ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。



蔦の塔



■六.

 父の葬儀に、病の人は参列を許されなかった。
蔦の塔に監禁された女は、男たちの訪れを待つためにそこで
生かされているのであり、その他のことは、何ひとつ、許されなかった。
 父の死を病の人に告げたのは、ぼくの母だった。
西と東の棟に分かれて暮らし、平生はまったく行き来のなかった夫婦であった。
父の死の間際になって、母は父の寝所に現れた。
 何日も食事が喉を通らぬ重篤にあっても、父は、気品と美貌をとどめていた。
訪れた妻に、枕に頭をつけたまま父は丁重に礼をして、見舞いの礼を述べたが、
母の方を見てはいなかった。
 母は、そんな父を、じっと凝視した。
それから毎日、母は父の見舞いに現れた。
まるで父を苦しめるために、父に不愉快を味あわせ、負担を負わせるため
だけに、母はそうしているかのようだった。
 「わたしはこの方の妻です。夫を看病するのは当然でしょう」
 母は、父の傍に付きっ切りであった。
その顔にもからだつきにも、精神にも、女らしい美や美徳の一点も
持ち合わせていない女は、老いてもやはり、醜悪なだけだった。
何とはなしに、母がいる時だけは、父の病室の風が重苦しくよどんで
穢れてしまうような気がするほどであった。
 息子のぼくですら、そう思うのである。父にとって、それはどれほどの
不快であったろう。
 母は、父よりもずっと年上だというだけでなく、凝り固まった怨み深いものを
いつもその腹の底でぐつぐつと燃やしているような陰湿な性格であり、その
内面の醜さが、そのまま顔かたちに表れているような女であった。
 洒脱で、軽やかに遊戯を愉しむ上品な父と、男のような手をした肩幅のひろい
この女が夫婦であったとは、いかなる運命のいたずらだろう。
 父はとても賢い男であったと思う。
ひとめ見て、母を愛することはないと決めてしまうと、二度と母を振り返ることは
なかったのも、歪んだ黒いものを、母の中に見たからなのだ。
 
 しかし、そんな父も、病床にあっては何もできなかった。
医師の診察の際にも母はぴったりと寝所に張り付いて、父を見つめていた。

 いよいよ危篤となった時にも、母はそこにいた。
父の上に覆いかぶさらんばかりにして、母はその醜い顔を父の顔の前に
突き出していた。まるで、お前が黄泉路に持っていくのはこのわたしの
顔なのですよ、とでも言いたげであった。
 外は嵐で、風が強く、どうかすると隙間風に蝋燭の灯がゆらめいた。
 夜半すぎ、苦しい息の中から、父が、寝台を挟んで母の反対側にいる
ぼくを見た。遣る瀬無さそうに微笑んだ、あの時の父の笑顔ほど、美しい男の
笑顔をぼくは知らない。ぼくは今すぐにでも蔦の塔にとんで行って、鍵を開け、
病の人の足枷を外してあの人の手をとり、此処に連れて来てやりたかった。
誰よりも愛する男の臨終に、間に合わせてやりたかった。父の望みを叶えて
やりたかった。
 蔦の塔は、父の病室の窓からも見えていた。そして、病の人は父の病気を
知らされてはいなかった。
 「父上」
 しかし、聡明な父は、母のいる前でそれを口にすることはなかった。
父は夢をみるような顔をして、にごった意識の中、塔の中にいる美しい女の
面影だけを追っていた。
「ご臨終です」
 父は最期に、小さく、女の名を呼んだ。それは、病の人の名だった。
二人きりの時、おそらく父は、彼女をその名で呼んでいたのだろう。
この国に連行された時に奪われてしまった女の名を囁きながら、あの人を、
愛したのだろう。
 父の死に顔は、安らかだった。
誰からも愛された父の死に、使用人たちが泣き出した。
 それを見届けると、母は立ち上がり、一度寝所を出て行ってから、また
戻ってきた。
 母は医師とぼくの前で、その封書を開いた。
 この世に地獄があるとしたら、それからの蔦の塔が、それだった。
父の死亡が医師に確認されたその夜、父の遺言書が開封された。
 ぼくは目を疑った。
父からぼくに譲渡されるはずであった蔦の塔の一切の管理権。
その名義は、いつの間にか、母の名に書き換えられていたのだ。


