ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

聖地の寡婦
■第十夜


 エウニケの最初の夫は、聖都の政務を司る下院議員だった。
 顔かたちも平凡な、議員というよりはむしろ田舎農夫のような様子であった夫と、
秘蔵の箱入り娘ながらその美貌は音にきこえていたエウニケが並んだ様子は、
いくら家同士の婚姻とはいえ、月の女神とその下僕の火山岩などと称されたものだ。
 宝の持ち腐れだの、美女と野獣だの、散々言われたその結婚生活は、
婚儀の翌日から、すでに十年来そうであったかのような落ち着いたものになった。
 両親の家から夫の家へと移ったエウニケには生家と変わりない十分な召使が
与えられ、何をしていても良かった。
 夫婦が顔を合わすのは、朝と夜の食事の折だけ。
 十歳年上の夫は、エウニケに対して礼儀ただしかった。
「もともと寡黙な方なのです。エウニケさまには何の不満もあろうはずがありません」
「家同士の結婚とは、こういうものですわ」
 女たちからそう言われても、若いエウニケには不可解だった。
 或る夜、夫を待ち構えてきいてみた。
「わたくしたちは、花冠をかぶり、婚姻届を出した仲ですわ」
「そうだね」と夫は突如自室に現れたエウニケに驚きながら、短く答えた。
「それなら、もっと仲良くしたいですわ」
「エウニケ」
 夫が暗い顔で一通の書面を出してきた。
それはエウニケの実家の破産と、名誉剥奪、聖都からの退去を通達するものであった。
日付は彼らが挙式をあげた一ヶ月後となっていた。
 泣き崩れるエウニケに夫は告げた。これをいつ伝えたものかどうか迷っていた。
しかしお前はもうわたしの妻なのだから、何ひとつ心配しなくてもよい。
 聖地においても帝国においても、貴人同士の結婚は一にも二にも、財産契約を意味する。
妻の実家が破産すれば、夫には何の見返りも入らない。だからこの人はわたくしに
夫らしいことをしてくれなかったのかと、エウニケは愕然となった。
「いつ。あなたがわたくしの家の傾きを知ったのは、いつ頃なのです」
「最初から知っていた。お前の家は事情を明かして婚約を取りやめようとしたが、
わたしはそれでもいいと云ったのだ。その時にはお前の顔も知らなかったが。不憫で」
 エウニケが泣き止むまで、夫は黙って待っていた。それから近くに来て、ぎこちなく、
ようやくエウニケを抱き寄せた。
 翌日からエウニケはそんな夫のことをいつも想うようになった。
 仕事に打ち込んでいるその背中や、他の者たちのように遊興にふけることもなく、
日が暮れればまっすぐに帰ってくる、あまり表情の動かない、不器用な、けれど誰よりも
愛情深く誠実な夫のことを。
 短い結婚生活だった。夫婦らしい思い出はほとんどない。
 檸檬の木がつくる涼しい木陰の下に坐り、エウニケが簡単な編み物をしていると、
その日休暇だった夫がやってきて何も言わずに草に横になり、エウニケの膝に
頭をのせて目を閉じた。
 話しかけようとしたら、もう夫は寝息を立てていた。気持がよさそうに眠っていた。
大きな動物のようだった。
 エウニケは微笑み、また編み物の続きにとりかかった。

