ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。



蔦の塔



■九.


 忘れてしまうに限るよ、と友人たちは声を揃えてぼくに言った。
そこは娼館の浴場で、熾された火からもうもうたる湯気が立ち、噴出す汗が
垢と疲れを癒してくれる。
 まだ少女のような小柄な娼婦を膝の上に乗せた友人が、少女の胸に伝う
汗を唇で吸いながら、「忘れてしまえよ」と、もう一度ぼくに言った。
「そりゃ、あの方は素晴らしいさ。夢の女だ。男が一生に一度はと思う悦びを
くれる人だ。ゆるされるならば、ご挨拶に日参したかったほどだ」
「それ、どこの家の女の人のこと?」
 甘たるい声で少女が男の首に腕をまわしながら甘えて訊ねた。
「お前の知らない人のことだよ」
「ねえ、どんな人なの」
「男に仕えるために、閉じ込められているのさ」
 友人は少女の小さな乳首を指ではじいた。
 その隣では、色っぽい女が別の友人に豊かな乳房をもまれていた。
換気の風が流れているとはいえ、熱い汗が流れ落ちる。
「何の話なのか、教えては下さらないの?」
 女は熱気に潤んだ目をして当てにかかった。
「せめてどこの娼家の女なのかだけでも。いいえ、どうやらその方、蔦の塔の方」
「その方のことなら知ってるわ!」
 男の膝の上で、少女娼婦がまるい尻をくねらせた。その口もとには、意地悪
そうな笑みが浮かんでいた。
「蔦の塔の没落したお姫さまでしょ。とっても淫らな方なのでしょ。
うちのおかみさんが、ぜひうちの家ではたらかせたいって言ってたわ」
 色っぽいほうが続きを引き取った。
「この娼家に通って来られる貴族の方の中には、蔦の塔のあの方をお見舞いに
訪れたことのある方も少なくないのですわ。その方々が口を揃えて褒めるのですもの、
女たちの間ではその噂を知らない者はおりませんわ。どんな破廉恥なことにも
従事するいやらしい性奴隷だとか、あ、だめ」
 男の手で敏感なところを抓まれて、女は乳房を揺らして身をよじった。
「あの方はお前たちよりも何倍も、おしとやかな淑女だぞ」
「そんなにおっぱいを揉まないで下さいな。……その蔦の塔の方、お客さまを
お迎えする時は膝をついて殿方のあそこに接吻するというじゃありませんの。
分娩台の上で何度も気絶するまでいってしまうというじゃありませんの。
性病検査もお客さまたちの手で行われ、拡張器具を嵌められるとお汁をたらして
お礼を言うとか、そう聞きましたわよ。きっと生まれつきの淫乱女、あん」
「この家の女はおしゃべりだな。躾が悪いのか」
「そんな」
「しばらく、この娼館にでも泊まって、気晴らししろよ」
 片方の友人は少女の股間に指を這わせながら、ぼくに勧めた。
少女の指は男のものを握り締め、いそがしく上下させている。
「値は数段張るが、『雄鹿の館』もいいぞ。あの館の女なら調教されているし、
何をしてもお咎めなしだ。新人の女を一から仕込みたいなら調教権を買えばいい。
すっかり公爵たちのおもちゃになっている、頭のおかしくなったあの人のことなど
これを機会に、もう忘れてしまえよ」
「その館、どこにあるの?」
「ここ」
 男の指責めを受けて、少女がかん高い嬌声を上げた。
 ぼくは口淫をさせている女の頭に手をおきながら、天井の水滴をぼんやりと
見上げていた。頭の中にまで白い湯気が詰まっていた。友人たちのどんな
勧めも助言も、ぼくには無意味だった。湯気はゆるりと熱く脳内でほどけては
そこに病の人の姿を繰り返し描き、手の届かないものとなってしまったあの人を
ぼくに惜しませ、悲しませた。
 病の人を診ている医師は、ぼくに或るものを渡してくれた。
 それは、母の持っている蔦の塔の鍵束にこっそりと粘土を押し付け、その型を
もとにして鍛冶屋に作らせた、蔦の塔の合鍵だった。
 医師に懇願して、ぼくはようやくそれを手に入れた。
「あの方のお命は、もうながいことはありますまい」
 ぼくはその鍵を握り締めて、塔の地下室を覗きに通う。病の人がもはや
ぼくの知る、父を一途に愛し、愛されていたあの病の人ではなく、たとえぼくを
見ても、もうぼくのことが誰だか分からなくなっている、そのことをはっきりと
思い知らされながら、ただ会いたい、見届けたいという一心で。


