ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。



Любовь


◆第四話

 
 金のかからぬ娼婦と思えば、腹も立たないよ。
 棍棒を洗濯物に打ち付けて汚れを落としている洗濯女たちの間で、
年長のおかみさんたちは、いきり立っている女たちを余裕ぶってとりなした。
「イリーナとかいうメス犬が、今度はまたどうしたというのだい」
「それがねえ」
 水車小屋の乞食娘の話は、すっかり噂話の定番になっていた。
話が過激であればあるほど、面白い。仕事の辛さもまぎれるというものだ。
 女たちはどっと笑い崩れた。
なんでも先日のイリーナは、複数の男たちが器に集めた精液を犬のように
舐めとることを強いられたそうだ。
「秘壷から溢れ出るそれがもったいないからだとさ」
「溢れるほど注ぎこまれたってことね」
「うちの亭主も通ってるんだよ、ああ、胸糞わるい」
「娼家や、どこぞの悪女に金をつぎ込まれるよりはましじゃないか」
 年長のおかみさんが知恵者ぶって、また口を出した。
「つまりね、その女は、公衆便器とおんなじさ」
 その考えは、女たちの自尊心をひとまずはなだめた。それでなくとも
金や後見のない、その手の女はすぐに年をとって、襤褸をまとった
惨めな姿で街をさまようことになるものだ。
病にかかっても医者にもかかれず、暖かい家とも無縁にくたばる。
ましてやイリーナは乞食である。容色の衰えも早いであろう。
そう、いくら若くて美しくとも、遠からぬうちに髪の艶が失せ、白肌にしわが寄り、
蜜を吸われ続けた果実が乾燥するようにして、干からびていくであろう。
美貌を鼻にかけたメス犬に思い知らせ、復讐してやるのは、それからでも遅くない。
「食べ物を求めて街にも現れるようになるよ。その時には、あたしたちの前でも
芸をやらせてやろうじゃないか」
「男たちに媚びていたように、あたしたちにもおねだりさせてやろうじゃないか」
「うちに来な。老人が吐いたゲロをたっぷり食べさせてやるから」
「尿を入れる尿瓶、痰を入れる痰壷」
「あたし、イリーナ。少し不潔で臭いのは我慢してね」
「お口もお尻も、どこもかしこもご使用は無料でございます」
「なるほど、公衆便器だわね。ははは!」
 おかみさんたちは、棍棒をバアンと板に打ちつけた。

 そんな話は全て少年の間にも伝わった。
うちでも同じだよ、と織物工場の息子が工場で働く女たちの様子を
教えてくれた。
 少年期いつも三人で行動していたうち、ボリスがイリーナを犯そうとした時に
止めに入った地主の息子は、彼の兄たちと一緒に都の学校に行ってしまい、
街には、僕と織物工場の息子がまだ残っていた。
 うおんうおんがちゃんがちゃんと巨大な機械が鳴り響いている工場に
日給で雇われた女工たちがずらりと並んでいる様は、養鶏場を思わせた。
養鶏と違うところは、女たちが貧しさと疲労で、やせこけているところだ。
 監視の男がついている機械の傍では、気が散る私語はご法度であったが、
交代で軽作業についた途端、女工たちは手を動かしながら、
おしゃべりに励み出す。
子供のこと、夫のこと、舅姑のこと、生活の苦しさ、冬の厳しさ、健康への不安。
そして、水車小屋の淫乱な乞食女のことも、やはり話題にのぼるのだった。
 自分よりも低い存在を足許に据えたい。
それは人間に備わった、卑しくも免れ得ない感情の一つだ。
何の努力もせずに、満足と優越を得ることができる、確実かつ手軽なこの方法は
時の支配者に幾度も利用されてきた。
鬱憤のはけ口さえ与えておけば、多少の理不尽を押し付けたところで、領民の
怒りは小出しになってそちらへと向かい、上には牙を剥かぬのだ。
 戦争が近かった。
産業の導入による貧富の差がますます明確になりつつある時代だった。
空には不安が満ちており、人々の心は何となく拠り処を失くして浮ついた。
乞食の受難に時代はなくとも、イリーナは、人の心が傾きがちに揺れ動いていた
殺伐の、その底辺にいたといっていい。
「天井の梁から下がった鎖で両手を縛られてね、脚はこう」
「おお、いやだ」
「強制開脚ね」
 織物工場の息子が上階で聞いているとも知らず、女たちはかしましく
イリーナの話に興じた。
いくら女たちがイリーナを憎み、その容貌を確かめてやろうとしても、さすがに
水車小屋にまでそれを確かめに出向くほど恥知らずな女はいない。
したがってそれらの情報は女たちの注目を浴びたい口の軽い男工員や、
あけすけに女房に自慢をきかせる亭主の口から、女たちにもたらされるのだった。
「桃みたいな尻をした若い娘っ子と銭なしで遊べるとなれば、断る男なんていないわよ」
「そこまで割り切れたらいいけどねえ」
「お尻の穴にも道具を入れられて、それは縄で固定されて放置されるんだって。
突っ込まれるたびに、ハウンって背を反らして悦びをみせ、死んだようになるんだって」
「わざとでしょ。そうやって弱々しいふりをして、同情を引こうとしてるのよ」
「肛門と膣に挿れた淫具を交互に動かしてやると、電気に触れたみたいに
活きを取り戻すという話よ。お股はぐしょぬれ」
「生まれつき淫乱なのね。だから天罰が下って乞食になるのでしょ。自業自得よね」

