ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。



蔦の塔


■二.

 貴族の常として、父には、たくさんの愛人がいた。
大貴族の父にとって、それはたやすいことだった。
美貌で洗練された趣味を持つ父を嫌うようなご婦人はいなかったし、また
貴族生活と情事は切って切り離せぬ関係にあって、それを嗜まぬものは変人
扱いされるからだ。
 しかしそれらの遊興も、父の心を決して、蔦の塔のあの人の上から
引き離しはしなかった。
 七年が経ち、病の人は、変わることなく蔦の塔に幽閉されていた。
何の罪もない美しい女が、一度も外出を許されることなく古い塔の中に
閉じ込められて、未来を閉ざされた苦しい年月を数えている間にも、外の世界では
花が咲き、王宮では派手好きの国王が連日のように贅沢な宴を繰り広げていた。
 ぼくは、十八歳になっていた。
父が不在の時には、ぼくが父の代わりに、あの人を治療を監視する。


 その月、父は例年どおり所領地の監察に出かけて留守だった。
「おどろいたな。まだ、生きておられたのか」
 曇天模様の寒い日だった。
 その日、館を不意に訪れた客人は、父が不在と知っても、病の人に会いたがった。
客人は、幽閉の女がまだ生きていることが信じられぬようで、ひどく驚いてみせた。
 ぼくはもう父の代わりに、立派に客をあしらえる。
父と同じくらい端正な顔立ちをしたその客人は、昨日の船で、外国から
久しぶりにこの国に帰ってきたところなのだと言った。
 海路帰り特有の少し日に焼けた顔をして、客人は館に直行してきたわけを述べた。
「帰国後、道端で偶然逢った友人たちが、蔦の塔のあの方のことを
教えてくれたのです。今も変わらずあの方は塔にいて、訪れる客人たちを
もてなしていると。信じられなかった」
 客人が出会ったというその男たちなら知っている。
つい先日にも塔を訪れて、蔦の塔に連泊し、病の人の接待に深い満足を得て
帰った常連たちだ。
「お可哀想に、あの方は、まだそのようなことに従事されているのか」
 外国帰りの男は深く憂いてみせた。ぼくは言った。
「しかしそれも、ここ数年はかなりましになりましたよ」
 女の病弱を理由にして、父が管理人としての権限で客を大幅に
断るようになったのだ。現在、館を訪れるのは父が断りきれぬほどの
高い身分のものか、または父と旧知の者に限られていた。
 どれほど大金を積まれても、父は、それだけでは首を縦には振らなかった。

『あの方は、もともと丈夫ではないのです。その為に、修道院に入れられて
いたほどです。国王への償いを滞りなく続けさせる為にも、長もちさせて
生かすことを最優先にしなければなりません』
 
