ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■五幕


 白い雪の中に、花が見えた。
 氷の花だった。
 触れれば、きっと溶けてしまう。
 どちらの見た夢かも分からぬままに、少年王と女奴隷は、同じ花を見ていた。
 女は王子を怖れて目をふせた。ふるえながら花ばかりを見ていた。
 ルーティア。
 少年王は奴隷に口づけをした。氷の花ごしに、苛つきと、そして
思いがけない優しさをこめて、少年は女を包みこんだ。
一度唇を離し、女の怯えた顔を見て、王子はふたたび深く唇を合わせた。
二人の間には誰にも触れることのできぬ氷の花があった。
 王子は女奴隷に接吻を与えた。女の中の、何かを溶かそうとするかのように。


 予測どおりという気持ち半分、予断ならぬ警戒半分、東国の大使は
迎えに来た宦官の後について、深夜の後宮内部を歩いていた。
 以前は後宮に入る前に目隠しをつけられたが、信用されたのかどうなのか、
今回はそれもなかった。
「大使さま。王が後宮でお待ちです。奴隷ルデアのことについてお話が」
 近々王から呼び出しがかかるとは思っていたが、その場所が後宮とは。
そして今回は記憶ある道順とは違い、下へ下へと、階段を降りてどうやら地下へ
向かっているようだった。夜の後宮にはたくさんの篝火が灯されていたが、
たくさんの室の中にいるはずの美女たちの気配もないままに、不気味に
静まり返っていた。
「王がお待ちです」
 ルデアの名に甘く酔いそうだった気持ちを引き締めて、大使は、宦官が
扉を開くその地下室に入っていった。
 いきなり女の喘ぎ声が大使の耳を打った。
 がちゃがちゃと鳴る金属音は拘束具が打ちつけられる音だった。
石床石壁の室の中央に、何やらぼんやりと白いものがみえた。
それが診療台に縛られているルデアであると大使が見分けるまでに
少し時があった。というのも、女体は股を開かれた、あられもない格好に
されており、宦官の手で膣と肛門に張型を与えられていたからだ。
 大使は最初、性奴隷の調教現場に居合わせたのかと思った。
そのわりには、悶えているルデアの苦悶の様子がただごとではなく、診察台を
囲んで時々ルデアの乳首を弄りながらその様子を観察している男たちも、
調教師ではなく、宦官医師のようだった。
 美しい女奴隷は弱々しく髪をふり乱して喘ぎ、異物に責められてる股を
閉じることもならぬまま、爛れた声を上げて手枷足枷の間で苦しくもがいていた。
棚には使用済みと思しき道具が幾つか転がっており、女の股から滴る淫水が
石床を汚して濡らしていた。
 そこは地下にもうけられた、後宮の医療室だった。
「王」
「あの晩より、ずっとこうだ」
 若い王はルデアの対面にしつらえた椅子にかけて、ルデアの様子を眺めていた。
あの晩とは、ルデアが王妃の趣向にかけられて失禁芸を披露した夜のことである。
大使はどうしておのれが此処に呼ばれたのかを悟った。
「しろと命じても、ろくにしたことのない女が、後宮に戻るなり自慰をはじめた」
 肘掛に肘をつき、王は顎の下に手をおいた。
宦官たちはルデアの白い肌から汗を拭い、股の汚れを拭った。
道具が引き抜かれると、女は不自由な身をよじり、かぼそい声で何かを訴えた。
ああ、いや、もっと……。
「それ以来、ろくに眠らず、食べもせず、ずっとああだ。絶頂を与えてもすぐにまた
火照った身体でねだりだす」
「王」
 観念して、大使は深々と頭を垂れた。
「心あたりがございます。ルデアの症状は、わが国で用いられている禁断の
淫薬の作用に似ております」
「王妃か」
「いえ。そうは申してはおりません」
「宴の席でルデアに呑ませていた酒にそれは混入されていたようだ」
「王妃さまの仕業とは申し上げてはおりません」
 青年王の目が大使をとらえた。その眼光に大使は臓腑が締め付けられる思いだった。
「治す手立てを教えよ」
「はは」
 大使はルデアの様子をもう一度見た。