「……なかなか興味深い眺めだよ。
おお、いやだと顔をしかめながら、その場を離れて
聞き耳を立てるのをやめる女は、誰一人としていないんだから」
 そう言って、織物工場の息子は肩をすくめた。
 僕も、織物工場の息子の招きで、女たちの会話を盗み聞きをしたことがある。
「『雄鹿の館』の女たちのほうが、まだましね」
 軽蔑的に、女工の一人が吐き捨てた。
 『雄鹿の館』とは、美人の中の美人および、没落した貴族の妻や
娘たちの中から水準以上の者を集めた、最高級の娼家のことだった。
女たちも最高級ならば、調度も、ついでに値段も最高峰であり、客筋は
王侯貴族か、大金持ちに限られる。
 昨日まで尊敬を集め、宮殿でも丁重な扱いを受けていた貴族のご令室・
ご令嬢らが、零落の末、はいつくばって裸で奉仕してくれるとなれば、いくら
金を積んででも通う甲斐があるというものだ。
 『雄鹿の館』の正確な所在地は不明である。
なんでも、場所と主を代えながら、数百年の歴史を誇るらしい。
中流階級の年収にも等しい金額を払ってでも、招待制の『雄鹿の館』に通う
男は絶えないようで、怪しげな噂には事欠かない。
いわく、『雄鹿の館』の女たちは鎖で繋がれない代わりに、客の
男たちの前で死んだほうがましというほどの恥ずかしい淫芸を
強いられるなどは序の口、命に見合う大金さえ館側に払えば、「事故死」として
拷問処刑も極秘裏に可能なのであり、麻薬漬けにされて使い捨てにされる
女たちの為に、敷地内には専用の墓所がある、など。
 中には信憑性としてはぎりぎりの線をいく、とんでもないものもあった。
「……老皇帝の従妹のお姫さまも、老皇帝の逆鱗に触れて、罰として
麻酔をかがされ、黒馬車で『雄鹿の館』に送り込まれたとか。
でもね、ここからが奇妙なの。
彼女のとらされている客の中には、その老皇帝も」
「従妹のお姫さまといえば、器量よしで有名な方だったわ」
「修道院行きを控えて、行方不明になったはずよ」
「それが本当なら悲惨ねえ。『雄鹿の館』に送られたら、どんなに貞操のかたい
淑女でもおしまいだっていうし。調教師が客の要望に応じて、鞭と薬で
徹底的に娼婦に芸を仕込むのよ。長生きさせる必要がないから、歯を全て
抜かれることもあるそうよ」
「お姫さまの使用権を買ったのは、老人斑の浮き出た手でお姫さまに夜伽を
迫ったという、老皇帝なのかしら」
「しっ。誰が聞いているか分からないわよ」
 声を潜めた女工たちの話は、さらに隠微に盛り上がった。
「宮殿には、そのお姫さまを描かせた、淫画が飾られた部屋があるそうよ」
「へええ。お姫さまだった方がねえ」
「皇帝に逆らうからそうなるのよ。うまいことやりゃ女帝にもなれたのに」
「毎晩責め立てられたせいで、もう狂っているとか」
「ああら、でも!」
 女工たちの中でも、特に意地の悪い女が、口をゆがめて割り込んだ。
「『雄鹿の館』の女たちは、少なくとも、ドレスと化粧品と羽根の寝床だけは
与えられているじゃない。ベッドも靴下も持たない水車小屋の乞食よりはましよ。
それに、淫乱イリーナは自分の方から男たちのものを咥えているんだからね。
卑しいだけあって、老人の指だけでも、尻ふってアヘアヘ悦んでいるそうじゃない。
垢じみた工員たちに代わりばんこに犯されるのが好きだから」
 そうね、と女工たちは同意した。上ッ方のお姫さまより、身近の女の方が
貶めるのにはちょうどよい。
 ぶさいくな意地悪女は目を光らせて、さらに言い募った。
「イリーナの乳首に針をつき刺してやれば、あの生意気な小娘も少しは
おとなしくなるだろうね。物乞い女らしく、ひっこんで生きてりゃいいものを、クズが」
 女工たちの話題に出てくるイリーナは、女たちの嫉妬と悪意により、すっかり
実物のイリーナとはかけ離れた色情魔にされていた。
 幼い恋の歓喜の中で馬の尻尾のポーリナに口づけをしている時、僕は
イリーナの横顔と、この女工たちの話を思い出した。