 
 この淫売め。
 監獄長官がにやにや笑って見ている中で、ラウラの怒声が飛んだ。
縛られて背中から天井から吊るされたエウニケは、ラウラの殴打に合わせて
拷問室にゆらりと揺れた。
 裸体にかけられた縄は、床の止め具とも繋がっているので、揺れの振幅は
どこかで止まる。膚に食い込む縄目も鞭の勢いを止めてはくれず、引っ張られる
ようにして止まることで、痛みは骨身にまで食い込む仕掛けになっていた。
 ラウラの鞭がエウニケの白い背中を目掛けてとんだ。ラウラの顔は
目をつけた女を執念深くいたぶりぬける歓喜にひき歪み、獲物を攻撃する際の
狂気的な快楽を双眸に宿して股をべったりと濡らし、口もとをにたつかせていた。
 エウニケの体がまた振り子のように揺れ動き、その唇が苦しげな喘ぎを上げた。
 ラウラは正面に回ると、エウニケの胸の先に狙いを定めて、鞭を振り下ろした。
女の痛点が弾かれた。ぴしりと音が立った。、それは連続でエウニケの乳首の上に
ぴしぴしと繰り返された。仁王立ちになった体格のいいラウラと、縛り上げられて
泣きながら身悶えているかよわい女との対比は、まさに地獄の女帝に捕らえられ、
生きながら羽根をもがれようとしている哀れな天女といった様子であった。
 都においてもその手の秘密の淫宴に足しげく顔を出してきた長官はその様子を
おおいに愉しんだ。長官の好みは不細工な女主人が美しい奴隷娘を念入りに
いたぶるといった倒錯的なものであり、その不細工な女主人役として、醜悪なラウラは
うってつけの逸材であった。
「よがり声を上げやがって。こんなものですむと思ってんのかよ」
「これ、ラウラ、そのあたりにしておけ」
 寡婦ラウラが長官の片腕となったのには、ラウラがその方面における天才的な
やり手であったことが大きかったのと、人間らしい心のない者同士、規則や懲罰
といった人を縛り付けるものに人並みはずれた執着をみせ、それを振りかざすことで
人を足蹴にし、公的な支配をふるうことを何よりも好んだからだ。
 彼らは目の前に吊るされている美しい女が苦しみ、泣き声を放つたびに
深い性的充足を覚え、どろりと目を濁らせた。
 監獄に囚われた彼らの生贄は、その白い肌も精緻な作り物のような顔立ちも、
細い腰、すらりとした脚も、切なく喘ぐ時の声も、何もかもが品よく、壊れ物のようだった。
そしてその全てが自分こそが一番と思うラウラにとっては何としても許しがたく、
気に食わないものでもあった。
「奴隷根性を叩き込むには、最初が肝心なんだ」
 ラウラは獄吏に命じてエウニケを床に下ろさせると、新たに用意した
性器責めの道具を取り出した。多種多様の淫具が床の上に転がり出た。
「おいおい、聖地の財宝を吐かせるのが目的なのだぞ」
「それにはまず徹底してエウニケを隷属させることが必要でしょ」
 長官とラウラは怯えきっているエウニケをなおも嬲った。
「立派な性奴隷にしてやるぞ、エウニケ。首輪をつけて総督の前に連れて行ってやる」
 足の裏を合わせて膝が外を向くように拘束したエウニケの下半身を腰から
持ち上げるようにして、長官がエウニケのからだを深く折った。窮屈な姿勢にされた
エウニケが乳房を揺らして苦しく呻いた。天井を向いた女の淫溝をラウラは睨みつけた。
「時間はたっぷりあるんだ。泣き喚かせてやるよ」
 淫唇を指二本で左右に開くなり、ラウラはエウニケの中に淫具をこじ入れた。


