思えない。王の怒りがとけるまで
おとなしくこの船にいて、無茶はしないことですね」
「あなたは誰だ。何者だ」
「この淫薬は今宵、ルデア王女の身に使われるものです。王弟さまが興味を示されて
王女に試されたいと、ご所望になりましたので」
 船の戸を閉め切る前に頬に傷のある男は、儀礼的な挨拶として大使に
意味深な笑みを見せた。お前の分まで楽しんできてやるぞと言いたげな
傲慢でも、美しい女奴隷をこれから王弟と共に可愛がる楽しみを後に
控えてのそれでもなかった。
「ご安心を。私にも温情があります。昨日の今日だ。ほどほどのところで
王弟さまにはご満足いただきましょう。薄めて使いますよ」
 空には、一番星がまたたき出していた。
大使は、謎と共に、船室にひとり残された。


「王妃に見つかると困るから、もう帰る。あとは頼んだよ」
 昨夜にひき続きそそくさと衣類を着こんで王弟が太った体躯を室の外にはこんで
姿を消したあとには、涙も悲鳴も枯れ果てて、脳天まで貫く快感に翻弄され
続けて力尽きたルデアと、西の国の若い男が残された。
 はだかの女奴隷は椅子に上体を縛られ、腰を突き出すかたちで後ろ手に
拘束されており、尻の下には位置と角度の調整に詰め物が置かれてあった。
 昨夜に引き続き、女官は室から追い出されていた。
窓の向こうには、月光に照らされた庭の木々が深夜の風に手を振るように
揺れており、暑気と湿気を含んだ甘たるい南国の夜のにおいは、締め切った
窓の隙間から室内にまで、外に咲くかぐわしい花々の香りを伝えていた。
「快復したばかりの御身体には、少しきつかったのではありませんか」
 すっかり二人きりになると、西の国の男は、口枷を嵌められたままのルデアに
声をかけた。
 男はルデアの口枷を外し、水差しの水をルデアに飲ませると、もう一度
口枷を嵌め直した。
 ルデアの唇から零れた水が、むきだしの白い乳房に伝い落ちていった。
王弟の希望に応じて、ルデアに縄をまわし、口に枷を与え、なぶられるままの
恥ずかしいその体位に仕上げたのは、頬に傷のあるこの西の男だった。
 椅子の横にはまだ火がついたままの太い蝋燭があり、王弟がルデアに
使って楽しんだ様々な淫具が、汚れたままに放置されていた。
「王弟さまは、ご自分で思いついたことに興奮されて、さっそく今宵
再現してみたくなったのでしょう。先日地下牢で蝋燭責めを受けていた時の
貴女は、それだけの見応えがあったから。でもどれも短い時間で済ませるように
王弟を説得しました」
 西の男は女奴隷ルデアに対して、王女に対するような礼儀ただしさと、
王妃や神官長や王弟、または王妃に寝返った廷臣たちのものとはまた別種の、
ある種の観察と、遠慮と、それを超える何かの含みをもって接しており、この夜も
それは変わらなかった。
 男の前には、無防備に性器を晒したままの、女奴隷の裸体があった。
 今宵の王弟は、身動きできぬルデアに蝋燭の蝋を浴びせて垂らし、
西の男が持参した淫薬を塗りこめた膣には、「具合を確かめる」と称して
さまざまな淫具を出し入れしたのであるが、その間西の国の男は椅子の背後にまわり、
ルデアの両脚の膝を抱え持って、王弟の作業がやりやすいように脚を開かせていた。
「薬は気に入りましたか?」
 西の国の男の声が、ルデアの耳朶を掠めた。
先刻と同じように背後に回った男の両手が、ルデアの乳房をもんでいた。
椅子に縛られた身を動かし、口枷を嵌められたままの女奴隷が喉をそらした。
「蝋を落とすだけです」
 女の全身にこびりついて固まった蝋を、男はルデアの身を愛撫するようにして
払い落としていった。執拗と思われるほど、それは丁寧だった。
垂らされた蝋の熱さは、女の肌に点々と散るままに、まだしつこく女の身を
灼いているようだった。
 男の指の中で、ルデアの乳首はかたくなった。
 西の男は前に回ると、今度は女のあしもとに片膝をついて、ルデアに
両足を椅子の腕木にかけるようにと求めた。
 すっかり晒されてしまうと、男は女の内股の汚れの除去に取り掛かり始めた。
椅子の腕木に膝裏をのせて股を開いたルデアの下半身は、陰部のみならず
