ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

少年王

■七幕


 宦官たちが運んできた小さな籠を、王子はルデアの前においた。
籠には覆いがかけられてあった。
「お前のものだ」
 王子は身をこわばらせている奴隷にうながした。
「覆いを取って中を見てみろ」
 後宮に入れられてから毎晩のようにルデアは王子から鞭で殴られていた。
じゅうぶんに手加減されてはいたが、その音だけでもルデアは怯え、
王子が鞭を取り出せば、それだけで全身の血が凍りついてしまうほどに怖かった。
 言うことをきかないともっと酷い目にあわされる。
 それだけが王女の心身にしみ込んだ頃だった。
 おそるおそるルデアは籠を覆っている布をひらいた。冷気が王女の手を掠めた。
後宮に入れられて以来、泣く以外はほとんど感情らしい感情をのぞかせなかった
女の眸に、わずかな生気が灯るのを、少年王は対面から観ていた。
 それは王女の故郷の北の国にしか咲かぬ花だった。
暑い国に移植しても気候と土が合わぬのかすぐに枯れてしまうその花が、
氷の中に閉じ込められていた。
 ルデアは氷に手をのばした。
花に届く前に、女の指先は氷の壁にはばまれた。王子は女に問うた。
「気に入ったか」
 遠方より何日もかけて氷を運ぶには、この何十倍もの氷がいったことだろう。
高価な氷室をつくっても、搬送の間にそれは全て溶けてしまい、花を閉じ込めた
この小さな氷の塊だけがようやく南国の後宮に届いたのだ。
ルデアが見つめている間にも、氷はみるみる水に変わろうとしていた。
特別の馬車を仕立てて、ルデアの為に運ばれてきた花だった。
礼を言えばいいのだとは分かっていた。それを期待されているであろうことも。
言葉は胸でつかえて、出てこなかった。笑顔をつくろうとしても、微笑みかたを
忘れてしまった。ルデアはただ頭をさげた。
「気に入ったのなら、毎日でも届けさせる」
 戸惑うばかりだった。何も言えなかった。
 氷が溶けてしまえば、北の国の花は萎れてしまう。
 女奴隷のその態度に腹を立てたのか。じれったかったのか。
王子がルデアの頤を乱暴につかみ、唇を重ねてきた。
「ルーティア」
 熱くなってゆく口の中とは反対に、ルデアには少年の意図がわからなかった。
ルデアは身を硬くしたまま、水に変わってゆく小さな氷の塊を見ていた。