 街一番の髪自慢の女のものよりもほそく、長く、きれいに波うった
イリーナの金の髪は、男たちの注視からからだを隠す唯一の
ヴェールのように、腰のあたりまで流れ落ちていた。
もつれてからまるイリーナの髪をかきわけて、襤褸着を引きおろし、あまやかに
ふくらんだ白い胸と、小さな実のような乳首をあらわにさせる時、これから
起こることを予期したイリーナは、少し困ったような様子をみせる。
街の女工や洗濯女とはまったく違う、早春の林檎の花のような初々しさをもった
イリーナの白いからだは、すべすべとして、どこもかしこも、夢のようだ。
「もっと明かりをくれ」
「あんまり角燈を近づけると、イリーナが熱がるだろうが」
「火傷させるなよ」
 最初は遠慮がちに、しだいに大胆に、しかし教師や親や、他の者の
目からはひた隠しにして、学生たちが一人、また一人と、水車小屋に
通うようになるまで、そう長くはかからなかった。
 彼らは、女神のようにも、標本のようにも、イリーナを扱った。 
 両脇を抱えられ、少年たちに左右の乳首を吸われているイリーナは、まるで
小さな人形か、優美でおとなしい雌鹿のようだった。
グレゴリが僕に教えたように、僕は彼らにも手本をみせて、やり方を教えた。
女は男ほど肉体的な変化を見せないが、その代わりに性感帯に愛撫を
与えることで反応を起こす。水車小屋のイリーナに与えられるものは
集団によるそれだった。
 とはいえ、見たこともないほど美しい女を前におっかなびっくりな学生に
できることといえば、しれたものだった。
どちらかといえば、彼らはまるで小さな妹にそうするようにイリーナの髪を
梳いたり、文字を知らぬイリーナに言葉を教えようとしたり、焚き火で
あたためた湯をつかってイリーナのからだを拭いてやったり、ままごとのように
イリーナに食事をさせることに好意を傾けた。
グレゴリやボリスがするようなことは野蛮にしか映らなかったし、ただイリーナの
すべらかな肌を撫ぜ、順番に少しだけ不器用に遊ばせてもらうだけで、
それだけで背徳的な悦びは満たされ、十分満足だったのだ。
「武勇伝きどりだな」
 乞食女なぞ、どれほど美人でも触れるものか手が腐る、そう言って
はばからない潔癖屋エフゲーニーだけは、昂奮気味に成果を語る
僕たちから一線をひいて、冷ややかな顔のままだった。
遠からぬ先、厭というほどニュース映画で見ることになる、かぎ十字の旗のもと
権力こそ正義と信じて疑っていない、偏狭者の顔つきだった。