 突然、蔦の塔を訪れた見知らぬ婦人の姿に、病の人はひどく驚いた。
ほっそりと華奢な、若い女の美しさを、母はじろりと見つめた。
感性の乏しい人間特有の無感動をもって、母は憎悪のままに、病の人の
顔を睨みつけた。
 母はつけつけと、病の人に、父の死を告げた。
「いい部屋だこと」
 憎々しげに、母は塔の中の女の室を見回した。
そこには、男たちが女に贈った品々の中から、趣味のよいぼくの父が
特に選別した、洗練された家具調度品が揃っていた。
「これからは、このようなものも要らないね。足繁くこの塔にお通いであった
わが君がお亡くなりになったのですから。貴女も、今夜からはもともとの待遇に
お下がりになるべきでしょう」
 蔦の塔には、地下牢があった。
母は下男を呼びつけると、ただちに、病の人をその室から追い出した。
父と愛をはぐくんできた寝台や、想い出深い品々のなに一つとして、病の人は
持ち出すことも、触れることも許されなかった。
 女の足枷の鍵は、母が握っていた。今まで父がやさしく扱ってきた足枷の
鎖を、母は力任せに引っ張った。病の人が転んだ。
「足が弱い方のようね」
 母は鎖を引いて、冷酷にも、病の人を床に引きずりまわした。
「まるで犬のよう。首輪を作ってやらなければ」
 小卓の上には、七年の間、病の人が父に見せるためだけに糸と針で
描いてきた、たくさんの繊細な美しい刺繍が、籠に入れてしまわれていた。
 母はつかつかとそれに寄ると、布束を掴み取り、片端から両手で引き千切って、
籠の中身を全て暖炉に投げ入れた。刺繍道具も、一つ残らず、そうされた。
病の人が長い時間をかけてひと針ひと針、想いをこめて作ってきたものは
すべて燃え上がり、灰になった。
 まだ床に倒れたままの病の人に、母はひややかに命じた。
「そのドレスも脱ぐのです。娼婦には、もっと相応しい格好がある」
「お待ち下さい」
 たまらず、ぼくは割って入った。
「母上。父上がお亡くなりになったばかりだというのに、その夜に、この騒ぎは
何ごとです。この方は国王からお預かりしている方です。母上とはいえ
勝手はなりません」
「この蔦の塔の管理人はわたしです。これからは、わたしがこの女の主です。
騒いでいるのはお前のほうではありませんか。お前は今後、この塔に
近づいてはなりません」
「母上!」
「よいですね」
 母が手を叩くと、母の下男がぼくに襲い掛かり、ぼくを捕え、塔の外へと
引きずっていった。階段を引きずりおろされながら、ぼくは叫んだ。
「母上、母上」
 そのぼくの耳に、ようやく事態をのみ込んだらしい、病の人のうろたえた
声が聴こえてきた。そのあまりにも無防備な弱々しさに、ぼくは男たちの手を
振りほどき、階段を駆け上がった。
「はなせ!」
「奥方さまのご指示です。お通しできません」
「あの方は、何処です。あの方に何があったのです」
「言ったとおりです。わたしの夫は死んだのです」
「うそです。うそです」
「嘘なものですか」
 勝ち誇った女の、とげとげしい哄笑が塔の中に響き渡った。