哀れな女は忘我の中にあり、宦官が挿入する異物に身をすりつけるようにして
腰を動かしては、苦しげにうわごとを口走っていた。
「しばらく欲しがるだけ奥を突いてやれ」
 与えられる悦びは苦痛に近く、それすらも女は自覚していないようだった。
性器責めを受けている女は追い詰められるところまで追い詰められて、肛虐にすら
切ないよがり声を上げていた。
「王さま」
 美しい女に加えられている挿入行為を横目に、大使はふたたび深々と頭をさげた。
「わが国からもたらされたと思しき淫薬が、もしもわたしが思うものと同じでありましたら、
この状態は、今晩にも沈静化いたします」
「今晩」
「はい。二日二晩の後に、ようやく毒が抜けるのでございます。その間は、あのように」
 二日二晩。
か弱い女が絶頂死するには十分すぎる時間である。
王がすぐに医師を手配し、幾度となく下剤を試みたために、ルデアはこれで
済んでいるのだ。それはどちらが残酷かは分からなかった。死を免れたかわりに
女奴隷は延長された快楽地獄の中に漂い、ひくひくと唇をふるわせては、
汗に濡れた顔をふり、淫声と淫水を絞り出して悶絶を繰り返す羽目になる。
 医師がルデアの口に一時的な昏睡状態をもたらす薬と栄養物を呑ませた。
女の全身から力が抜けた。ルデアは小さく息をつくと、股の間に淫具を
挟んだままの状態で緊張をほどき、束の間の眠りに落ちた。


 王は大使を別室へと誘った。
 幾つもの回廊をわたり、王は従者もさがらせて、後宮内部にある豪奢な
部屋へと自ら大使を導いた。王が過ごす私室であると分かった。
 深夜であったが、簡単な夜食と酒が用意されており、大使はありがたく戴いた。
「即位後も変わりなく、王はルデアをご寵愛のごようすで」
 若い王は視線だけをこちらに向けた。
「お年は上でも、いつまでも初々しい清楚な女人はよいもの。王がご贔屓に
されるのも当然のことかと」
 宦官たちに悪戯をされている現場を目撃した直後にしては
おかしな感想かと思ったが、王が深夜に後宮に呼びつけた理由は
ルデアのことなのだから、大使は遠慮しなかった。
「あれから何か芸を仕込まれましたか。こちらの国の娼館では、調教した
猿や犬を使って奴隷を可愛がらせる遊びなども流行っているそうですが」
「大使。後宮で気に入った花があれば摘むことをゆるす」
「ありがとうございます」
 破格の扱いに、大使は深く感謝をみせた。
 ありがたいが、言葉に甘えて後宮の女を孕ませでもしたら、こちらはお咎め
なしでも、王以外の男の胤を身篭った女の方はその時点で胎の子ともども
撲殺の死罪である。そこまで非人情にはとてもなれない。
「ですが女官の中に親しい女性がおりますので、今のところは結構です」
「王妃に伝えるがよい」
 きた。
 大使は腹に力をいれた。王の眼は刃のようだった。
「他の女奴隷は好きするがよい。だがルデアだけはゆるさぬと」
「王」
 わざとらしく咳払いをしておいて、大使は年下の王を説得にかかった。
「僭越承知で申し上げます。そのあたりのことは、つまり、王がルデアを
ご贔屓になさっていることは、あまり明らかにせぬほうがよろしゅうございます。
それを聞くと、女というものは浅ましいことにさらに王のお気に入りに対して
さらなる妬心を燃やし、嫌がらせが陰湿化いたします。これはもう理屈をこえた
女どもの本能でして。亡国の王女であるルデアには何の縁故も後ろ盾もありませんし、
もしも王がルデアを大切にしたいと思し召しなのでしたらば、そうですね、
いっそ後宮から出して、離宮にすまわせるとか」
「大使」
「は」
「ルデアの様子に何か気がついたことはないか」
 気がついたこと。
大使の脳裡には、しみ一つない美しい女の膚や、陰唇のやわらかな重なりや、
その色、控えめに盛り上がった乳房のかたちの良さ、公衆の面前で排尿を
強制されて泣き出した可憐さが浮かぶばかりだった。
「あれは少し病んでいる」
 王は酒を満たした盃のふちを、長いその指で辿った。
