ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。


[雄鹿の館]・U




 その館が、世間から隠蔽されている理由は、通い始めてすぐに分った。
完全に招待制であり、誰も、その正確な場所を知る者がいない。
「ギョーム様、お着きでございます」
 郊外の森の奥であろうことは、霧と湿度、何よりも、海底のような辺りの静寂さから知れた。
馬車の蹄鉄の音がゆるみ、門の鉄柵が軋む音が三度。
その間隔は一町区間ほどもあり、よほど広大な私有地を走っているのだと思われた。
しかし、屋敷に迎えに来た窓のない黒馬車で館へと案内される間、いかに耳を
澄まそうとも、ギョームにはそれ以外の手がかりは得られなかった。
 馬車は館の内部、天井のある屋内まで乗りつけるようになっており、お仕着せの従僕が
天鵝絨のあし置きを揃えた上で、馬車の扉をひらく。
 降り立つと、まるで物語の中の聖堂のような、すばらしい玄関が待っている。
 水晶燈の煌めきが光と影の踊りを作り出す、高天井。
松明が明るく照らす床のモザイク。果ての見えない列柱廻廊。こんこんと水を湧かせては
あたりの陰影を飛まつに変えて溢れさせる真正面の噴水。
 その噴水の中央に聳え立っている、巨大な鹿の姿に、まずギョームは驚いた。
 『雄鹿の館』の名のとおり、それは、見事な雄鹿の剥製であった。それだけなら驚きはせぬ。
四肢を踏みしめた堂々たる成獣は、その角ばった巨大な角の上に、はだかの美女を高々と
掲げているのである。
 角に引っかかっている美女は、生者でも死者でもない肌の色で、がくりとその首を倒し、
角の上で眠るように目を閉ざし、長い髪をばらけさせていた。
 泉で沐浴していた処女が、鹿の角で掬い上げられ、これから何処かに運ばれて犯されようと
している、そんな一場面をかたどった、気の利いた趣向である。
 来客者の真上で鹿の角に持ち上げられているはだかの美女は、その両手足を鹿の角の外に
投げ出し、脚はわざと少し開き気味にされ、複雑な角の枝の合間にその豊かな乳房や陰部を
埋めた姿で、大鹿の角に架けられているのであった。
 その華奢なからだつきと、清楚な官能をたたえた美しさから、ギョームは一瞬シモーヌかと思った。
が、よく見ると、違った。
「剥製でございます」
 従僕がギョームに告げた。
「鹿だけではございません」
 ということは、女も、剥製である。
大きな鹿と、その餌食となった女の影は、内臓や性器に綿を詰められた永遠の
沈黙の形となって館を訪れる男たちの目に晒され、噴水の青い水の上に、たゆたっていた。