「安心おし」
  積年の怨みと嫉妬と屈辱を叩き付けるようにして、母は病の人に指を
突きつけた。
「これからも変わりなく、この塔の中で、お前を飼ってやります。
ちゃんと知っているのだよ、お前がこの塔の中で、どのようにお愉しみだったか。
わたしの夫を誘惑し、その奉仕に手加減をしてもらっていたことも、何もかも
知っているのだよ。思い上がったお前の身に、これから、これ以上はないというほどの
処罰を与えてやるのだ。七年の間甘やかされてきたその身に、正当な懲罰を
加えてやるのだ。お前はその為にこの国に連れて来られた女ではありませんか。
もちろん、亡き夫がそうしていたように、わたしがそれに立ち会います。
今日からお前の主はこのわたしなのだ。分かったね。分かったら、返事をおし」
 まだ何が起こったのかよく分からずに放心している無力な病の人の、その
哀しげなやさしい顔、そのふるえている唇に目を据えて、母は鞭を振り上げた。
「分かりましたと言わないか、この淫売のくずが!」
「アッ」
 鞭打たれた女が床に倒れた。母は病の人の髪を引っつかんで引き起こすと、
手にした鞭をふるい、病の人を続けざまに狙って打った。
「アッ、アッ」
 病の人の身が床の上ではねた。鞭打ちながら、母は語気するどく吐き棄てた。
「なるほど、花のように美しい方だこと。わが夫が誘惑されたのも無理はない。
本性は根性の悪い淫売のくせして、よく化けたものだね」
 母は靴先で病の人の肩や背中を蹴りつけた。病の人は壁の方にまで
蹴りとばされた。
「か弱いふりなぞして、そうやって、そんな手管でお前はたくさんの男をその身に
咥え込んだのだろう。毎日毎晩、夫や、男たちに可愛がられていたのだろう。
身の程知らずめ、これからは卑しい女に似合いの扱いをしてやる。
お前の淫芸を見物しに、多くの男たちがこの塔を訪れるのだ」
 母の上唇はまくりあがった。もとが醜いだけに、見られた顔ではなかった。
「どうしたのだい、そんなに怯えて。そんなに調教が楽しみなのかい」
 母は笑った。
「そのためには、よい調教師がいる。わたしはちゃんと用意してあるのだ」
 頭に浮かんだその名は、ぼくにとっては絶望と同義だった。『公爵』のことだ。
「何をぐずぐずしているのです、この女を地下室に連れておいき」
 鋭い命令がとんだ。
「あとからすぐにわたしも様子を見に行きます。今宵は哀しくて眠れないだろうから、
たっぷり慰めて差し上げなければ。ここにある、このいやらしい道具も、全て
地下室に運ぶのだ。そうそう、明日にも鍛冶屋を呼びなさい。手枷と首輪が要る」
「母上ッ」
 塔の外に追い出されたぼくは叫びながら鉄の扉を叩いた。母の下男たちに
よって犬のように追い払われてしまったぼくには、なす術もなかった。
最後に見た病の人は、ドレスを引き下ろされ、下着姿にされているところだった。
「母上、母上!」
 ぼくは閉ざされた扉を叩いた。黒々とした蔦の塔は、その鉄扉を閉めたまま、もう
何もぼくには応えなかった。