「堕胎をさせた時に、命をあやうくしかけた衰弱がもとでか、心が病んだ。
ルデアは堕胎より前のことしか憶えておらぬ。現在のあれは、いろんな記憶が
混在して、断片化したそれが漂う湖に浮かんでいるような、そんな状態らしい。
この五年近く、ずっとだ」
「王のことは」
 驚いて、大使は問い返した。
「では王のことも憶えてはおられないのですか」
「そうではない。しかしはっきりしておらぬようなところがある。ルデアは今も
予のことを王子と呼ぶが、それもその一つ。現在の予のことが分かっている時と、
捕らえられて後宮に納められた頃に後退してしまう時があり、その二つが
交互にあらわれて、どうもうまく繋がっていないようだ。意識のはっきりしない
夢の中にあの女はいる。予の許での日々が、よほど辛かったとみえる」
 冗談のつもりか、王は唇をゆがめた。
 大使にはまだよく分からなかった。
「それでは」
 それはいったいどういうことになっているのだろう。
王は大使の疑問に応えた。
「ルデアは予を「王子」と呼ぶ。そうでない時は、見知らぬ男を見るような眼だ。
かと思えば、成長した予を「王」と呼び、何かを探し求めるかのように
予の顔を不安げに見ていることもある」
「……」
「相手が誰か判別ついておらずとも、極端に拒まぬだけ、従順だけは
たっぷり仕込んだ最初の調教が効いたというべきか?」
 自嘲をうかべ、青年王は酒を飲み乾した。
「治らぬものかと、ルデアが嫌がるイチジクの枝を模した張型で連日連夜
責めてやったこともある」
 自らもそれをルデアにほどこしたことのある大使はあの時の女の悲鳴が
耳の底によみがえってくるようで、居ずまいをなおした。
王子と大使の手にかけられた王女はびくん、びくんと過敏にふるえながら、
責具を膣に戻されるたびに、血を吐くような声で腰をふり、幾度となく陥落していた
ものだった。あの頃から狂っていたとは。
 そうか、と大使はようやく気がついた。
 大使にルデアを抱かせてみたり、宴の席にルデアを引き出し、王妃によって
女を辱しめさせることを王がゆるしていたのは、ルデアに何かの変化がないかと
王が期待してのことなのだ。
 しかし、現在のルデアでも王には不満はないのだろう。さもなくば、どうして
ルデアをまだ傍においているだろう。記憶が混沌としているからといって、ルデアの
得がたい本質は一欠けらも損なわれてはおらぬのだ。
大使の母国である東の国では狂った女を好む男たちもいて、薬漬けにした
女ばかりを集めた娼館もあるほどだ。また上流階級ではそういった奴隷たちを
集めて、淫宴の余興とすることもある。大使も見たことがある。
調教された性奴隷とはまた違う、理性をなくした美しい女たちが淫らに身を
くねらせる様は、好きな者には愉しい見世物なのかもしれないが、
大使には不愉快なだけだった。
「わかりました」
 大使は頭を下げた。
致死にいたる強烈な淫薬を呑まされはしたものの、ルデアの命は
峠をこえて助かった。それだけはまことなのであり、大使にとっても心から
安堵することだった。
「此度のことは、まだ分別のつかぬ若い王妃の行き過ぎとして、どうかおおさめ下さい。
責任を負うべきは王妃の相談役としての使命を果たせず、監督不行き届きであった
この私のせいです。王、どうかおゆるしを。何か手を打ちます」
 そう答えるしかなかった。
 王が格別にルデアを愛されるのも、男として当然ではないか。かといって
あの王妃さまには説教や説得など通じないだろう。さて、どうしたものか。
 奴隷女一人に王の寵を奪われて空閨をかこっている女たちの花園は
その間も夜にしんと静まっていた。


 今宵はわたくしの許におはこび下さいましてありがとうございます。
 ルデアは変わりなく、床に平伏して若い王の訪れを迎える。
教えられたとおりに女は行う。切なく目を閉じ、苦しげに。
 喉の奥を突かれた女が咳こみながら崩れ落ちる。目に涙を浮かべて女は
恥ずかしい体位をつくり、その尻を差し出す。
 どうぞ、今宵もお気に召すよう可愛がって下さいませ。
