ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

聖地の寡婦
■第十一夜


 独房の中で、ダビドとエウニケはほとんど言葉も交わさずに、壁際に坐って
身を寄せ合っていた。
ダビドはエウニケの手当てを済ませると、鳥の雛にそうするようにして、少しずつ
食事をとらせた。
「エウニケ」
煙で曇った目については、水で洗った後は自然に回復するまで
このままのほうがよいと説明した後、ダビドはエウニケの左手を握って、
その甲にある傷痕を撫ぜた。
「エウニケ。財宝の隠し場所を知っていたら、それを教えてはくれないか」
 ダビドはエウニケを引き寄せて、もう一度ささやいた。
「そうすれば獄から出れる。わたしがそれを総督に伝えて、お前の恩赦を願うから」
 この方も、同じことを言う。
 エウニケは乾いた唇をふるわせた。何度訊かれても知らないものは知らない。
ぼんやりとした重い頭は、かぶりを振ることすら難しかった。
 財宝。聖地に隠されあるという、黄金。顔役が管理していると噂のあった。
寡婦の中から選ばれた女が、その隠し処を教えられて、秘密を守り通すのだと。
「遺言だと……そう思って。それで」
「エウニケ?」
 ダビドはエウニケの唇に耳を近づけた。
「わたくしの夫は、殺傷沙汰に巻き込まれて死にました。夫は、顔役に宛てて遺言状を
遺していました。わたくしのことを頼むと。一切を。だからそれで」
 故人の遺言に従わなければ、あの人の御霊はあの世で苦しむ。そう思って、だから。
「あれが偽物の遺言状だとは知らなかったのです」
「だから、顔役の家に引き取られて行ったのか」
 エウニケは頷いた。
 顔役の屋敷は、聖地の一等地にあった。それは表向きの家で、本屋敷は実は下町の
いかがわしい界隈にあった。
 聖都の裏側を牛耳っていた顔役は、武器、酒、薬、煙草の他にも、遊興場や娼館を
一手に束ねており、そこから売り上げを吸い上げて、闇金を太らせていた。
「逃げ出せばお前もこうなるぞ」
 そう脅され、見せつけられた『見世物』は、顔役に逆らった者たちが薬で頭や肉体を
壊された姿となって、檻の中に入れられている姿だった。彼らは薬や食料を求めて
どんな芸でもやった。
「わしに逆らったらどうなるか、最初に教えておく」
 娼家から逃亡しようとして両目をえぐられた若い女が引き出されてきた。男たちが
女の足を開いた。だらしなく開かれた女の内腿には、顔役の奴隷であることを示す
焼印が両側におされていた。
その若い女は宴の余興として、生きたまま解体されたと後に聞かされた。
 エウニケに与えられた部屋は砂漠の女王もかくやと思うほどに豪華であったが
エウニケの心は黒く塗りつぶされたままだった。
顔役は美しい女たちを収集しておくことが楽しみなのであり、あからさまに
逆らうことさえしなければ危害を加えられることはなかったものの、機嫌を損ねれば
いつどうなるか分からない、恐怖と背中合わせの生活だった。
「焼印を押し付けてやると、女は失禁して悦ぶのだ」
 顔役はエウニケを寵愛したが、顔役の家におけるエウニケは死んだも同然だった。
そして聖地の女には、自殺がゆるされてはいなかった。


 ダビドがそうするように獄吏に求め、独房のエウニケの鎖は治療の間外されていた。
エウニケはダビドに応えた。
「顔役の家には同じような女たちがたくさんいました。あまり顔を合わせることは
ありませんでしたが、わたくしのような寡婦もいたようです」
「監獄長官とラウラは、お前がそれを知っていると信じきっている」
「分かりません、知りません。左手の刺青は、」
 エウニケの左手は、ダビドの手にあずけたままだった。エウニケは俯いてまつげを
ふるわせた。
「寡婦の刺青は亡き夫の形見のようにして、大切に思っていました。
死んだらきっとまた会える、その約束の印なのだと、そう思って」
「お前はまだ生きている。エウニケ」