 全身が快楽に浸され、過敏になっている時の女体にこそ調教は効果が
あるというのが、公爵の持論だった。だから、公爵が病の人への調教を
開始するのは、いつも、客人が帰った直後だった。
 ぼくは相変わらず、通風孔から地下牢を覗いていた。
 はだかで台の上に横たえられた病の人は、地下牢を見下ろす窓から
盗み見ているぼくの目には、聖女の絵のようだ。
 公爵は下僕を指示して、病の人の両足首を鉄の棒に繋がせると、その棒を
病の人の頭の上のほうへと傾け、調教台の左右の柱に固定した。そうすると
両脚の間に顔が挟まれるような二つ折の苦しい体位となる。
 病の人が、弱々しく息をついた。
天井を向いてむき出しとなった女の溝に、公爵はねじを回すようにして
淫具を埋めた。それは肛門拡張器具だった。
「気持ちがよさそうだな」
 すでに快感に蕩けきった女体にそれは、残酷なまでの刺戟だった。
病の人は喉をのけぞらせた。
「淫汁が糸を引いて、そなたのここから零れておるぞ」
 足の裏をふるわせて、持ち上げられた両脚の間に挟まれた病の人のきれいな
顔が苦しげに喘いだ。公爵の手による辱めはいっそうきつくなる。
肛門に嵌めた拡張器具のねじが回され、しだいに円形が大きくなってゆくのに
合わせ、異物によって尻の穴を開かれてゆく女が呻きだした。
「相変わらず、ここは嫌か」
 公爵は笑いを洩らした。
「動くと怪我をするぞ。淫汁を零しておるところを見ると、すっかり苛まれて
悦ぶことを覚えたな。ひとつ、芸を仕込んでやろう」
 公爵は長い蝋燭を取り出した。
「王や王の廷臣たちの前で、この芸をご披露するのだ。言ってみよ。
『女体ろうそくでございます』とな。調教に手をかけてやっているのだ、
倒れぬように、奥までしっかり咥えるのだ。その調子、その調子」
 公爵は女の肛門に挿した蝋燭に火をつけた。それはとても残酷で、美しい
見世物だった。
 腰から深く身を折り曲げられ、肛門に立てられた蝋燭に火を灯された
女の姿は、尊厳の一切を剥奪された物体としてのあやしいまでの美に満ちていた。
それは、その悲哀の極みの顔かたちごと、永遠にそのまま固めておきたいような、
女体拷問火刑図だった。

 その『女体ろうそく』の芸は、王をおおいに興がらせた。
それ以後、王が蔦の塔におなりの際には、かならずそれを所望されるほどに
好評であった。
それには必ず、芯の長い低温蝋燭が使われた。そうしないと、蝋が冷える前に
熱い蝋が垂れ落ちてしまい、女の肛門の周囲に火傷を負わせてしまうからだ。
 蝋燭の焔の陰影は、病の人の白い肌に、夕暮れのような美を与えていた。
 母だけは、食卓に載せられて苦しく恥ずかしい体位にさせられている病の人の
股間に揺れる蝋燭の火を、客人たちのように喜びはしなかった。
病の人が苦しみに喘ぐたびに、尻に突き刺さった蝋燭が傾き、蝋が流れるのを
小さな細い目で睨みつけていた。
 王の命令により、病の人から蝋燭が外された。
王は身をかがめると、
「ここにも蝋がこびりついている。取って差し上げよう」
 指でしつこく陰部の溝を弄くって、ついてもいない蝋を取るふりをしながら、
病の人に芸の褒美をあたえるのだった。
 塔の宴の主役は、苛まれている病の人だった。その他の誰でもあり得なかった。
たとえここに百人の美女がいたとしても、その者たちがいかに病の人を軽蔑し、
憐れもうとも、蔦の塔の王妃の冠は、病の人の上にあった。
 肛門へのご褒美には、『芋虫』が使われることもあった。
「蝋の効果で滑るかと思ったが、なかなか、入らないね」
「潤滑油を足しましょう」
 塔に集う男たちは病の人だけに興味を持ち、病の人の淫声だけを聞きたがった。
『芋虫』は王の手で、ゆっくりと病の人の中に押し込まれた。大勢が見守る中、大小の
玉を連ねた淫具は時折、窮屈な軋みを立てながら、女の肛門に埋め込まれていった。
「これでは抜く時に大変だね」
 ぐいぐいと押し込みながら、王は眉ねを寄せた。
「公爵、これはきついよ。出血しそうだし、姫が苦しそうだ」
「では次回までには、肛門をもう少し拡張しておきましょう」
「そうしてくれ。入り口が切れたら大変なことになる。こんなにも悲鳴を上げられたのでは
お可哀想だし、使い物にならないよ」
 そう言いながらも王の手は休むことなく、『芋虫』を出し入れさせていた。王の後には
それを試してみんとする男たちが続いた。
「めんどりの芸も仕込んでみましょう。卵型の淫具を入れて、産ませるのです」
「この方は、幾つ産むことが出来るかな」
「王のご調教しだいでございます」
 そうやって可愛がられている病の人を見る母の目は憎悪に凍りついていた。
母のような女にとっては、目をつけた同性をいたぶり、辱しめることが絶頂快楽なので
あったから、見かたによっては嗤ってすらいるようにも見える、凄まじいまでの
執着でもって、はあはあと喘ぎながら、股間をその不潔なもので濡らし、病の人を
いつまでも監視し、鞭を手にじっと見つめ続けているのであった。