 庭師の許可を得て、東の国の大使は宮殿の花園で花を摘んでいた。
「男が花を摘んでも、色男の大使さまがやると、絵になりますなあ」
 世辞を言いながら、庭師は親切に、どの花が日持ちがいいだの、あの花は
花言葉が悪いので気をつけろだの、いろいろと教えてくれた。
大使は庭師に手伝ってもらって、花束を三つ作った。
一つは、恋人の女官に。一つは王妃に。残る一つは、ルデアに。
「やっぱり大使さまのようにどんな女にも優しくまめなのがモテる秘訣ですかねえ」
「いや。親しい女がいるとかえって嫌われるもとになる」
「そうですか」
「女が弱いのは、何といっても特別扱いだよ。これは香りがいいね」
 君だけに。
 大使はそう言って、まず最初に恋人の女官に摘みたての花束を贈った。
王妃の許にも花束を届けさせておいて、大使は残る一つを片手に
王の間へと向かった。
 侍従に預けて帰るつもりであったところ、言伝の途中で、王自身が姿を現した。
若い王は馬場で馬をせめた帰りらしく、逞しい肉体に汗をかいていた。
「王女さまのお加減がすぐれぬと聞き及びまして」
「受け取ろう」
 片手で花束を受け取った王は、すぐにそれを水につけさせ、花瓶ごと
ルデアの許へはこぶようにと宦官に命じた。
「では、これで」
「大使」
 王侯貴族らしい構わなさでその場で衣を着替えると、王は指を鳴らして
大使を引きとめた。毛虫つきのイチジクの棒の一件以来、常にも増して
気を遣う立場の大使は、廊下から引き返した。
 椅子にかけた王は、大使を横目で軽く見た。
「余計なことをする」
「これは、出すぎたことをいたしました」
「花のことではない」
 思い当たった。王は、大使のはからいで先日、東国より送られてきた
女奴隷たちのことを言っているのだ。
「とびきりの美女を選ばせましたが、お気に召すような女はおりませんでしたか」
「すべて、臣にくれてやった」
 もったいない、と思いつつ大使は頭を下げた。
「大使。予を甘くみたな」
「とおっしゃいますと」
「予の関心をルデアから逸らさせようとしたのだろうが、予はわざわざ
東の国の王やあの王妃の思う壺にはまる気などない」
 ひやりとしながら、大使は笑顔をつくった。
「後宮にごまんとおります女たちのいずれを王が愛されようが、後宮の女たちは
奴隷にしかすぎません。少々、新鮮な彩りがあってもよろしいかと……」
「大使。憶えておくことだ」
 王は手の中で鞭を転がした。
「そちらが余計なことをするたびに、予のルデアへの寵は意地になるとな」
「……」
「麻薬を投与すれば、痛みも苦しみも感じないと信じていたのだ。
奴隷女の堕胎はそうするものだという、神官長の言葉を鵜呑みにした」
 数年前、ルデアの堕胎にイチジクの枝を用いた件について、王は今でも
深く後悔しているようだった。後悔と名のつく感情がよしんばこの青年王に
あるのならばの話であるが、過日イチジクの枝でルデアを苦しめたことが
めぐり巡って先日のあのような心ない嫌がらせの一件となったのであり、
王はそれに対して、自責の一端を覚えているようだった。
「ルデアが脚の間から血の塊をぼたぼたと落とし始めた時に、驚いて制止をかけた。
だが医師も神官もこのまま最後まで行うほうが同じことをもう一度繰り返すよりは
いっそ慈悲だというので、続けさせたのだ」
 誰に言い訳をしているのか、王は大使にそうきかせた。王の慙愧は
本人の自覚よりも深かった。
 北の国とは違う植物。違う花。後宮の女たちにゆるされた短い庭の散歩時間。
征服した国から連行されてきたルデアは、後宮の中でも身分が下で、当初ルデアに
割り振られた散歩時刻は花ももう花びらをとじようかという、夕刻だったという。
 濃い影をひく後宮の建物も、黒い肌の宦官たちも、冷たい目を向けてくる
後宮の女たちも、何もかもがルデアには強烈すぎる国だった。
「苗をはこんで植えさせてみても、北の国の花は根づくことなく枯れてしまう」
 王は大使の目をみて語った。
「だから氷漬けにして、ルデアの故郷の花を届けさせたのだ」
 大使は少し驚いた。ルデアはまことに、王の『特別』らしい。
「それは、手間のかかりますことを。王女もお喜びだったことでしょう」
 頭の中で必要な氷の量とそれにかかる費用を計算しつつ、大使は
しみじみと驚いた。女官は王のルデアへの執着を怖いと言っていたが、
これは並々ならぬご執心。
 数年前から?
 女の心を手に入れようとするには、少々長すぎる時間だった。
しかも相手は美貌とはいえ、無力な後宮の奴隷である。
人よりも独占欲や征服欲が強い男にありがちなように、王はそこにこそ
獲物を追い詰める狩りの愉しみを見出しているのだろうか。