 ダビドはもはや感情を隠さず、エウニケをかき寄せるようにして胸に抱きしめた。
「わたしは帝国人だ。帝国では、寡婦も三年経てば再婚がゆるされる。故人に
殉じる必要もなければ、その遺言を頑なに守る必要もない。帝国市民には自由がある。
お前にもその未来がある」
「わたくしは、奴隷です」
 エウニケは哀しげに、見えないその目を伏せた。
「帝国軍に占領された聖地の奴隷。その中でももっとも卑しいものに成り果てた
わたくしには、他にどんな生きる道があるというのでしょう。帝国人の性奴隷として、
監獄に囚われた身として、辱めを受けているこの身で」
「わたしがいる」
 女の手を握りしめ、ダビドは俯いているエウニケに言い聞かせた。
「聖地に駐在している医師には、牢獄を巡回診察する義務がある。ようやくその
当番が来てこうしてお前に会えた。下手に動いては怪しまれると、今日までずっと
耐えていた。エウニケ、お前のことが心配でならなかった。まさかこれほどに
痛めつけられているとは」
 実際、骨が折れていないのが不思議なくらいだった。
そこは熟練の獄吏たちの手で、加減がされているのだろう。それにあの長官や
あの嗜虐欲の強そうな女ならば、早々に肉体を損なうよりは、まずはじっくりと
陰湿に辱める方へと重点をおくはずだ。
「このままでは、お前は殺されてしまう」
 ダビドはエウニケを抱く腕に力をこめた。
「何でもいいのだ。財宝について知っていることを教えてくれ。それさえ分かれば
すぐにもお前をこの牢から出してやれる。思い出せる限りでいい、教えてくれ」
「ダビドさま……」
 目を傷めているエウニケにはダビドの顔は見えなかった。だが男の言葉に
こめられた真情だけは伝わった。ダビドの胸の中でエウニケはそれをきいた。
男の胸の鼓動と、牢獄の中の告白を。


 時間になった。
 ダビドはエウニケの独房を後にした。
「また来る。獄舎から出られるように、全力を尽くしてみる」
「ダビドさま。もうわたくしのことで、思い煩ったりはしないで下さい」
 獄吏の手でふたたび鎖で壁と繋がれたエウニケはダビドに云った。
「あなた様の身にまで、危害が及んでしまいます。もうわたくしのことは死んだものと
思って忘れて下さい」
 そこで重たい鉄鍵が降りて、ダビドは囚人と隔てられた。
「終わったかい」
 階段を上がって通路に出ると、そこにはラウラが待っていた。
どぎつい化粧をしてけばけばしく飾り立てたラウラは、すっかりこの監獄の
女王気取りだった。さっきまでエウニケの代わりに別の女を拷問室でいたぶって
いたらしく、その顔は興奮の汗に濡れていた。
「運動のために寡婦どもを四つん這いさせて中庭を散歩させてやっていたのさ。
エウニケにも後でやらせてやる。はだかにひん剥いて、尻には尻尾を突きさしてやってね」
 標的を晒し者にして辱しめることが何よりも好きなラウラはにったりと笑った。
「キュロスの家でたんまり淫芸を見せていた淫乱女だけあって、なかなか
いい声を上げて踊ってくれるだろうさ。あんたも見物していいよ」
「総督に抗議するつもりだ」
 拳を握りしめて怒りを堪え、キュロスはラウラを睨みつけた。
「囚人に対するこの扱いは帝国法に反する。必要以上の拷問は禁止されている。
直ちに総督に現状を暴露し、抗議する」
「いいのかい。そんなことをしたら、総督にエウニケを取り上げられてしまうよ」
 けらけらと挑発的にラウラは嘲った。
「エウニケは腐った腹に似合わず、お顔だけはいいからねえ。長官の話じゃ
あっちの方もずいぶんといいらしいじゃない。どうせあんたも、それでたらしこまれたんだろ」
 憎々しげに目を尖らせながら、ラウラはにまにまと不気味に笑った。
「あたしは優しいからねえ。淫乱なめす犬がお医者さんと独房の中でしっぽりやってたって
何も言ったりはしないのさ。あの女がどれほど卑しい女か、あたしが一番よく知ってるんだからね。
死んだ夫と、顔役と、キュロスと、その他たくさんの男たちを引っ張り込んでいたに違いないよ。