 父の葬儀は、大勢の弔問客と共に、つつがなく終わった。
その合間にも、夕方になると母は喪服のまま、蔦の塔を訪れた。
葬儀の参列者の中からも、母に何事かを耳打ちされて、それに続く者がいた。
彼らはすべて、父が断固として塔には入れなかった類の男たちであった。
 蔦の塔に入っていった母と男たちは、深夜になっても出てこなかった。
ぼくは父の死と、蔦の塔の所有権を失ったことへの衝撃からまだ立ち直れて
おらず、昨日に引き続いて、気も狂わんばかりに塔の周囲をうろつきまわっていた。
 不意に悲鳴が聴こえた。
ぼくはあたりを見回した。それは、地の底から聴こえてきた。
塔の地下室の通風孔だ。
 それは塔の円周に沿った、建築の際に放置された石垣の近くだった。
ぼくはそこへ駆け寄り、夜露に濡れた草地に寝そべって、鉄格子に顔を押し付けた。
鉄格子の合間から、塔の地下室の様子が見渡せた。目が慣れるまでの間は
暗い溝を吹き抜ける風の音がするばかりで何も見えなかったが、根気よく
続けていると、次第に松明の明かりと物の区別がはっきりと見えてきた。
 また悲鳴が届いた。病の人のものだと分かった。母の哄笑がそれにかぶさった。
 大声を上げている母の声が聞き取れた。
 鉄格子から見下ろしている塔の地下室に、女のはだかが白く浮き上がった。
病の人は男たちに抑え込まれ、その尻に張型責めを受けているところだった。
「みなさま、お楽しみでしょうか?」
「奥方さまのおかげにて」
 男たちが病の人を犯していた。
「どうしたのだい、もっともっと踊ってみせてごらん、もっと舌を使い、腰を振って
みせるのだ。ここにお集まり下さっているのは、わが君の葬儀に出てくれた
方々なのだよ。もっと奉仕してお礼を言いなさい」
 母が呼び込んだ男たちは、喜悦に顔をゆがめ、病の人を性具や自身の
その肉棒で散々に責め抜いていた。
 床に崩れ落ちた女の髪を掴んで、母は男たちの方へと病の人を押しやった。
「何をしているのだい。さあ、おしゃぶりのご奉仕を続けるのです」
 病の人の悲鳴は切れ切れで、しかもいつもとは様子がかなり違っていた。
まるで強い麻酔を打たれたかのように、ふらふらとして、視線も虚ろだった。
ぼくの疑問に答えるようにして、母はうつ伏せにさせた病の人の肛門に
漏斗を突き立てた。別の男が何かの液体と水を混ぜたものを持ってくると、
琥珀色のその液体をそこに注ぎ込んだ。
 酒だ。酔いがはやく回るように、大量の水で薄めた酒を、ああやって直腸に
直接流しているのだ。
「もっと酔わせてやって下さいませ。葬儀にも出れず、悲しんでおられましたから」
 勝ち誇って母は笑った。
陰門からだけでなく、男たちは酒瓶からも直接、病の人の唇に飲ませた。
こぼれた酒が女の乳房の上を長虫のように這い、乳首の先から滴り落ちていった。
「おや、たくさんいただきすぎて姫君はお腹が冷えたようだ」
 男たちは左右から病の人の両膝を抱えあげると、まるで大勢の観客が前に
いるかのように、病の人の尿口あたりがよく見えるように抱え上げた。
「お姫さまのご不浄のお時間でございます」
「そのまま股を拡げさせておいて下さいな。よく出るように、鞭でつついて
差し上げますから」
 母は本当にそうした。
敏感なところを下からつつかれた女が淫唇をひくつかせた。
眉ねを寄せて病の人は喘ぎ、彼らに嬲られるまま放尿した。母と客人たちは
それを見てげらげらと笑った。母はますます鞭の先で病の人の陰部をつついた。
「お姫さまの大また開き、放尿の芸でございます」
「この女、小水をたれ流しながら、よがって悶えているわ」
 美しい女をいたぶる母は、残忍な笑みを浮かべていた。
「さ、もっとはしたないものを垂れ流してみせるのだ。お前がどれほど淫乱な
女なのか、皆さまにご覧いただくのだ」
 女の股間から、水滴が落ちた。
「酒浣腸の効果がそろそろ出る頃ですわ。後ろ向きにさせて下さいませ」
 ぼくは気狂いのように、草を引きむしり、地を叩いた。くぐもったその音も
母や男たちの笑い声に潰されるようにして、消えていった。

>次頁へ>目次へ>topへ戻る

Copyright(c) 2009 Asabuki all rights reserved. inserted by FC2 system