 財宝はどこだ。
 財宝の隠し処はどこだ。

 数日経った。尋問は順調に行われた。
「ここに隠してんだろうが。ええ?」
 ラウラが淫具でエウニケの膣をかき回すたびに、エウニケは泣きながら首をふった。
知りません、知りません。
 二穴責めが行われることもあった。
エウニケはこれに弱く、膣と肛門を同時に責め立てられる悪寒に、はじけるような声を
上げてよがり狂った。獄吏たちはエウニケの白い肌に飽きることなく、醜い顔を突き合わせて
四つん這いにさせた女囚に群がり、その肛門と女壺を角度を変えて責め立てた。
「聖地一番の美人寡婦の放尿芸でございます」
 ラウラがげらげら笑う中、集められた監獄の寡婦たちの前で、失禁もさせられた。
「お願いです……」
 冷たい水を大量に呑まされた後で、頼んでも頼んでも不浄桶は渡されず、ようやく
それが許されるのは、寡婦や獄吏たちの前なのだ。
 監獄の中の寡婦たちは薄灰色の粗末な衣を着せられていたが、エウニケにも
同じものがあてがわれていた。その粗布は、かえってエウニケの天性の美貌を
隠しようもなく引き立てた。
 恥じらいのあまり絶え入りそうになりながら桶を跨ぐ美しい女を、獄吏も寡婦も
食い入るような目で眺めた。
「聖地一番の美人寡婦が、本性を現し、はしたない放尿芸を披露しております」
 哄笑しながらラウラはエウニケの囚人衣の裾をめくりあげ、尻をむき出しにさせては
観客によく見るようにした。
「この女、この次は浣腸を呑みこみ、脱糞芸もすると申しております」
 エウニケ。
 お前の夫だが、帰りを待っても無駄だ。
 上院と下院の間に起こった抗争に巻き込まれ、下院議員たちを安全な裏口に
誘導する途中、彼は議会堂の中で刺されて死んだのだ。
 見知らぬ男はそう云った。男は、この街の顔役だと名乗った。
 今日より、お前は寡婦になったのだ、エウニケ。
「寡婦になるということが、どういうことかわかるかね」
 顔役は、エウニケの手を握り締めた。
顔役とは、聖地の表世界も裏世界も、その双方を一手に束ねるこの街の陰の権力者だった。
聖職者よりも神に近く、悪党よりも堕落していると噂されていた。
この聖地に隠されている黄金を握り、そしてそれを管理している人物だとも。
エウニケには、突然現れたその男が何を言っているのか分からなかった。
 夫が死んだ。
 法律どおり、葬儀が済んだその日のうちに左手の甲に寡婦の刺青を入れ、
夫の忠実な奴隷たちの言葉を聞き入れて、財産整理の専門家などを家に
呼ぼうとしていた頃だった。
 顔役はもう一度、エウニケの前に現れた。今度は、下男たちを連れていた。
下男たちはエウニケを引き立てるようにして、エウニケを顔役の家へ向かう輿に乗せた。
 エウニケが顔役の家に行くことに決めたのは、死んだ夫の遺言状を顔役が持っていたからだ。
 『向こう十年、もしわたしが不慮の死を遂げ、妻エウニケが
  その時点で存命である場合は、わたしの全財産と引き換えに、あなたに
  妻エウニケの事後を一任いたします。』 
 つまり亡夫の所有物は、その屋敷も奴隷も、その妻も、一切がその遺言状により
顔役に譲渡されることになっていた。
 古くより、夫の遺言に妻は従うのが、聖地の掟。
さもなくば、故人の御霊はあの世で煉獄の苦しみを味わう。
 実家のない寡婦の末路は悲惨であることを憂慮して、夫は顔役にエウニケのことを
頼んでくれていた。惨いようでも、それが最善策なのだ。
いかに貴家の出とはいえ、実家と婚家を失った女は、物乞いに下るより他ない。
エウニケのように美しい女がそうなった時の悲惨を考えて、夫はいっそのこと
街一番の金持ちであり実力者である顔役に宛てて、エウニケの保護を求め、遺言状を
書いたのだろう。
「ご自分が騙されたことに、まだ気がついていないのかしら」
 或る日、顔役の古い愛人の一人がエウニケの室を訪れてそう言うまで、
エウニケはその遺言状と顔役の言葉を信じていた。