 『雄鹿の館』の主である、支配人に逢ったのは、週末ごとにギョームが館に通い出してから
七回目にあたる、或る晩のことであった。
 いったい幾つ部屋があるのかも分らぬ『雄鹿の館』には、ちょうど紳士たちの社交場にあるような
居間があり、そこには雑誌や新聞の最新版や、いかなる嗜好にも応えるだけの葉巻の種類、それに
酒やカードが、常に備えられている。
 あかあかと燃える暖炉の傍で、ギョームは休憩をとり、新聞を読んでいた。
 案内人からは、館の敷地内の何処で女を愉しんでもよいと聞かされていたが、ギョームは
女の使用人を廊下の隅でそそくさと使うような、だらしがないことは好まなかった。
「確か、七度目のお越しでございましたか。ギョーム様」
 新聞から顔を上げると、そこには、黒髭をたくわえ、冷たく鋭い眼光に、柔和な笑みをたたえた、
年齢不祥の美丈夫がいた。
その双眸に強い知性の光が沈んでいなければ、さしずめ、舞台の上の魔王といったところである。
背徳の魔窟の魔王は、感じよく、ギョームに向かって微笑んだ。
「当館のおもてなしは、ご満足いただいておりますでしょうか。これは失礼、申し遅れました」
 いぶし金の名刺入れが取り出され、磨き上げられ、整えられた爪をもった長い指が、そこから
名刺を抜き取った。
「『雄鹿の館』の支配人でございます」
「クラオン侯……」
「そうお呼び下さい」
 外国で漉かせたとみえる最高級の紙片を受け取り、ギョームは興味なく、頷いた。
というのも、こういった館の常で、浮世の草々は一切不問であることを、貴族階級のギョームは
よく承知であり、どのような娼館で、たとえ誰と出くわそうとも、そこは男同士の
暗黙の了解にて、互いに知らん顔を決め込むのが、最低限の礼節であったからだ。
 そうでなくて、何のための慰安所であろう。
娼館とは、いわば生理的な排泄を行う場所であり、便所のようなものであり、男たちに共通した
後ろめたい暗部と、開放であって、そこに通う限りは、互いに共犯者として、互いの姿からは
目を逸らすものである。
 そして、娼館の支配人へ簡単な世辞を述べることも、紳士の嗜みのうちであった。
「今のところ、満足です。クラオン侯」
「ご要望がありましたら、いつなりと、ご希望をお聞かせ下さい。ギョーム様は、シモーヌを
調教下さっているとか」
「そうです。調教権を持っています」
 月の精のようなシモーヌの顔と、男の指を挿し入れられてひくついている丸い尻、その繊細な
悲鳴を思い出して、ギョームはクラオン侯をちらりと見遣った。
 クラオン侯は、冷たい目のまま、目をほそめ、笑った。
「呑みこみ具合はいかがでございましょう。あれは、まだ新しいものでして」
「概ね、満足です」
 とはいっても、通いだした娼家が珍しいうちは、いろんな女を試してみて、決まった相手を
つくらぬ主義のギョームである。
七回この屋敷に来たが、シモーヌは二回に一度しか、呼びつけなかった。
今宵の玩具も、シモーヌではない、べつの女である。
「呑みこみが悪ければ、どうぞ、お好きなだけシモーヌを罰してやって下さい。当館は用意の玩具に
 絶対の服従を仕込んでおります。間違いがあれば、それ相応の罰を与えてやるのです」
「クラオン侯。女たちは、何人いるのです?」
「肉玩具の数は、さほど多くはございません。せいぜい、四十人ほどでございます」
「なるほど」
「常に新鮮なものをご用意しております」
 どこから女たちを調達しているのか、などと訊くだけ野暮である。
商品のほうも、おそらくは大量の薬を投与されており、どの女も、淫声だけで、
口が利けなくされていた。
「シモーヌはまだ調教中でございますが、一通りの調整が終わった者も、お試し下さっているとか」
 拙い舌と唇のうごきで、懸命に口淫をほどこすシモーヌの、苦しげな顔。
それはそれで興があるものの、シモーヌ以外の、シモーヌに勝るとも劣らぬ美女たちにも
ギョームはそれをさせていた。
先刻も、そんな女の一人を愉しんでいたところであった。
 新聞を机において、ギョームは立ち上がった。
 クラオン侯は、微笑んだ。
「まことに、ギョーム様のように遊び方を心得た御方をお迎えできて、嬉しく思います。
シモーヌは幸せ物です。お客さまの中には無理に玩具の肛門を押し広げてしまい、大切な
筋肉を切ってしまう野暮な方もおられますから」
 他の客とは、何処にいるのだろう。
 この書斎は、いつ来ても、誰もいなかった。
ローマ皇帝の風呂がこうであったかと思われるような、浴場においても、誰もいなかった。
浴場にも女を入れて、からだを洗わせるだけでなくその場で使うことも出来たが、中世の
風呂やのように順番を待つ客が他にいるわけでもなく、常に、貸切であった。
 四十人の女たちに対して、男たちは、何人、この館に通っているのであろう。
ほかにも客人がいる証拠に、時折、かすかに、それらしき気配を見聞きすることもあったが、
完全招待制、秘密厳守の徹底ぶりを誇示するかのように、外界の娼館のように、誰かと
廊下ですれ違ったり、階段で鉢合わせになることもないのであった。

 唯一、ギョームが他の男たちの姿を垣間見たのが、『雄鹿の館』に設けられている、
地下室であった。
 庭の片隅に、そこだけ上向きに灯りが漏れている箇所があり、月夜の中庭を
散策していたギョームが不審に思って近寄ったところ、それは鉄格子の嵌った
地下の換気窓であった。
 ギョームは草地に肩膝をついて、壁に手をつき、硝子を透かして、真上から覗き込んでみた。
どろりとした赤色の焔に照らされている石壁と床しか見えなかった。
そこに映る動く影から、何人かの男たちが集まっているようであった。
 彼らは、笑っていた。
そして、ゆらりと人影が動いたとみるや、鞭が振り下ろされる音がして、女の呻き声が
上がったのである。
「ギョーム様」
 角燈を掲げた下僕がギョームの名を呼んだ頃には、ギョームは立ち上がっていた。
平然として、ギョームは地下室のある地面を指し、『雄鹿の館』の下僕に訊ねた。
「女を鞭打つことも、当然、できるのだろうね」
 下僕は、恭しく、頭を下げた。もちろんでございます。
ギョームはわざと、貴族につきものの、けちくさいところを見せた。
「永代契約料として、こちらが支払ったものに見合うだけの誠意を、この館には
見せてもらわねば。設備と、美しい女、それに少々の趣向を揃えただけならば、そんな店は、
その筋に、幾らでもあるのだからね」
「肉玩具は、いつなりと、ギョーム様の意のままでございます。鞭打ちをご希望ですか」
「そのうちに、ね」
「いかなることでも、肉玩具をお買い上げ下さった皆様の、お望みのままでございます」
 下僕はますます、頭を下げた。
そして、意味深に、付け加えた。
「いかなることでも」