左右に突き出した足指やあしうらまで、王弟によって執拗な蝋燭責めにあっていた。
 ルデアは眉を寄せて、男の指の動きに耐えていた。
 女の脚のあいだから、男はルデアを眺め上げた。
「調教された身です。疼いてたまらないのでしょう。ここが」
 そのためにまだ口枷を嵌めたままにしているのだと言わんばかりに、
ルデアの内股を清めていた男の指が、前置きもなくルデアの陰部の溝を
こすりあげた。
 ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりが、奇妙な影絵を夜の壁に赤黒く描いた。
 冷えて固まった蝋をすっかり取り除く頃には、月が中天を過ぎていた。
「性奴隷の調教のこつは、身体に覚えこませることと、褒美を与えること、でしたね」
 西の国の男は女の肌にこびりついた蝋くずを払い落とすと、あらためて身をかがめた。
男の意図を察したルデアの目が驚きにみひらかれた。王女は左右に首を振ったが、
膣の潤み具合を教えるように男の指が入ってくると、それを恥じるように
女奴隷は苦しく眉を寄せ、瞼を閉ざした。


 月ははや中天を過ぎて傾いていた。
 明かりを片手にルデアの室から出てきた西の国の男は、廊下の暗がりに
女官の姿を見つけた。王弟に追い出されてから、ずっとそこにいたようだった。
「あなたこそ休憩が必要のようですね。顔色が悪いですよ」
 脚をとめて声を掛けてきた西の国の男に、女官は頭を下げるだけだった。
その頤に、男は手をかけて上を向かせた。
女官の眸には涙がたまっていた。
「その涙は、王の女奴隷のことですか。それとも昨夜より王宮に戻らぬ、
あなたの恋人を想っての涙ですか」
 憔悴したかおで唇を結んだまま、女官は無言で目を伏せた。
女官は、大使が、王妃か誰かの指図で、『ひそかに片付けられた』と
思っているに違いなかった。
 西の国の男は女官に告げた。
「東国の大使どのはご無事です。命に別状はありません。詳しいことは
お伝えできませんが、王妃さまの仕業でもありません。もとの姿のままで
あなたの許にお返しできると思います」
「……」
「大使どのは職務に忠実な方。これは、むしろ大使どのの身を守るための
隔離と思ってもらって、差し支えありません」
 信用できるはずもない。しかし男の声には、まことが感じられた。
まだ暗い顔をしたままの女官に、西の国の男はさらに言った。
「大使どのは、あなたのことをとても心配しておられました」
 女官の頬に涙が伝い落ちた。
しかし女官は気丈にもそれ以上、何者ともまだ知れぬ正体不明の西の国の男に
すがることもなく、取り乱しそうな気持ちをおさえて、ふたたび頭を
下げるのみだった。
 それで用事は済んだかと思われたのに、驚いたことに西の国の男は
女官の腕をとった。
「ルデア王女なら大丈夫。お慰めした後、お休みいただいております」
「何処へ……」
 西の男が連れて行こうとしている場所に気が付いた女官は、混乱してきた。
 王妃宮。
 女官は、男の口調にあるものから、この男がどうやらルデアや大使の
味方らしいことは薄々察することができたが、王弟が出て行ってからも
ルデアの残された室に篭っていたところからして、まだすっかり安心できた
ものではないことも確かであり、怖ろしくなってきた。
 王妃宮までたどり着くと、西の男は女官を手近な部屋に閉じ込めて、
迎えが来るまでここにいるようにと、女官に言い含めた。
「なぜ。どういうことですの」
 西の男はそれには答えず、外から鍵をかけ、小部屋の前から立ち去ってしまった。


 悪人は悪人同士、気が合うものである。
性悪な王妃と打算的な神官長は、すでに男女の仲であった。
このところ、彼らは王弟に隠れて濃厚に交わりあい、悪事の算段を
話し合い、しっぽりと仲むつまじく交友を深めていたが、その際、王妃は
この国の陰の支配者である神官長を、そして神官長の方はあの生意気な王の
正妃にして、王弟が即位したあかつきにはその妃にもなる女を、思い通りに
取り込んでいると互いにかたく信じており、双方ともに相手を利用しているという
確信に、愉快であった。