 夜毎現れる、背の高い青年。この方は誰だったろう。
 ルデアはいつもそう迷う。
 ルデアと呼んだりルーティアと呼んだりする、この方は誰だったろう。
「王」
 ようやく誰かを認めたルデアが身をかがめると、その応えに、王はいつも
満足をあらわす。しかしそれは王が求める究極の答えとは違う。
その言葉の続きを誰よりも待つ目をして、王は、ルデアの顔を見つめ続ける。
しだいに不機嫌になっていく王に、ルデアは怯える。
 この方は、誰だったろう。
「ルーティア」
 強い声で、王がまた呼んだ。ルデアはびくりとした。どうしてこの方はその名で
わたくしをお呼びになるのだろう。北の氷の中に閉じ込めておいてきたその古い名を。
 後宮の屋根の上には早出の月が出ていた。
後宮に灯される灯りはすべて、王ひとりの為のものだった。蜂の巣のように
並んだ部屋とそこに閉じ込められた数え切れぬ女たち。それらは全て、この国の
王ひとりのためのものだった。
「ルーティア。予は嫌いか」
 いつもと同じ質問だった。
 王子に似て、王子ではない、しかし王子に酷似した青年がそう問うていた。
ルデアの脳裡にたくさんの夜の記憶が交錯した。
この身をしっかりと抱きしめている、一つの若者の影を。
 何かを言いさして、王はそこで口を閉ざした。王自身にもその問いを発する
理由は分からぬようだった。
 問いかけはいつも、「好きか」ではなく、「嫌いか」だった。ルーティア。ルデア。
女からの答えが得られぬことも、いつものことだった。
 東国の大使から贈られた見舞いの花が、夜にひかえめな香りを漂わせていた。
「なぜ、分からぬ」
 苛立った青年の声が、かみつくようにルデアの耳を打った。うろたえて
ルデアは首をふった。王子は、こんなにもお背が高くない。こんなにも腕が太くない。
怒っておられるのは、きっと何かご不快になるようなことをしてしまったのだ。
あとで王子に叱られてしまう。
 開け放しの窓から夜風が吹いた。答えが得られぬとみて、王はなげやりに
ルデアを寝台に落とした。
 灯りの影からルデアは哀しげに王の顔を見上げた。王はさめた目をしたまま
ルデアを睨んでいた。
「あの花のことも憶えてはいないのか」
 女の髪をもてあそびながら、王は奴隷には意味のわからぬことを囁いた。


 月に二度、王がルデアを連れて霊廟に入る習慣は、同時に
外で王を待つルデアが隠し扉から現れる神官長に祈祷室に
連れ込まれる日となっていた。
 神官長はイチジクの枝の他にも、こう言ってルデアを脅した。
「わしは医局の人間をすべて買収しているのだ。王に薬を盛ることなどたやすいこと。
あの頑健な王の手足が衰え、寝たきりになってもよいのか。わしには分かっているぞ、
ルーティア姫。そなたは王を愛しているのだ。王が大切ならばわしの言うことをきけ」
 いつもは神官長しかいない狭い祈祷室に、その日は別の者がいた。
「さあ、王弟さま」
 神官長は背中抱きしたルデアの膝下に手をそえて、女の脚をわり開いた。
「王弟さまがお望みのルデアです。王ご寵愛の女奴隷のご開帳ですぞ。
存分にお楽しみを」
「いいのか、本当に」
 うじうじと隅っこに立っていた王弟は、神官長の手で衣を脱がされた女奴隷の
美しい裸体と、王弟を煽るように神官長がルデアに強いる痴態の数々に
ぼうっとした目つきでさっきから見蕩れていたが、再度うながされてルデアの
前に膝をついた。神官長は女の腰を前に突き出させた。
 王弟は夢にまでみた女の陰部に顔を近づけて、きれいな色をしたそこに
鼻息を吹きかけ、指でかきわけて匂いをかいだ。ねちこい神官長の愛撫を事前に
受けたそこはすっかり蕩けていた。ルデアがかよわく首をふった。
身を引こうとするも、神官長に抑えられた。二人がかりの手で乳首と陰部を弄られて、
女は切なく声を引き絞った。
「目に涙をためて。可愛いな」
「よく調教されておりますからな。何でも言うことをききますぞ」
「絶対服従だね」
 しだいに大胆になってきた王弟の太い指がルデアの肉芽をむき出させ、
そこをなぶり始めた。扱い方をあまり知らぬ乱暴な動きだった。
神官長はルデアの膝裏をくすぐりながら、奴隷の首筋や耳に舌を這わせた。
「王弟さま、あまりきつくされますと女が痛がりますぞ」
「こうか」
「つついたり、撫でるようにしたほうが」
 二人がかりの愛撫にルデアは喉をそらして悶えた。
「嫌がるふりをしようと、肉芽も乳首もいやらしく勃っておりますぞ、王女さま」
 指でくちゃくちゃと女の中をかき混ぜることに、王弟はすぐに夢中になった。
ルデアがひくひくとのけぞるのが面白いといって、泥遊びをするように王弟は
汗ばんだ不細工な顔を女の股の間に突っ込んで、繊細な部分を執拗に責めはじめた。
「王弟さま、王弟さまが即位なされば、この女奴隷は王弟さまのものでございます」
「うんうん、そうだな。すごい、びしょびしょだ。もう一本指を挿れてみよう」
「王弟さまが東国の王妃さまとご結婚なされば、ご夫妻でこの女奴隷を愉しめますぞ」
「そうかそうか。やわらかな胸だ」
 神官長は王弟に淫棒を渡し、使い方を教えた。ルデアがひときわ高い声を放った。
「咥えこんで、ひくひくしてる」
「王弟さま、その調子でずぶりと」
「脚をおっぴろげたまま痙攣してる。こんなにいやらしいことをされているのに
お汁をしたたらせて悦ぶなんて。ルデアちゃんはいやらしいなあ」
「ルデア、この次もお前のこのいやらしい体をつかって王弟さまにご奉仕するのだぞ」
 後ろ向きにさせたルデアを前後から責め立てながら、神官長はルデアの髪を掴んだ。
王弟はルデアの尻を舐め回し、張型を抜き差ししては女に声を上げさせた。
「言うことをきかねば、ここをイチジクの枝で突いてやるぞ。棘と毛虫つきのな」

