ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■十四幕

 
 王妃宮の小部屋に閉じ込められていた女官は、女官をそこに
押し込めた頬に刀傷のある西の国の男が約束したとおり、朝になって
そこから出ることが出来た。
「あんた、何やってたの、こんなところで」
 鍵を渡されて迎えに来た同僚は驚いていたが、女官は説明する間も
惜しんで、いそぎその日の仕事にとんで行った。
ルデアの看病をしているといっても、通常の仕事も女官は
こなさねばならず、大使が不在だからといって他の業務に
差し障りがあることはゆるされないのだった。
 ようやく手がすいたのは、夕方だった。
いつものように厨房で王女の為の食事を作ってもらい、それを
ルデアの許へはこぼうとした女官は、見覚えのある王妃付きの侍女に
行く手を遮られた。
「焼印を押されたお尻の傷と、蝋燭での火傷がまだ癒えぬという
名目だったかしらねえ」
 出し抜けに、王妃の侍女はルデアのことに触れてきた。
「いつまでも仮病で寝たふりをしている怠け者の性奴隷には、その卑しさに
ふさわしい扱いで、たんと懲らしめてやらねばね。根性を叩き直すきつい
お仕置きが必要だと、王妃さまもおっしゃってよ」
 王妃そっくりの意地の悪さで侍女は笑い、性格の悪さがまともにあらわれた
醜いその顔を、女官の前に突き出してきた。
「残念ね。あの王女は、もう王宮にはいませんよ。生きて帰って
来ることもないでしょうね」
「なんですって」
「王妃さまと神官長さまは、ルデアの為に特別に用意した監獄へ、
ルデアを馬車で連れて行かれたからよ」
「それは何処なのです」
「睨まなくてもいいでしょうに」
 女官の慌てぶりがさも可笑しい、痛快だというように、人間らしい良心の
持ち合わせのない侍女は品の悪い笑いを洩らした。
「あの卑しい不吉な女が、王の葬儀と新王即位の儀式を穢さないように、
この王宮から離れた秘密の場所に。それに決まっているじゃありませんの」
 言うだけ言うと、王妃の侍女はつんと顔をそむけて、女官の前から
立ち去って行った。


 遠征中に行方を消した王の仮葬儀を行うか否か。
南の国は目下、その議題で二分されていた。
「仮葬儀は行わず、ひとまずは代理王として、王弟さまに王座に
座っていただくのがよい」
「いつまでも王が不在とあれば、西国をはじめ近隣諸国につけ入る隙を与えてしまう。
ここは一刻もはやく、新王を立ててしまうがよい」
 そう主張する一派がいる一方、まだまだ迷信が根強い時代とあって、
「王が戦地で行方知れずとなるなど、ありえない。
幾度となく間諜を送り込んではみたが、敵地に王が
捕らえられているような気配もない。王は煙のように、忽然と大地から
姿を隠されたのだ。これは人為ではなく、神のご意志なのではないのか。
生死が分かるまではもうしばし、待つべきではないのか」
「王の死を早急に認めることこそ、神への冒涜だ」
 そう憂いて訴え続ける信心深い者たちも少なくは無く、王の死を公に
定めるか否かは、いっこうに決まらなかった。
「愚か者どもが」
 それと平行して、次代の王、およびその正妃となることが確定している
王弟と現王妃におもねる者も、水面下では数を増しつつあった。
 王妃は慎重にこちらに関心を寄せてくる廷臣を選り分け、これはと
思う者がいれば、密かにその耳に誘い水を向けた。
今日も王妃はそうして何人かの宮廷人を取り込むことに成功し、彼らを
郊外の古びた別邸へと馬車を仕立てて送り込んだところであった。
「このまま王宮の地下牢にルデアを閉じ込めておくと、しつこい王の擁護派と
王弟擁立反対派が騒ぎ出すかもしれないからね」
「少なくとも王弟が正式に即位するまでは、ルデアは王宮にいないほうがいい。
大使がいない今のうちに、ルデアを隠しておいてやりましょう。万が一王が