 父が死んでからというもの、もはや塔の客人が選別されることはなくなった。
宮廷貴族たちはひっきりなしに病の人の征服に訪れては、その話をおおっぴらに
吹聴していた。美しい病の人へあれをさせた、これをさせたという艶話は、
娼館の浴場で娼婦たちの口からぼくが聴いた噂のように、彼らの武勇伝として
一種の流行にすらなっていた。
 娼婦たちとは違い、病の人が本物の姫君であること、そしてその哀れさと無力さが、
異様なまでに男たちの劣情と昂奮を刺戟し、それは女たちにとっても同様の効果を
もたらすようだった。
 奢侈風俗の糜爛を反映した貴族のサロンのあちこちで、女たちは興味なさそうな
上品なふりをしてみせながらも、快楽に貪欲な目をして、病の人の話を男たちの
口から訊きたがった。
「それで、お姫さまは新しい淫具を気に入られたのね」
「そりゃあもう。我々が与えるものへ身をこすりつけて泣いておられましたよ。
犬のように床に這って、お尻を振りたててね」
「ま、いやらしい」
「『おあずけ』が出るまで、腰の動きを止めることは赦されてはおりませんからね」
「何でも言うことをきくそうですわね。では、こんなことや、あんなことも」
「やらせます」
「気の毒な美しい方に、それは残酷な仕打ちではなくって。痛々しいわ」
「あら、どうせその方、悦んでおられるわよ。ねえ?」
「ええ、あそこをびしょ濡れにして。放尿の芸も巧くなりましたよ」
「まあいやだ。ほほほ」
「おもらしの芸まで習得されましたのね、ほほほ」
「国王陛下も、蔦の塔で飼われているその方には夢中でいらっしゃるものね。
哀しそうなお顔のその方に、おしゃぶりをさせるのがいいのだとか言って」
「王さまと公爵さまはお姫さまの白磁の肌を惜しんで、鞭打ちを禁止させたとか」
 皮肉なことに、病の人にあれこれと試し、あの人を性玩具にしている男たちの
存在が、病の人を母の魔の手からまもっていた。王の寵が病の人の上に
ある限りは、誰にも、母にも、病の人に危害を加えることは出来ないのだ。
 たとえ言葉を失くし、父の死により心が壊れてしまった病の人が、もう半分以上
生きた人形になっているのだとしても、病の人は大切に命をつながれていた。
王が来賓される時には、公爵の仕込んだ芸を披露することで、王とその廷臣
たちの関心を繋ぎとめていた。
「妖精みたいなものですよ。人間の檻に入れられた哀れな妖精。どうせあの方は
一生あの塔で過ごすのです。お若いうち幽閉されたのでこの世の愉しみを何も
ご存知ない方なのです。せめてたんと可愛がってやるのが情けというものだ」
「そうですわねえ」
「情け深い殿方たちに日夜可愛がられて、その方も嬉しいことでしょうねえ」
「公爵の発案による、新しい道具も増えたことです。ますます通うのが楽しみだ」
「痛がりませんの、そんなに酷使して」
「生まれつきの淫乱にはそれが嬉しいのでしょ」
 サロンに陰湿な笑いが満ちた。
 ぼくは何食わぬ顔で、出来る限りそういった場に顔を出していた。
もう病の人には関心はないというふりをしながら、聞き耳を立てていた。
男たちの口から語られる病の人の悲惨にも、女たちの好奇と侮蔑の笑いにも
ぼくはたじろがなかった。ひとことでもいい、あの人の消息が知れるのならば。

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