 歴史的な流れを、先に語ろう。
 世界大戦開始後、僕の街は、他の地方都市がそうであったように、情けなくも
ほぼ無抵抗で外国軍の占領下におかれた。
 島国にくらす人々には、国と国が陸続きにある大陸の戦争とはいかに始まり、
いかに家の前、窓の外の景色の中に、敵の軍隊の影が見え始めるのか、
いま一歩想像がつかないだろう。
 それは存外に、静かなのだ。
 攻略と防衛のせめぎあう最前線にあたった要衝や、防衛拠点と
定められて激戦区と化した村や都市ならいざしらず、僕のいたような
半端な地方においては、慌てているうちに全てが終わっているというのが
真相で、気がつけば、街は白旗をあげて落ちていた。
 生命線ともいえる鉄道線を真っ先に分断された為に近隣から孤立した
僕らの町は、戦車隊をつれて破竹の勢いで流れ込んできた敵軍に仰天し、
早々に降伏。
 敵軍は、戦車の上から拡声器でもって、街がすでに包囲されていること、
街の住民の生活と生命はこれまでどおりを保証すると慇懃無礼に
約束し、その代わり、逆らう者には極刑が下されることを
脅しとして最初に触れて回ったことを付け加えると完璧だ。
 脅しが本気である証拠に、彼らは戦車に向けて石を投げつけた
雑貨やの店員を一人、広場に集めた僕らの前で射殺した。
 首根を掴んでぐいぐいと引きずり出されてきた店員は、市庁舎の壁に
向かって立たされると、彼の母親が命乞いをして泣き叫ぶ中、あっけなく
撃ち殺されて、どさりと横倒しになった。
「これは、第三帝国に逆らった者へ下される当然の処刑である」
 彼らはそう言った。
 帝政ローマを第一帝国、コルシカ島出身の軍人が皇帝となった
一時代を第二帝国と数え、それになぞらえて自らの国と党を
第三帝国と勝手に称する田舎民族が、不気味な軍略の第一歩を
踏み出してより数ヶ月。
 勤勉と厳格を併せ持った国民性そのままに、黒か白しかない冷酷な
狂信と組織性で、瞬く間に彼らは覇権をのばし、破竹の勢いで
周辺諸国を陥落させていった。
 空爆と艦隊からの海上砲撃をうけ、壊滅し灰燼と帰した大都市もある中、
早々に白旗を揚げたおかげで街は無傷だったものの、占領された
ことには変わりない。それは街中に、かぎ十字の旗がひるがえるように
なったことで、誰の頭にも実感として分かるようになっていた。
「よかったよ。先祖の時代のようにはならなくて」
 大人たちはこの占領を、おおむね高く評価していた、といったら
後の歴史を学んだ若い人たちには、意外だろうか。
 最初こそ、公開処刑によって僕らの度肝をぬいた敵軍も、約束どおり
その後はこれといって乱暴狼藉をはたらくことはなかった。
 それには、近代になるにつれて、軍隊のお行儀がよくなったことが大きい。
人間の野蛮性が根本から変わったわけではない。報道が、迷信と妄信の
域を出ないそれまでのような局地的なものから飛躍し、速報として、
世界的規模に拡大し始めたからだ。
 征服の届かぬ海の彼方には、星条旗を掲げる巨大な国が控えていた。
 世界的世論を無視できなくなった第三帝国は昔のような略奪・放火をひかえ、
あくまでも、豊かな世界を作るための正義の戦争であることを、全面的に
世界発信で打ち出した。
 この頃の第三帝国が作った映画を観ると、彼らが自らをどういった
存在として自負していたか、そのことがよく分かる。
 働き者の技術者、笑顔で微笑む農村の少女、あどけない赤子。
芸術家と天才を生み出した偉大な祖国、一点の曇りもない明るい世界。
「我々は、理解しあえる仲間です」
 彼らは言うのだ。
 さあ自分だけが正しいと思い込んでいる不浄物を一掃する戦いに加わり、
手を繋いで、共に清浄な世界を築き上げましょう。
 善人面をしているだけに、一昔前のような蛮行は出来ない、もちろん
そんな酷いことを清廉潔白な我々がするわけがない、というわけだ。
 とある国の貴族出身の首相は、たいへんにリベラルで皮肉屋の方であったが、
そんな第三帝国に、こう言った。
 ----哀れな国民。