ご生還された時にもルデアは病気で死んだと偽って、そこで殺してしまえば
ばれることはないわ。王宮から離れた、外に音の洩れぬ場所がよい」
 王妃と意見が一致した神官長が探し出してきた場所は
持ち主であった老人が死んで数年経った、河のほとりの別邸だった。
実はその別荘は、王妃をけむたく思う王弟が先日話していたところの、
「王妃抜きで、男たちだけでルデアを遊べるようにするための屋敷」
の候補であったのだが、要領のいい神官長は、早速その屋敷を
王妃のためにおさえて勧めた。
 たいていの領主の屋敷には、年貢を納めなかった領民を懲らしめるための
牢獄が備わっている。その河のほとりの別邸は、もとより貴族たちの特殊な
趣味のために建てられたというだけあって、設備には不足なかった。
「ここなら、音も外には洩れませぬし、牢獄も拷問室も地下にある」
 石壁のじめついた地下牢。
馬車からルデアを降ろした宦官たちは、ルデアをそこへ引き立てて行った。
 
 波の音がしていた。
耳の底に流れるその静かな音は、雪の降る故郷を思い起こさせた。
 海ではなく、河の音。
何処からともなく打ち寄せてくるその音から、夢うつつに、ルデアは
南の国に流れる大きな河を想い浮かべることが出来た。
故郷の北の国の河とはまた違う、ゆるやかで、ぬるみを帯びた
瑠璃色をした、魚のたくさんすむ河。
「この奴隷の四肢を切断するとは」
 ひそひそと、すぐ近くから話し声がしていた。
話し声はひとかたまりとなったり、断片となったりしながら
苦しみ喘ぐルデアの真上でずっと続いていた。
「もったいないな」
 誰かが、ルデアの踵に舌を這わせ、別の男の手が、ルデアの腕を持ち上げた。
ルデアは、河の底にいるのだと思った。流れに攫われて、水の底に沈み、
波に揺さぶられながら、河泥の底の底へと埋もれて沈んでいくのだと。
 泥の塊が、またルデアの下腹に押し入ってきた。異物感にルデアは
小さく息を洩らした。
 河の水が動くように、泥の塊はルデアの中で蠢き、女の中を探るように
奥へと侵入し、しだいにその往復は熱を帯びて、執拗と粘着を増してきた。
濡れた砂をこするような感触も、血に似た匂いも、流れ出てゆくものも、
つぶさに観察されていた。
それはこの新しい地下牢に入れられてから、毎晩のように延々とルデアの
上に繰り返されてきた、終わりも途切れもない、泥の流れだった。
「まだまだ」
 逃れようとする女奴隷を、男たちの手が押さえこんだ。
ルデアは少し吐いた。女奴隷の脚の間からは白濁液が垂れこぼれていた。
「乳首を尖らせながら、頬を染めて喘いでいる顔がよい」
「今度は道具を使ってみては。連続での使用も可能ですぞ」
 ルデアはそうされた。河の音が、また高まり、ルデアの内を過ぎていった。
 王が寵愛していた女奴隷ルデアの処遇に、最初は誰でもが
怖れと躊躇をみせたが、祭りを司る神官長の後ろ盾を強みにした王妃の
洗脳は巧みであった。
「この女は、王に国を滅ぼされ、奴隷におとされたことを恨んで、
邪神に日夜、この国に禍いあれと祈っていたのです」
 王から過分なほどの寵と庇護を受ける身でありながら、陰では
王を裏切っていた女。王が先祖の御霊の前で潔斎しているというのに、
その裏で肉欲に溺れ、神聖な祈りを穢していた淫乱。
 王妃の刷り込みの効果は絶大であった。
「王がお戻りにならないこの国は、まるで太陽が隠れたかのよう。
古代の伝説にある、若い王をたぶらかして国を傾けた奴隷女。
あれと同じく、この女ルデアこそは、この国に巣食った不吉な魔物なのです。
現在の宮廷が国の未来を憂いて二分されているのも、もとをただせば
ルデアのせい。誰よりも深くこの国と王を恨んでたこの女は、狡猾にも
それを狙っていたのです」
 滔々とまくし立てる王妃の弁に、逆らう者はいなかった。
彼らの前には、首輪をつけられたルデアが、裁かれるのを待つ者の
ように柱にくくりつけられて立たされていた。