 そこで、客人はぼくに訊ねた。
「国王さまは、よくお越しになるのかね?」
「廷臣をお連れになり、月に一度、おしのびでお見えになります」
 でっぷりと太った現国王は、囚われの病の人を膝にのせ、その白い肌を舐めまわし、
腰に跨らせては、「情けをかけてやろうぞ」、あの人を揺さぶり、あの人の中に精を吐く。
風呂桶の中であの人が溺れそうになるほどはげしく後ろから突いたり、廷臣たちに
あの人を与え、輪姦される様子を眺めながら、脂っこい肉料理を口にする。
「父の話では、国王さまの苛み方は、先代の王によく似ているそうです。
王がお帰りになった後、あの方はしばらく使いものになりません」
「先代の御世、あの方がこの蔦の塔に閉ざされる日、わたしはそれに立ち会ったのだよ」
 感慨深げに、客人は回想した。
蔦の塔の中の客間で、まずは旅帰りの客人に寛いでもらい、ぼくは彼から
その話をきいた。
 久しぶりのこの国の茶の香りを味わって、客人は目をほそめた。
「七年前のことだ。都に到着し、馬車から降ろされたあの方は怯えきっていた。
その清楚なご様子ときたら、この世にこれほどに清らかな女がいるのかと目が
離せなかったものだった。父上から聞いたかな、あの方は、王族の方なのだよ。
外国へ亡命した先王の兄の愛人が現地で生んだ娘で、この国の王への贖罪の
しるしとして差し出された、生贄なのだ」
 先代の御世、王位争奪の内乱が起こり、兄王子は弟王子に追われて外国に亡命した。
 兄王子は亡命地で叛旗を翻すも、戦いは敗北。弟である王は、二度と逆らわぬという
確約の印を兄に求めた。
 王はまず、兄と、兄王子直系の男子の首をことごとく刎ねた。さらに好色で
残忍だった先王は、兄王子に味方した一帯の国主に対して、生きた賠償を求めた。
 王への詫びの品として選ばれ、差し出されたのは、兄王子が外国で女に生ませた
ひとりの若く美しい姫だった。
 叛乱の償いと、今後二度と逆らわぬという絶対服従の証として、姫君はこの国に
引き渡された。姫は、この国の王と男たちに逆らうことは許されなかった。
もし逆らえば、王はかの地へ侵略を開始し、無辜の民がその罪を負うからだ。
 客人は首を振った。
「つまり、その姫君は、侵略される領土の代わりに屈辱を受け、蹂躙されるべき、
代替品なのだ。あの華奢な方ひとりに、それがかかっているのだ。おいたわしいことだ」
 ぼくはそ知らぬ顔で、視線を窓に向ける。
 どれほど不憫がろうが、この塔を訪れる男たちが心の底で求めるものを、ぼくほど
知っている者がいるだろうか。
 この館はぼくの先祖が河べりの崖の上に築いたものだ。
橋と河から通行税を取りながら増築を重ね、幾多の内乱にも戦争にもびくともしなかった
要塞のような造りになっている。そのせいか美観的な配慮に欠け、蔦のからまるこの
古塔の窓から見えるものといえば、相変わらずの陰気な空と河ばかりだった。
「あの方のもとへご案内しましょう」
 ぼくは客人を促して、立ち上がった。
「それでは、お元気でおられるのだね」
「弱ってきています」
 ぼくは素っ気無く、正直に教えた。
「薬を与えていますが、控え目にしか調合していません。薬に慣れてしまうと
媚薬や淫剤の効き目が薄れてしまいますから」
「それは大切なことだ。効き目を求めて、より強い処置をしなければならなくなる」
「そのとおりです」
 あまり日の当たらぬ塔に閉じ込められて、長年、過酷な措置を受けてきたせいで、
女は、ますますほっそりと、少女のように頼りなくなっていた。
 もっともその印象は七年の間にぼくの背丈が伸びたせいもあるのだろう。
優美な風采の父とは違い、今ではもうぼくのほうが、父よりも逞しいくらいだ。
 躊躇いがちに、客人はぼくに念をおした。
「あの方は、従順かね」
「この上なく」
 ぼくは客人に答えた。

 病の人は従順だったが、たまに抗うこともあった。
そんな時は仕方なく、ぼくは主義に反して病の人に鞭をふるうこともあった。
 下僕に命じて女のコルセットを外させ、肌の上からもう一度直にドレスを着せて
その上から打つのだが、鞭が風を切ると、男のぼくでもちょっと竦んだ。
打擲を受ける病の人のほそい悲鳴は、そのくらい、痛々しいものだったのだ。
「では、言うことをききますか」
 ぼくはかなり手加減するのだが、それでも、小石が弾けるような音が塔の壁に
響き渡ると、女の身が心配になった。
 抗う女を、大きくなったぼくはもう一人でも御し、押さえつけておくことが出来る。
 ぼくは身をかがめ、女のドレスを脱がせると、その背に痛々しく刻まれている
鞭の痕に接吻し、懲らしめる。
「素直に言うことをきかないからです」
 咽び泣いている女を抱きしめて、続いてぼくが小さな陶器の函を手に取ると、
きまって病の人はびくりと震えておののくのだ。
「ゆるして……」
 この陶器の薬函は、ぼくがまだ子供の頃に、母がくれたものだ。
『これを蔦の塔の病の方に塗っておあげなさい。お父さまや、お客人の皆さまが
よく触ったところに、たっぷりと擦り込んでおあげなさい』
 母の言いつけどおり、はじめて病の人にその軟膏を塗った時、その効果に
驚いて、ぼくは大声で父を呼んだ。
 駆けつけた父と父の友人たちは、ぼくが何を病の人に塗ったのかを知ると、
おもしろそうに笑った。
 父は、ぼくの手にしたものを調べると、ぼくに言い聞かせた。
ぼくは母から、刺繍の針と、薬を預かっていた。

『いいかね、ピンは必ず消毒してから使うのだ。しかしこれは女の肌を傷つけ、
小さな傷でも過度に怖がらせてしまうから、もう使ってはいけない。
こちらの塗り薬は、女の敏感なところをとても熱くさせるものだ。
あまりに気持ちがよくて、ごらん、あのようになってしまう。使う時には、からだを
拘束してから塗って差し上げるのがいい。あのように乱れてしまうと怪我をしたり、
舌を咬んでしまうこともあるからね』