 占領軍下級兵の二人組が突き出した張り紙の内容を、僕は今でも、
はっきりと憶えている。
 若者たちが不快感を押し隠して俯いているのへ、赤ら顔をした彼らは
下卑びた笑いを浮かべて、写真入りの張り紙を掲げて見せた。
「見ろ」
 粗雑な紙に刷られたそれには、尻を上げた格好でうつぶせにされてた
女の下半身が映っていた。女の手首は足首と鎖で繋がれ、むきだしにされた
尻からは二本の黒い棒が、まるで斜めに生えたサボテンのように突き出している。
第三帝国軍に捕らわれた女スパイが拷問されているところだということは
乏しい外国語の知識からも読み取れた。
人権も何もない一個の物体のようになった女の写真は、家畜に種つけを
させるために、雌を後ろ向きにさせて固定しておく時の構図と同じだった。
写真の中には他の人間もいて、黒服をきっちり着込んだかぎ十字の将校たちが
はだかにした女を乗せた台の周りを取り囲んでいる。鞭を手に、手袋をはめた
彼らの顔は、マネキンのように表情がなく、解剖か何かを見学しているようだった。
 活発化しつつあった抵抗運動の士気をそぐために、見せしめとして裏ルートから
占領国に配布されようとしたところ、例の『世界的世論』を慮る理由で、「待った」
がかかり、没収されたチラシの一部なのだろうと思われた。
 二人の兵は笑った。
「お値打ちものの写真だ」
 回収もれした一部が、慰安物として、下級兵の彼らのふところに
入ったというわけだった。
 女の尻に差し込まれた黒棒からは、それぞれコイルが伸びており、その先は
写真のふちで切れていた。
「伝導棒を二本ぶちこんで、電流を流すのさ」
 エフゲーニーが詳しかった。
 張り紙に解説を加えるエフゲーニーは、写真の中の将校たちと
同じ目をしており、模型を前にした科学者のようだった。
「それと、乳首と肉芽には金具のクリップだ。女は失神も出来ず、髪の毛逆立てて、
ウギャア、ウギャアと泣き叫び、糞尿を垂れ流しながら、感電反応を繰り返す。
簡単な道具だが、思い知らせる効果はある」
 下級兵たちは学生相手に自慢してみせた。
「電流が止まっても痙攣は続いているからな。そこにぶち込むと、天国だった。
生意気な女スパイも、白目を剥きながら降参して悶絶だ」
「劣等民族の女どもにもやってやったことがある。二度と孕めないようにするには
どこまで電圧を上げればいいかの実験だ。うじ虫どもはよだれを垂れ流しながら
壊れた機械みてえに自分で勝手に尻を上げ下げして、おねだりしてたっけな」
「この村にもいるだろう、神聖第三帝国には存在してはならぬ、うじ虫が」
 下卑びた顔を寄せて、彼らは僕らに情報提供を強いた。
僕らは、彼らが何を求めているのか、よく分かっていた。
『世界的世論』への配慮など、所詮は建前であり、一皮剥けば裏側は
蛮族が棍棒を手に森を跋扈していた時代と大差ない。
賢しげに、もっともらしい理由をそこにつけるか否かの差異であり、異端者の
探索など、ただの口実なのだ。
 僕の故郷には、彼らが劣等と呼びつけて、組織的な粛清を行っていた
不幸な民族は住んでいなかったから、他の村であったような、罪なき真面目な
人々への惨たらしい公開リンチや、敬虔で温和なばかりの老人や子供たちを
彼らの子や親が見ている前で、死ぬまで馬車で引きずり回すなどの
胸の痛む行為こそ目の前で見ずに済んだ。だがそうであればあるほど、
駐屯兵たちは、軍隊暮らしの鬱憤を晴らす対象と、娯楽に飢えていた。
「反逆者や、異端者はいないか」
 街に駐屯した第三帝国軍の兵は、方々で同じことをきいていた。
 そこから得られる答えは、全て同じだった。
街のおかみさんたちは一斉に、郊外の一点を指さして、彼らに教えた。
 はい、あそこにおります。


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