 事前に薬を呑まされたルデアは立っている間もふらふらとしており、
慎ましく合わせている両膝も、今にも崩れて隙間が出来そうだった。
 打ちひしがれて瞼を閉ざしている王の女奴隷を
別邸に集められた男たちは食い入るように見つめた。
 彼らはもちろん、下町に出回ったルデアの淫画を事前に見ていた。
女奴隷のみずみずしい膚、張りつめた形のよい乳房、細い腰、
臀部から伸びるすらりとした脚は、絵に描き写されたとおりであったし、
そして画には描かれることのなかった奴隷のかんばせは、伝え聞いていた
以上の麗しさがあった。彼らがこの絵に名をつけるとしたら、
悲運の王女としたに違いなかった。
そんな哀しげな女を彼らの目の前に引き据えておいて、王妃はさらに煽った。
「王に禍をもたらした女には、それなりの処罰が必要」
 それをするのはお前たちの義務だぞと言わんばかりに、王妃は目を
尖らせて、口許には脅しを浮かべた。
「首を落として極刑にするのは簡単であっても、それではこの女の卑しい
怨念や執念が現世に残り、この国にさらなる禍を呼び込むことになるでしょう」
 宦官たちが、ルデアの衣を剥ぎ取って処置台に横たわらせた。
両脚は膝のところで台を跨ぐように拡げられた。
 女奴隷の四肢を固定する鎖枷の音が地下牢の石壁に冷たく響いた。
様々な淫具を揃えた台車が運び込まれ、処置台の周りに
準備が整うと、王宮の地下牢で行われていたのと同じことが、ふたたび始まった。
「こういった卑しい淫乱女は、歪んだ妄執が現世に残らぬよう、欲するままに
とことん与えて逝かせてやるのが情けというもの」
 むき出しにされた女の秘処は、そこだけが別の生き物のように色づいて
柔らかに咲いていた。
 女奴隷が白い乳房をそらし、股から淫らなものをこぼした。
 女奴隷は美しかった。美しいだけに、淫辱受けている
その一部始終を公開の中で行われている惨めさが、いっそう哀れだった。
「皆の者。これは王とこの国に禍をもたらした女。遠慮はいりません。
命果てるまで凌辱を受けたという古代の女奴隷の名がかすむほどの
念入りな懲罰を、語り草になるほどの仕置きを、王とわが国を思うならば
そちらのその手でこの奴隷に与えてやるのです」
 すでに支配者気取りの王妃が、そう宣告した、それからどれほどの
時間が経過したものか。
「……手足を切断してしまうと、このような体位にはもう出来なくなるのでは。
淫らな格好をさせるのが醍醐味だというのに」
「付け根のところに鉄輪を嵌めれば、吊るし上げることは可能だそうです。
手足がなくとも三角木馬の使用はできます」
 幾度かの失神と、夢の中に、ルデアは頬に刀傷のある若い男の声を
ぼんやりと聞き分けた。
「手足を切断しても、感度は失われないのか?」
「その逆です。目隠しの効果からもお分かりのように、感覚の全てが
性器に集中してよく絞まり、最高の快楽が得られるようになるのだとか。
 西の国の男が応えていた。
「王妃はルデアを性の道具として完全に改造してしまいたいとお望みです」
「今は、そのための調教と訓練中というわけですな」
「施術が成功するように、神官長は腕利きの名医を探しているところだとか」
 交差した板に身を添わせるようにして逆さ吊りにされたルデアの膣に
蝋燭が立てられた。
「少し休憩を与えては」
「美しい見世物だ。王が寵愛しただけのことはある」
 薄れてゆく意識の中で、ルデアは夜の河の音と、雪の影を追った。
こちらに歩いてくる少年王の、成長したその顔を。ルデアは乾いた唇を動かした。
逆さまにされて床にとどいている女の髪に、透明な涙が零れ落ちた。
「火傷はさせずとも、蝋の熱さは悲鳴を上げさせるには十分。お楽しみを」
 王さま……
 氷の花を追う女の記憶は、体の芯を焼いて垂れ下がってくる溶岩のような
熱い蝋によって押し流され、分断されていった。


 ゆるやかな大河に、また日没が訪れた。