 軟膏がうながす痒みは体温で温められて、次第に疼くような刺戟になる。
痛いまでの痒みは、やがて女の性感帯に噛み付いて、火柱のように女の身を貫き、
粘膜から浸透して、女を芯まで蕩かしてしまう。
 ぼくの見ている前で、客人たちは薬の効果に喘いでいる病の人の膣に
慰めの器具をはめ込み、薬の効果の強さのほどを、女のなき声の強さでぼくに
教えてくれた。
 鞭の刑罰が終わった後、ぼくはくだんのその軟膏を病の人に与えるのが常だった。
「大丈夫ですよ」
 ふるえている女の乳首の先にも塗り薬をすり込んでやる。
「昔のように放置はしません。あの時『両手を縛って』とぼくに頼んだのを、貴女は
覚えていますか。可愛い人だ。ご自分で自慰をしてしまうのが怖かったの?」
 病の人は、泣き濡れながらぼくにしがみついて、細眉を寄せている。
触れるか触れないかの愛撫を繰り返すうちに、ぼくの膝の上で、やがて
美しい女は腰や尻をねじらせて、切ない吐息をつきはじめる。
 十八歳になったぼくは自分の力でこの人を慰めてやれるが、それはしないのだ。
足首に絡んだ女のドレスが絹ずれの音を立てて床に落ち、女の頬には、その身の
奥がどれほど湿りはじめているかを承知している羞恥の色がのぼっている。
 ぼくは女の髪を撫でて、これ以上はないというほどに固くなってしまった彼女の
乳首を弄り、淫具をちらつかせながら、抱きしめて囁く。いやらしい格好をしてみて。
そうすれば、疼くところを楽にしてあげるからと。
 

 ぼくは外国帰りの客人を、病の人の部屋、つまり、塔の中の独牢に案内した。
塔の階段をのぼりながら、男はなおも喋った。
「修道院でお過ごしであっただけあって、浮世の汚濁に対してまったく
無防備な方だった。先王の命令で、薄もの一枚の姿にされて引き回され、
男たちの好奇と欲情の視線を浴びている間も、絶え入らんばかりのご様子でね。
眼に涙をいっぱい浮かべて不安そうで、見ていて気の毒でならなかった」
 男の、病の人への最初の記憶がそれならば、その印象はいまもなお、
あの人の上に健在だ。
 好色で残忍だった先王は、連行されてきた乙女を四方から見える牢に入れて、
勝利を祝う宴を開いたのだという。そして、この国に供出されたあの人を最初に穢し、
その処女を奪ったのは、数年前に逝去した、その先王だ。
「あれは、もう七年も前のことだ。とうにお亡くなりになったと思っていた。
それでは君のお父上は、たいそう彼女を大切に扱っておられるのだね。
あのように弱々しい方が『雄鹿の館』の娼婦たちのように扱われては堪るまい、
すぐに散るはかなき花かと思われたが」
 病の人はドレスをまとい、一幅の絵画のようにして、窓際の椅子にかけていた。
いつものように、ぼくは病の人のその肩にそっと手をかけて言い聞かせた。
「こちらは、外国からわざわざおいで下さった方です。父はいませんが、ぼくが
立ち会います。いつものように、心をこめてもてなして下さい。何を命じられても
従うのです」
 おそるおそる客人の顔を見た病の人は、目をみひらいた。
「あなたは……」
「憶えて下さっていたとは、感激至極」
 客は病の人の足許に膝をつき、鉄枷がついたその小さな足に、異国の女王に
そうするような接吻をうやうやしく捧げた。
「七年前この国に差し出された貴女さまを先王に献上するにあたり、お身体に
隠しているものがないか、処女であられるか否か検分したのは、このわたくしと、
この方の父君であられるこの館の主の、わたくしたち二人でした。あの折のことは
ひと時も忘れたことはございません」
 男は病の人の手をとった。
 病の人は、ドレスに包み隠したその膝をきっちり合わせて、男の言葉に耐えていた。
わななく女の唇からは、色がうせていた。
「外国に渡ってからも、幾度となくあの夜の貴女の可憐だったことを思い出し、どれほど
夜の閨の中にその面影を慕わしく追ってきたことでしょう。これほどにお変わりないとは」
 外国帰りの男は、病の人の怯えた顔や、その肢体をドレスごしに凝視した。
「再会できて本当に嬉しく思います」
 男は病の人の白い手を撫でさすらんばかりにして握り締め、離さなかった。

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