 今宵の肉玩具の名は、マノンといった。
特に指名がない日には、ギョームはサロンに通されて、そこに現れる女たちの中から
好きなものを選んだ。
 女たちはたいてい、尼僧のような黒い服を着ていたが、下着はなく、服の上から
胸をつまんでやると、布地を通してその乳首が立つところが見えた。
 客室は、一流ホテルの貴賓室に相当する豪奢と洗練さを備え、各室に居間と、
バスルームがついており、どの部屋にも、天蓋つきの古風な寝台が用意されていた。
 室に戻ったギョームは、うつ伏せにさせて両手首を寝台の柱に革紐で縛ったままに
しておいたマノンのところへ、様子を見に行った。
 女に休憩を与える前に、女の膣と尻の穴に挿し込んだままにしていた道具は、命じたとおりには
なってはいなかった。
膣内の圧力によって、膣の方に与えた張型は外に飛び出してしまっており、肛門に
立てた責具の方も、太いところで、かろうじて止まっている具合である。
「マノン」
 寝台にあがったギョームは、うつ伏せになっているマノンの髪を撫で、陰部を撫ぜた。
「咥えておけと言ったはずだぞ」
 ギョームの声に、女は、びくりと怯えて、身をふるわせた。
固定器具がない限り、内部の圧力で道具が外に出てしまうことは自明の理である。
それを承知で、ギョームは女を罰してやる。
 女の膣に指を差し込んで、指を中で泳がせてやると、マノンはすぐに湿りだした。
ギョームは敷布の上に転がっている張型を床に捨て、寝台の脇の小机に並べられている
別のものを取り上げ、それをマノンの奥に含ませてやった。
 再開された二穴責めに、女はよがり泣いた。
悲鳴が強くなると、すぐに責める手を緩め、女の身に快楽を刻み付けてゆく。
尻と膣に埋めた淫具をゆっくりとたゆたせて女をなかせてやりながら、ギョームは先刻の
クラオン侯の言葉を反芻した。
『女体ほど、おもしろいものは、この世にはございません』
 かたちのいいマノンの尻がびくびくとふるえ、拘束している女の手の筋肉が張りつめ出す。
按配をはかり、ギョームは淫具を膣から抜き取り、可愛がるのを止めてやる。
女がひどく切ながって泣きじゃくり、続きを求めるように、腰をくねらせた。
促すまでもなく、マノンは自ら脚を広げ、膝を支えにして、腰を男の前に突き出すかたちになった。
淫汁をこぼしながら、尻を振る。
「アウ、ウ、ウ」
「欲しいのか」
 張型の先だけを入れてやり、膣の手前だけを擦ってやる。恥骨に引っかかっている感触がある。
マノンは脱毛しておらず、陰部を覆っているその恥毛は、すでに、ぐしょ濡れとなっていた。
 気が狂ったように女が身悶えてねだるまで待ち、一気に深々と奥底に挿してやる。
「いい声だ」
 すでに先走りで濡れている己のものに、女の淫水を擦りつけておいて、ギョームは
張型を抜き取り、硬くなったおのれの肉棹を女の中に沈め込んだ。
 腰を引き寄せて女を突き上げてやりながら、ギョームは、女の肛門に与えてある責具の
直径を目ではかった。
(シモーヌも、これくらいは咥えることが可能なからだにしてやろう)
 二穴責めにまだ不慣れなシモーヌにも、そのうち腰を振らせて熱くさせてやる。
『ギョーム様』
 脳裡で、クラオン侯が囁いていた。
マノンが命じたことを守らずに、膣から淫具を吐き出していたというのは、マノンを鞭うつ
理由になるだろうか。
 いや、焦りは禁物だ。
シモーヌを調教してやりながら、その機会が訪れるのを待つのだ。
それまでは、ただの客として、肉玩具の調教に没頭するふりをしておいたほうがいい。
 マノンの手首の拘束を外し、ふらふらになっているマノンを上にして、腰の上に跨らせる。
このマノンとて、誰かに調教を重ねられて、ここまでの肉玩具となったのであろう。
 男の肉棒を下口に咥えさせられた女体は、えさを与えられためす犬のように、腰を前後や
上下に動かし始めた。
尻を振りながら喘ぎ続けるマノンの爛れたような淫声には、淫辱された果てに得る、メスの悦びがあった。
男の肉棹をすりあげるマノンの膣襞はとろとろに燃え、窮屈なほどに、その穴はよく絞まっていた。
『ギョーム様。肉玩具の扱い方はあなた様しだい。ここは『雄鹿の館』。殿方の夢想のままに、いかなる
お求めにも応え、欲望を実現するところでございます』
『メスとは、その生殖器をオスに差し出し、可愛がればかわいがるほどにオスに隷属する、惨めな生き物』
『お望みのままにすればよいのです。ここは、それが叶う館でございます』
 ギョームはマノンにそれを命じた。
男のものを下口の襞に挟み込み、その精液を子宮にいただきながら達したマノンの顔は、
聖母のように美しかった。

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