昼間の熱気が失せてゆく河で迎える夕暮れには、独特の、
けむたいような寂寥がある。
 船員が差し入れてくれたさいころで遊ぶのにも飽き、船室で
所在無く寝台に寝転がっていた東国の大使は、板張りの甲板を
踏んで、誰かが近付いてくる気配に身を起こした。
 扉を開けて入ってきた人物を見るなり、大使は寝台からとび起きた。
「王」
 船窓に広がる陽の落ちた黄昏の紫に、若い王の影は神の化身のように
黒々と、恐ろしげに大使の目には映った。もしかしたら、異国の地でとうの昔に
王は死に、これは亡霊ではないのかとそう思われるほど、王の全身からは
荒々しさを超越した、禍々しいまでの、不穏が漂っていた。
 王は、頭から被り物をとった。
今日も街へ出ていたのか、色街で大使と逢った時と同じく、王は巡礼者の
ように全身を覆い隠す格好をしており、そのせいか常よりもその顔つきが
物騒に、そして眼光が鋭く目立って見えた。
 大使はふと鼻腔に、あるかなきかの、かすかな匂いを嗅ぎ分けた。
ある程度、薬学に浸っていた者にしか判別つかぬであろう、覚えのある
かすか匂いだった。
「王。このような仕儀にあいなり、面目もないことです、ですが」
「頭は冷えたか、大使」
 夜へと向かう河の流れが、静かな波音を船壁に響かせていた。
 これは薬の匂いだ。
「この薬は今宵、ルデアの身に使われるものです」
「王弟さまが興味を示されルデアに試されたいと、ご所望になりましたので」
 頬に刀傷のある西の国の男がそう言って、この船室で取り出してみせた、あの薬。
他の薬と混ぜて濃度を変えることで、医療用の塗り薬転じて強烈な淫薬と
なる、その匂いが、うっすらと王の身にまつわっていることに、薄闇の中
大使は胸をつかれるような気持ちになった。
 王女に逢われたのだろうか。
 まさか。と大使はその考えを打ち消したが、王の顔つきのどこかに、
何となくそれを直感させる凄みがあるのを、大使は暗い思いで確かめた。
あのような状況に落とされた寵愛の女奴隷のことを、この若い王は、どのような
気持ちで受け止めているのか。
 しかし王は、大使の詮索を断ち切るようにして、或るものを取り出し、
床に投げ捨てた。
 結び目が解けたそれは、枯れ葉のような乾いた音を立てて
船室の床に散らばった。大使が王を見ると、王は顎で指図した。
「読め」
 拾い上げたそれらは、手紙の束だった。
大使は灯りをつけ、それらを開いてみた。筆跡から、すぐに若い男の手に
よるものだと分かった。知性や品性のあまり感じられない子供じみた字で
書かれており、紙質は上等で、王家の者にしかゆるされぬ紋章が印章の
片側に残されている。
 数通分あるそれを、大使は角燈の下で読み進めていった。
内容を読むうちに、大使の顔は青褪めてきた。
手紙の内容は、赤裸々に書かれたルデアとの情交、というもおぞましい、
ルデアを閉じ込め、従わせていることについての、その一部始終を
得意げに書き綴った、報告という名の露悪だった。
 イチジクの枝、という単語が大使の目にとび込んで来た。
『イチジクの枝を突っ込んでやると、他のどんなおもちゃよりも気に入って
ルデアはひどく泣き叫ぶ。悲鳴が外に洩れないように、これからは
口枷を嵌めておくことにした。』
『四つん這いにさせて、特殊な張型で奥を突いたり、かき混ぜたりしてやると
ルデアは下口からよだれを垂らして犬のように悦ぶ。女のあそこの部分も
ルデアのものは新品のように色も艶もきれいで、いじり甲斐がたっぷりある。
この前話していた長い道具もさっそく試してみた。お前が助言していたように
暴れないように拘束して、潤滑液もたっぷり使って少しずつ挿れてみた。
ルデアは気に入ったみたい。』
『王妃と神官長は悪賢いから、ルデアの調教に、いつも王のことを持ち出してくる。
この背信行為を王に知られたくなければ言うことをきけとルデアを脅す。
頭が弱っているルデアは王妃や神官長や僕の脅しを全て信じる。