 指を挿れて探る女奴隷の中はしだいに溶けて、熱く潤んでくる。奥の奥に
王女の心を隠したまま、快楽に屈服して応えだす。
 王の腕の中にいる間、ルデアは時折ふっと覚めた目になる。どうして
こんな処にいるのか分からないといった戸惑いを、王にみせることもある。


 王妃の宮殿へとご機嫌うかがいに出向いた大使は、王妃の室に入るなり
そこへ辿り着くまでに王妃宮中に漂っていた雲行きのあやしさの理由を知った。
もともと険のある顔立ちの王妃が、今朝はとりわけ険がきつく、それだけでなく
その顔かたちには、この王妃の本性である残忍さがむき出しになってどす黒く
刻まれている。
「王妃さま、ご機嫌うるわしゅう」
「大使。これが何かお分かりかい」
 王妃は手にしたものを大使の鼻先に突き出した。
頭をさげて、大使は答えた。
「孕んだ女奴隷の堕胎に用いる、イチジクの枝にございます。王妃さま」
「鉄製のね」
 王妃は枝を揺らした。
さすがに大使は嫌悪感で顔をゆがめた。王妃の手にした鉄棒には、どこから
集めたのか、視るもおぞましい砂漠の毛虫が何匹も群がっているのだ。
「王妃さま」
 身をくねらせている太った毛虫の群れを大使はうとましく見遣った。
男の親指ほどの毛虫は南国のものらしく、硬い表面にびっしりと棘を
はやし、体色も薄茶に黄色に赤と、毒々しかった。
「お飼いになるものは、もう少し、姿と性質がやさしきものがよろしいかと存じます」
「ルデアのようなかい」
 大使は無視した。
「猛毒の針をもつ毛虫では、侍女たちも怖ろしがりましょう」
「こうして棒の先を上に向けている限り、落ちてはこない」
 なるほど、毛虫は上へ昇るばかりで、後退はしない。
イチジク型をした鉄球のあたりにうぞうぞとたむろっているばかりだった。
王妃は鉄棒を鞭のように揺らしながら、毛虫に覆いつくされた鉄球を細い目で
見つめた。鉄棒の先の球体は群れている毛虫の伸曲にあわせてぐねぐねと
膨張して見えた。
「これを、あの思い上がった奴隷女のあそこに突っ込んでやりたい。
さぞかしいい声を上げるだろうね。四つん這いにさせて押し込んでやれば、
よがり泣いて、腹の中で蠢く毒毛虫が王のものよりも気持がよいと、上からも
下からもよだれを垂らしてのた打ち回ってくれるでしょう」
「あの奴隷女とは」
「分かっているくせに」
 王妃はじろりと大使を睨んだ。
「そのために来たのでしょう。あの身の程しらずの奴隷女ルデアのことです」
「はて」
 何食わぬ顔をつくり、大使は王妃に微笑んだ。
大使の男ぶりは気難しい王妃にもうけがいい。
そのために選ばれた王妃の相談役だった。
「身の程しらずと言われましたか。王の後宮の女奴隷が、王妃さまに何かしたのですか」
「白々しい」
 かん症に王妃はイチジクの枝を手前の円卓に叩きつけた。
毛虫がぐしゃりと潰れ、その体液が飛び散り、残りの毛虫がばらばらと床に落ちた。
大使はいっこうに動じず、そのかわり手を叩いた。すぐに召使が入ってきて、不浄物を
片付け、穢れたものをはこび去った。
「王妃さま。お召し物は汚れませんでしたか」
「後宮における王は、ルデアの許にしか通わぬとか」
「そのようなでまかせを、誰の口から」
「嘘。嘘だというの」
「王は後宮の女たちを順繰りに巡っておられます」
「そしてその後で、ルデアの許に入りびたりだというではないの」
「王妃さま、王妃さま」
 大使は心得て、王妃のご機嫌をとりはじめた。
「先にも申し上げましたとおり、王は確かにルデアをよくご使用になりますが、
それはいわば、後宮の女たちへの見せしめなのです」
「見せしめですって」
「王妃さまは、王が奴隷ルデアの身にほどこしておられることをご存知ないから
ご不安なのですね。後宮で窓に鉄格子がはまっているのはルデアの室だけです。
そして監視もついています。逃げ出したり逆らったらこうなるぞという、女たちへの
見せしめ役として、ルデアは毎晩、王から鞭打たれているのです」
「肌に傷なぞなかったわ」