 エウニケは牢に倒れ伏していた。
乏しい藁をかき集めるようにして、せめてもの暖をとろうとしても、藁はあまりにも
やせて湿っており、かえって手足が冷えるばかりだった。
「エウニケ」
 ラウラの目を盗んで長官が現れた。
帝国人である監獄の長は愛人ラウラ以外にも専属の女奴隷をこの聖地で
所有していたが、その女たちよりもはるかに美しい囚人をひそかにもう一度訪れたのだ。
 片脚を鎖で繋がれている身では逃れようもなかった。
 突き上げられる苦しさにエウニケが喘ぐと、長官はますます腰の動きを強めた。
藁の上に押さえつけられて、体中をこねくり回される間、エウニケには口枷が
嵌められており、鎖ががちゃがちゃと打ち鳴る音に、悲鳴も消えた。
長官は満足そうに眺め下ろしながら、エウニケの乳首や肉芽を弄り、耳に熱い息を吹きかけた。
「財宝の隠し処は、こっそりわしにだけ教えるのだ」
 長官はエウニケの囚人服を引き下ろすと、柔らかな乳房を吸った。
「そうすれば命は助けてやる。さもなくば、このままラウラの奴にいびり殺されるばかりだぞ」
 服を剥いだ女のからだをひっくり返し、長官はエウニケの尻を掴んで後ろから散々に突き入れた。
「お前のような美しい女を飼ってみたかったのだ。抗う真似などして、ここはキュロスの手でよく
鍛えられて熟れているようではないか」
 深いところに精を注ぎいれると、長官はようやくエウニケを離した。
 ラウラはそのことをちゃんと知っており、翌日の尋問は苛烈を極めた。
 独房の窓から陽射しが差し込んでいた。エウニケは薄めを開いた。視界は灰色の
霧で蓋をされたようだった。何も見えなかった。
 天井から逆さ吊りにされて、生きながら松の煙で燻されたところまでは覚えている。
ラウラはそれでは飽き足りず、エウニケの乳首に錘つきの金具までつけた。
エウニケの放った血まじりの悲鳴は、人間のものとも思われなかった。
「ほーら、踊れ」
 ラウラは手を叩き、煙の届かぬ遠くからエウニケの苦悶を眺めた。
けばけばしく化粧をしたラウラよりも、一糸まとわぬはだかで逆さ吊りにされている
エウニケのほうが女の美に満ちていた。
「干からびるまで吊るしてやるよ。苦しいかい。苦しかったら、さっさと財宝の在処を吐くんだね」
「天女の活き造りのようだな」
「もう鼻血を出して気絶しやがったよ。せっかくあたしが見てやってんのにさ。面白くない」
 牢の薄闇の中でエウニケは乳房に触ってみた。錘つきの金具で挟まれていたそこは
鋭い痛みと高熱を持っていた。
 ひび割れた唇で、エウニケは水を求めた。
「ご自分が騙されたことに、まだ気がついていないのかしら」
 夫の遺言状は、顔役がエウニケを独占するために捏造した偽物だった。
もしかしたら、夫を殺したのも顔役の仕業だったのかもしれない。しかしそれを今さら
確かめる術はない。顔役は底知れぬ怖ろしい男で、とてもそんなことは訊けなかった。
逆らえば、撲殺される女や、生きたまま手足を切られる女もいた。
顔役は美しい人妻が好きで、どんな手段を使っても夫から取り上げるのだという噂もあった。
恐怖で縛られるようにして、夫の死後五年という月日を顔役の屋敷で過ごしていた。
左手の甲の刺青だけが、かつてエウニケを愛してくれた人のよすがだった。
その面影も、燻される煙の中に消えてしまった。正気なのか狂気なのかエウニケ自身にも
もう分からなかった。帝国が侵略しに来て戦がおこり、逃げ惑ううちに捕まり、気がつけば
キュロスに囚われ、キュロスはエウニケに微量ながらもよくネリッサの作る淫薬を盛っていた為、
逃亡するような気力もなかった。
 誰かが煙の向こうから、人間の声で話しかけていた。
エウニケの心に、エウニケの心と同じ色の声で、親身に呼びかけていた。
懐かしい夫の声でも、怖ろしかった顔役の声でも、キュロスの声でもなかった。
 牢が開く音がした。
「エウニケ……」
 エウニケは目が見えなかった。鎖を軋ませて床の上に手を這わせていると、誰かの
膝の上に抱き上げられた。
「心配ない。煙のために一時的に目がやられているのだ」
 男の手が目蓋に触れた。その者の落ち着いた低い声は、途中で堪えかねたように
震えて、途切れた。


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