「王の安否が不明のままなのは、奴隷であるお前の従順が足りないせいだ」
「従わないと王がどうなるか分からないぞ」と言ったら、
「どうか、どうかお願いです。王に悪いことはなさらないで下さい」
そう泣いて、一生懸命、僕らのものを前後に咥えて腰を振っていた。
上からも下からも男たちの精液を注ぎ込まれてしまうと、ルデアは調教どおりに
「ありがとうございます」と額を床にすりつける。王妃はそんなルデアに
浣腸をしてやりながら、「本当に公衆便器以下の女ね」と大笑いして、
ルデアの首輪を掴んで地下牢中を引き回していた。
奴隷なのにルデアは兄上のことが好きなのかなあ。』
 大使はふるえる手で、手紙を握り締めた。
目も上げられなかった。王は、このことに、いつから気がついていたのだろう。
「いつから。遠征中の他にあるのか」
 底深い怒りを隠したその返答に、大使の身はしびれたようになった。

 これは自慰をした痕です。
涙ながらに女がそう言い訳をするたびに、王はおかしいと思ってはいた。
だがまさか神聖な霊廟において、神官長と王弟が神と王の双方を裏切り、
女奴隷を玩ぶようなことを平然としてのけようとは、さすがの王も気がつかなかった。
「王、この手紙は」
 喉がからからになる思いで、大使は手紙を手の中で重ね合わせた。
王はきつい目で大使を見返した。
「誰から誰に宛てたものか、申してみよ」
「王弟さまです。王弟さまが、王都に招かれる前に西国寄りの所領地で
お知り合いであったときく、頬に刀傷のあるご友人に書き送ったものかと。
浅黒いあの男です。王、これは」
 血も凍りつく思いで、大使は目を伏せ、王に進言した。
「王、これは、罠です」
 王弟が西の国の男に送った手紙を、なぜ王が入手したのか。
その答えは一つしかない。
西の国の男自身が、王にこの手紙を渡したのだ。
「背後には、西の国がいます」
 ひそかに近付いて手なずけておいた王弟から王宮の内情を聞き出していた西の国の男が
それをした理由。それは、王弟と神官長の裏切りを王に暴露することで王を動揺させ、
西国攻めを中止させ、軍隊を国に引き上げさせることに他ならない。
或いは、王と王弟の間に諍いを引き起こし、その隙に西の国が南の国に攻め入るつもりであったのか。
ルデアへの度を超した王の寵愛と執着は、どの国の間諜にも筒抜けであったはずだ。
西の国の男は祖国のために、その点を利用した。
「王の愛する王女が王の留守中に王弟さまに寝取られていると、西の男は
証拠のこの手紙を添えて、西の国に進軍してきた王にそう言ったのではありませんか」
 それだけでなく、東国から嫁いできた王妃も、神官長も、王の留守を狙い、
王が大切にしている女奴隷を後宮から拉致し、地下牢に不当に監禁して
陰画のような無体を加えていることも、西の国の男がこの王に伝えたのでは。
「王、これは西の国がはかった罠です。王、今すぐに敵国の人間である
頬に傷のある男を捕縛して下さい。生還の名乗りを国中にあげられて、南の国を
内から揺さぶろうとする西の国の目論見を挫いて下さい」
 額に汗を滲ませて、大使は懸命に王に言った。
「西国から来たあの男は、王弟さまと懇意であることを利用して、すでに王宮の
内部にまで入り込んでいます。それだけでなく王妃にも近付き、王女への
虐待に参加することで、王妃と神官長の歓心も得ている様子。
その一方で、情報と信用をちらつかせながら、王のお側にもいるのです。
王、あの男の正体は機会をとらえて王を害しようとしている、西の国の刺客では。
ひじょうに危険です」
「東の国の大使である、そちに、言われるまでもない」
 ぎらぎらと両目を光らせて、しかし言動は重々しく、王は大使から
王弟の手紙の束をひったくった。
 その態度と声音のどこかに、大使は感じ入るものがあった。
王は、全てをご存知なのだ。
「それでは、王」