 王女は顎をそらした。
「それならどれほどよいか知れないけれど」
「訂正いたします。薬を盛られたり、道具で可愛がられたり、つまり、そういうことを
試されているようです。夜な夜な、後宮のルデアの室からはルデアの泣き声や
悲鳴がきこえるとか。また、王はご自身だけでなく、宦官たちにもルデアを
可愛がらせて、その様子を眺めて愉しまれるのだとか」
「それを寵愛と言わずして何と言うつもり」
 王妃はますます目を吊り上げた。
「生きた玩具として、王はルデアを特別に気に入っているということではないの。
ルデアに専属の医師までつけて、もう何年も、ずっとそれが続いているそうではないの」
 王妃の憤りも無理はない。
王は新婚である王妃の室には、後宮のほかの女たちと同じように、長居をする晩でも
よくてせいぜい一時間ほどしかいないのだ。大使から見ても、王が王妃へ与えるそれは
「義務」でしかなかった。
 そしてあの宴の晩を境として、その訪問すら途絶えて久しい。
「わが夫がルデアに執着しているその理由くらい、わらわにも分かっている。
あの女奴隷は確かに見てくれが美しいし、それに名器だとか」
 情報収集には怠りなく、王妃は苛々とそんなことを云い、いかにも心まずしき
者にしか出来ぬ下種な推測で決め付けた。
「さすれば王が繰返し、様々なことをお試しになりたいと思うのも当然。
王のお情けにすがっていれば安泰なのだから、ルデアとて、あの清純そうな顔を
かなぐり捨てて王にとりいり、技巧を尽くして淫らに媚ているはず」
 王妃は扇を握り締めた。
「自ら男にまたがり、吸い付いて離さぬ女なのであろう」
「王妃さま。王妃さまは、肝心なことを忘れておられます」
 自信をもって、大使は告げた。
「ルデアは王よりも五つも年上。じきにその容色にも衰えがきて、若き王からは
飽きられてしまいます。日夜こき使われている性奴隷ならばなおのこと、すぐに
その時がまいります」
「……」
「ご安心下さい、王妃さま」
 大使はそれを王妃に報告しに来たのだ。大使は王妃へ続きを述べた。
「本国より、とびきり美しい女奴隷を揃えさせ、王への献上品として
送らせております。いずれもルデアに勝るとも劣らぬ美女ばかり。
ひとまず王の寵がもっと若い女奴隷に移れば、王妃さまのご不快も癒えましょう」
「……」
「処女もいれば、調教師に仕込ませた性奴隷もいます。東国の威信を
かけた美女ばかり。お若い王の関心もそちらへ移り、ルデアなど遠からず
忘れ去られ、捨てられてしまうでしょう」
「そうなったら、ルデアももう用済みね」
 ようやく元気の出てきた王妃は、しかしぞっとするような、冷ややかな
笑みを浮かべていた。
「卑しい分際で王の情けを奪っていた女には、その薄汚い性根にふさわしい
褒美を与えてやらねば。大使、ルデアをわらわのもとへ」
 王妃は大使にそれを命じた。
「国許でも、父王や兄王子たちの寵が失せた女奴隷はわらわの許へ下げられて
きたものだった。逆さ吊りにしたり、焼け火箸を押し付けてやったり、足を牛に繋いで
股を裂いてやったり、おもしろいことだった」
 ルデアを宴の席に引き出してなぶりものにしてみても、王妃の脳裡には
霊廟でみたあの光景が焼きついて離れぬようであった。足の先までやさしげな女奴隷を
逞しい腕に抱きあげていた王の姿。それは至福の恋人を描いたいちまいの完璧な絵、
或いは王妃の敗北を告げる侮辱、わけてもルデアの可憐な美しさが、淑女の慎みなどと
いうものには無縁の王妃には、許しがたく思われたのだった。
「もとは王女であった女を鎖で繋ぎ、淫芸を仕込んでわらわに仕えさせてやりたい。
責具を揃え、調教部屋を作らせよう。大使、よしなに」
 一匹だけ残っていた毛虫が、うねうねと床を這っていた。
王妃の靴は、それを踏み潰した。


>次頁へ>目次へ>topへ戻る

Copyright(c) 2009 Asabuki all rights reserved. inserted by FC2 system