 そして交尾における彼らは、脳裏に、きつい仕置きをされているルデアの
姿を思い出して、淫画を舐めるようにして興奮し、たまには適当な性奴隷や
宦官まで加えての、淫宴を繰り広げていた。
「王妃さま。遅くなりました」
 女官を閉じ込めたその脚で西の国の男がしのび入ったのは、ひと勝負終えた
神官長が出て行った後の、王妃の寝所だった。
 垂れた薄絹の向こうに裸体をさらし、王妃は西の国の男にだらしなく
寝転んだままの格好で返事をした。
「どうせ王弟のこと、あのルデアの卑しい手管に溺れて、二度三度と口の中、
下の口の奥にと、張り切っていたのでしょう。それで、どうだったの。
薬はあの女に効いたの」
 王妃はしどけなく西の国の男に訊ねた。
 王妃さまは眠らない----。
そんな噂が立つほどに、この悪心に凝り固まった女は実に夜通し
起きており、西の国の男の報告を待ちかねて蛇のように目を尖らし、
何かルデアをいたぶってやれることはないかと舌なめずりをして待ち構え、
元気そのものだった。
 もちろん、王妃は、王弟がこそこそとルデアの許に通っていることを知っていた。
 西の国の男は、そんな王妃に今宵のことを包み隠さず報告した。
 王弟が、蝋燭責めを試したこと、薬との相乗効果でルデアの出来上がりが
常になく早かったこと、王弟が挿入した淫具の種類とその効果、回数と
間隔まで、事細かに西の国の男は王妃に語り聞かせ、王弟が去った後も
王女は余韻の中で悶えていたことも、忘れずにつけ加えた。
「薬と蝋燭の刺激でかなり過敏になっておられました。乳首を爪で弾いて
差し上げるだけで足先まで震え、膣に指を挿し入れてみると、椅子から床まで
びしょ濡れになるほどの失禁反応が」
「その薬。わらわも今度ルデアに試してみたい」
「王妃さまのお望みのままに」
「ちょっときれいであることを鼻にかけて思いあがり、弱々しく男の同情を
ひいては男を咥え込む術だけには長けている、そんな女がわらわは
一番嫌いだからね。そんな卑怯な方法で王をたぶらかした女奴隷を
懲らしめてやるのは、これは神さまのご意志というもの。王が行方不明と
なったのもルデアの淫乱のせいなのだから、せいぜい泣き声が枯れ果てるまで
ルデアを虐め抜いてやらないと」
 王妃は寝台に腹ばいになり、寝所に控えている腹心の侍女の同意を求めた。
王妃とよく似た性状をもった陰険な侍女は大急ぎでそれに迎合した。
「そのとおりですわ、王妃さま。まあ、あのように、ちょっとばかり見てくれはよい
奴隷ですから、せいぜいその卑しさのままに殿方のおもちゃとなり、淫乱のうちに
果てるのも、生まれついて性質の悪いああいった女には、ふさわしい運命と
いうものですわ」
 王妃の室には気分が悪くなるような匂いのする香が焚かれていた。
それは何度も灰になっては、また火をつけられて、絶えることがないようにされていた。
 王妃は乳房を揺らしながら、熱心に西の国の男に云ってきた。
「さきほど、神官長とも話していたのだよ。王に呪いをかけた国賊ルデアを、
人豚にしたらどうかと」
「人豚」
「若い女の四肢を切断し、目玉を刳り貫き、薬で聴覚を壊し、歯を全て
抜いてやるとね、感覚はすべて口腔と下穴に集中するようになるのだよ。
ただでさえ淫乱で過敏な女なのだから、穴という穴に張型を詰めて可愛がってやれば、
人豚ルデアはさぞかし乳首をおっ立てて、半狂乱になるに違いない。
ほほ、その時にはもう正気ではないだろうけどね、晒し者にしてやるのさ」
 王妃の侍女も喜んで追従した。
「それはいい案ですわ。ルデアなど、いくら美しくとも、王妃さまに比べれば
ただの性奴隷。どんな男にも恥部を披露するような、あのような慎みのない女など
蝋燭責めなどでは手ぬるいと思っておりましたわ」
「少しは懲りたかと思えば、すっかりあそこを濡らしていたわね。
塩漬けにすると少しは長持ちするそうよ。人豚ルデアをこの壁に貼りつけて
わらわと新王のまぐわいを見せつけ、あのきれいな顔や乳房の上に
毒毛虫をたからせてやろう」
「ご褒美を与えてやったら、待ちかねたようにひいひい悦び、
噴水を迸らせておしゃぶりをするのですから、まあ、何と淫乱な女も