 戦地にしのんできた頬に傷のある男からの密告を受けて、王はおそらく
激怒したことだろう。
 しかし王は西の国からすぐさま撤退することはせず、少数の近衛を連れて
戦場から姿を隠すことを選んだ。
「謎の失踪を果たすことにより、王は、王妃や神官長の出方を密かに
うかがっておられましたので……?」
 沈黙が、その肯定であった。
「しかしそれでは、王。犠牲となっている王女があまりにも……」
「この際である。予に不満を抱く者どもを、宮廷からあぶり出し、一掃する」
 大使を遮って王は言い放った。
「ルデアの体には利用価値がある。もうしばし、あの女奴隷には役にたってもらう」
 『淫乱な公衆便器』
最下層の性奴隷としてルデアの白い尻に刻まれた残酷な刻印が大使の
脳裏に浮かんだ。天井から吊るされた格好でなぶりものに
されている姿も。王弟はその後すぐに西の国の男に手紙を書いていたのだ。
『その体位で絶頂させてやると、ルデアの両脚は足指まで痙攣したようになる。
その様子が滑稽で無様だといって、僕たちはまたお仕置きに取り掛かる。』
 立ちつくしているそんな大使を見詰め、王は支配者の嘲笑を浮かべた。
それは冷酷で残忍な、南の国の若い狼の笑みだった。
 王は追いうちをかけるように、そしてどことなく善良な大使を憐れむように、
傲慢に顎をそらした。大使は唾液を呑み込んだ。
「王。地下牢でのルデアは、王がご覧になった画にあったとおりの惨たらしい
扱いを受けております」
 うわごとのように大使は口を動かした。女という女を庇うのは基本的に
女に甘い、大使という男の本能のようなものだったが、ここばかりは心から
王を説き伏せにかかった。
「あれは王妃が宣伝しているような淫蕩の質によるものではなく、王のお命を
救うためとルデアは信じきっているのです。淫薬を呑まされて、頭も意識も
はっきりしていない無理やりのうちにです。あのままでは」
「ルデアは、予が戦場で勝ち得た、予の奴隷」
 いつの間にか、大河は暮れていた。
船窓の外に広がる夜空の星は、ルデアの祖国の山河に降る、白く清浄な
雪のようだった。雪はいまも、ルデアの記憶の中に、静かに哀しく王への想いを
覆い隠して降りしきっているはずだった。王に出逢う前に戻りたいと。
「奴隷を生きながら煮ようと焼こうと、予の気持ちひとつ。ルデアは長年
後宮にいた奴隷だが、仕込み甲斐のない女で、そろそろ飽きた。
此度の遠征から帰ったら臣に下げ渡すか、宴の出し物にしてやろうかと
思案していたところ。ちょうどいい、謀反者を引き寄せるかっこうの餌として
役に立ってもらう。王妃の側からも、予の側からも、背信者の数をかぞえるに
最適な便壷があったというわけだ」
「……」
「他の男を通した時のルデアの振る舞いは、この手紙にて明らか」
 王は王弟の手紙を持ち上げた。
『この前、王妃がいなかったので、男たちだけでルデアを牢から出した。
宦官と男たちはルデアの四肢を押さえつけて可愛がり、噴出す淫水で
蝋燭の火が何本消えるかを賭けていた。淑女ぶっていても本当はこうされるのが
好きなのだろうと皆で言ってやると、股をぐしょぐしょに濡らしたままルデアは
泣き出してしまった。兄上の女を犯すことほど気持ちの良いことはない。
賭けに勝った男から順番にルデアの髪を掴んで喉の奥を使ってやり、最後は
四つん這いにさせて後ろから責め立てた。ルデアも最後にはよがり声を上げて
挿入されるのを待っていた。』
 王弟の手紙を握り締める王の爪は、手紙を突き破らんばかりだった。
悪酔いしたかのように、天井や床が視界が歪むのを大使は覚えた。
王の男の怒りを前にして、大使は言葉もなかった。
「女奴隷にかける情けは予にはない」
 ぐらりと船が揺れて角燈の灯りが傾いた。
いつの間にが、船は夜の河に動き出し、出発しているのだった。


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