 それは拷問室の一角に設えられた、深く狭い縦穴だった。
滑車が回り、井戸を模した穴の底に落とされていた女が縛り上げられたまま
引き上げられてきた。王妃と、王妃の侍女はそれを観るなり高らかに笑い出した。
「ご覧。まるで茹で上がった豚のよう」
 一晩中、穴の中に沈められていた奴隷女は、どこが目か鼻か唇かも
分からぬほどに顔を腫らし、その全身も三倍に膨れ上がって見えた。
 天井から吊るされたままの奴隷女の真下に立ち、王妃と侍女は
縦穴の底を興味津々でのぞきこんだ。暗い底に、何やら蠢くものがあった。
「毒蛇は元気ね」
「おぞましいこと」
 それは一匹や二匹ではなかった。何十匹という小さな毒蛇が、猛毒を
ひそませたその身をくねらせ、鋭い牙を見せては、ずるずると穴の底を
這い回っているのだった。
 王妃と侍女はひやひやと笑いながら、毒蛇に噛まれた女を見物した。
若く美しかった女奴隷は、もはや縄のくい込んだ赤黒い肉塊にしか見えず、
人ですらない、膨張した何かだった。
「生きているわ」
 王妃と侍女は面白そうに女を棒で叩いた。膨れ上がった皮膚をした奴隷は
ぶ厚くなった唇を開いて、ぜいぜいと、かすかにまだ息をついていた。
「膣の中はどうかしら」
 獄吏が棒をつかってそこを探ると、潜り込んでいた蛇が女の股からずるりと
床に落ちてきた。王妃と侍女は腹を抱えて笑った。
「何とか言ってごらん。蛇穴に降ろされた時のように、泣きわめいてごらん」
「王妃さまのお陰で美人になったわよ、お前」
 腫れ上がり、赤瓜のようになった奴隷の乳房にも尻にも、蛇が咬みついた痕があった。
「もうこの奴隷は使い物にならないわね」
「しばらくは愉しめましたわね。犬のように首輪と鎖を与えて輪姦させるのも
愉快でしたが、こうも不細工な女では獄吏たちももう犯す気にはなれませんでしょう。
王妃さま、この次はいかがいたしましょう」
「そうねえ」
 ぜいぜいと女奴隷が息をついているのを見据えながら、王妃は扇の先で
拷問室の片隅をさした。その先には、鉄製の三角木馬があった。
「あんなにぱんぱんに膨れ上がっていては、脚が左右に開くかどうか」
「関節を切ってでも乗せてやればいいわ。駄目なら逆さ吊りね。
どうせこいつは死にかかっているのよ。長くは持たないでしょ」
 拷問室から地上へ向かう階段をわたりながら、王妃は扇を手に打ちつけた。
「また新しい奴隷を用意して」
「はい。そのように神官長さまに頼みます」
「ルデアを懲らしめてやるために、いろんな方法を研究しておかねば。
この次にやってくる性奴隷も、あの女を思い浮かべながら徹底的にいたぶってやるわ」
 王妃は唇をひき歪めた。


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