あったものだと呆れてしまいましたわ。次から次へと与えられる殿方の調教に
よがり狂うルデアのみっともなさったら」
 香のけむりがゆらゆらと糸を引いて宙を漂った。
「誰が見ても、王に従順だったとはいえない姿にして、あの女の正体を
お披露目してやらねばね。焼印だけではまだ足りないわ」
 王妃と侍女の粘った談議をききながら西の国の男は無表情のままだった。
西の男の頬の傷は笑みもせず、微動だにしなかった。


 室は水底のような、夜明け前の静寂にあった。
女の全身を清め、ルデアを寝台連れて行ったのは、頬に傷のある西の国の男だった。
蝋燭を使うことで室内にこもった熱を払うために、男は出しなに窓を一度
開けたが、外に何かの気配を感じとったものか、西の国の男はなぜかその窓に
鍵をかけなかった。意味ありげなふしぎな動きをする男。
 夜の終わりを告げるやわらかなそよ風が、これから始まる南国の灼熱を
予感させるよどみを帯びて、そよそよと庭木をゆらし、寝台で眠る女の髪を
揺らして過ぎた。卓の上には、先刻まで女奴隷の身をやいていた縄と
蝋燭がまだそのままになっていた。
 淫虐の疲れに眠る女の顔に、触れる者があった。
音もなく窓からしのび込んできたその影は、眠るルデアの耳に唇を寄せ、
何かを低く囁いた。
 ルデアは目覚めた。
 命じられたままに、ルデアは寝台の上で静かに横向きになった。
侵入してきた男は女の尻に刻まれた焼印を薄明の中によみとった。
 やがて女のかすかなすすり泣きが、夜明けの色に染まる室に流れはじめた。
涙の中に混じるのは、ながらく声を失ったようになっていたルデアの、その声だった。
「約束して下さったのに」
 ルデアは夢の中にいるのだと思った。
湖の底のような、夜明けのたゆたいの中、少年王が現れて、こうして抱いて
くれているのだと思った。少年の面影は青年王のそれになり、そして二つが
ようやく重なり合わさって、ルデアは記憶の少年王に、待ち焦がれた彼女の王に、
夢の中でそうするままに、白い腕をのばした。
「約束して下さったのに……」
 泣き声が残りの言葉を奪っていった。
もう鞭は使わないと言った。氷の花ごしの少年の接吻には、ルデアの胸の氷をも
熱く溶かす少年王の愛がこもっていた。その時にほどけかけた心を、落ちた花びらを
拾い集めるようにして、ルデアは誰にも打ち明けず、生涯このまま抱いていようと思った。
滅ぼされた祖国に申し訳ないという思いで、せめて何度でも仇である王への想いを
無理やりにも塗り固め、隠しておこうとした。拒んでも、打ち消しても、身も心も
これほどに傾いてしまった、王への愛を。
 そんなルデアを待っていたのは、主の意に沿わぬ妊娠をした奴隷女に
与えられる、堕胎の刑だった。
「もう酷いことはしないと……」
 苛立ちと怒りと、女に逢えた安堵をこめた懐かしい声がした。
その声は、ルデアの耳に低く囁き続けていた。
ルデアはそれを夜明けの夢色の中で、夢のようにしてきいていた。
「お前のように腰のほそい女では出産は無理だときいたのだ。北の王家の血をひく
後宮の奴隷女から子が生まれれば、将来の禍根の種になると、神官どもが
そう言ったのだ。奴隷の堕胎はこうするのだと。麻酔が効くので痛みはないと。
征服した国の王女を奴隷として扱い、その胎を浚うことは、戦の神への供物になるのだと
そう教えられたのだ」
 夢の中なら、哀しみと奴隷の身をこえて、素直になれた。
 泣いている女は聞いているのかいないのか、ただ王の胸にしがみつき、
一度たりとも今まで口にしたことのない女の愛と抗議と、その応えとして拙く
与えられている男の抱擁に、失った日々を探すかのように涙を零してとりすがった。
 王は言い残した。
 予の復讐をみるがいい。
 夢は終わった。
 やがて力尽き、泣きながら寝入ってしまったルデアが、王が生きていた夢に
安らぐようによくよく休んだ夕刻になって目を覚ますと、王妃と神官長が宦官を連れて立っていた。
 

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