獄吏たちに可愛がられて、尻を振り立てながらよがり声を上げていたあの女の昨日の姿を、
あんたにも見せてやりたかったねえ」
 舌でいやらしく唇を舐めると、ラウラは二本の指をダビドの前に立てて見せた。
「二穴責めをしてやると特に悦んでいたっけね。ご褒美に口の中にも獄吏が
突っ込んでやったらよっぽど咥え込むことが好きな淫乱女だとみえて、上からも下からも
おねだりのよだれを垂流し、落ち着かせるには薬物浣腸をしてやらないといけないくらいだった。
口から泡を吹いてひっくり返り、股から汚物を垂れ流してぴくぴくと痙攣していたあの女の
あの無様な格好ときたら」
 ラウラはとろりとした目つきでダビドの反応を確かめながら、さらに続けた。
「さらに薬物を注入してやると、うんうん唸りだして、男のものを咥えて尻を振り出してたっけ。
そうなるようにお行儀を仕込んでやったんだ。あの女ほど淫乱な女はみたことないねえ。
今頃あんたが後にしてきた独房では、当番の獄吏に可愛がられている頃さ。
犬のように這いつくばり、自分からあの白い尻を突き出して求めてくるんだから、もう
どうしようもないね。性奴隷に相応しく、恥ってものを知らない女だよあれは」
「そんな話でわたしを怒らせ、エウニケを見限らせようとしても無駄だ」
 ダビドは吐き捨てた。
「これからすぐに総督の許へ行き、エウニケの恩赦をとってくる。エウニケは
聖地の財宝には無関係だ。黄金のことなど何も知らない」
「へーえ」
 ラウラは鞭を揺らし、あごをそらした。
「エウニケは誰のものなんだい。え、誰の奴隷なんだい。帝国人のあんたが
それを分かっていないはずはないよね。あの女はキュロスの奴隷だ。
総督にそれを頼める権利を持っているのは持ち主のキュロスだけなんだよ。
そのキュロスは聖地から離れて蛮族の追討に出かけてしまい、今のところ
都にお留守だ。あたしはちゃんと調べ上げているのさ。
つまり、あんたに出来ることは何もないんだよ。親切なダビドさん」
「この次にエウニケを診る時に」
 女に掴みかかりたい衝動をぎりぎりのところで我慢し、ダビドは恐ろしい顔で
ラウラを睨みつけた。
「エウニケのからだに新しい傷が出来ていたら、わたしはお前たちを許さんぞ。忘れるな、
監獄長官は確かに帝国人だが、お前は占領地の奴隷だ。その気になれば
わたしには奴隷身分であるお前を殺すことが出来る。今ここでそうしてやれる。
絞め殺されたくなくば、黙れ」
「おお、恐い!」
 ラウラは笑いながら、ぎらつく目でダビドを睨み返した。
「どうやらあんたもすっかりエウニケにたらしこまれたようだねえ。お優しいことで。
遅かれ早かれ、エウニケはあたしの手で拷問にかけられる運命なんだよ。釈放されたところで
廃人同様、都の貴族たちの嬲り者になるだけだろうね。知ってるかい、貴族たちは
そういう女を「ひと豚」と呼んで、犬に犯させたり、生きたまま解体して遊ぶのさ。
ところで、医者をたぶらかしたエウニケには罰を与えてやらないとね。獄吏たちを集めて
淫乱女を輪姦するように命じてやろう。あの女は最初だけ豚みたいに泣き喚き、そのうちに
白目を剥いて足をおっ拡げたままくたばっちまうのさ。可哀相」
「いいか」
 ダビドが踏み出したので、ラウラはとびのいた。ダビドは容赦なく、ラウラを壁際にまで
追い詰めた。
「エウニケをこれ以上苦しめるようなことがあったら、わたしはお前の生皮を剥いで、
両耳を切り取り、城壁から吊るしてやる」
「口ばっかりだね、みっともない男だよ」
「誓ってそうしてやるぞ。財宝など知ったことか」
 ダビドはラウラの手から鞭をもぎ取り、ラウラの顔のすぐ横の壁を鞭で叩いた。
雷が炸裂するようなすごい音がした。ラウラは青ざめた。
鞭を放り出して荒々しい足取りでダビドが立ち去ってからも、ラウラは両手を握り締めて
唇をかみ締めていた。その両目には、あらたな憤怒が宿っていた。
「このままではすませるものか」
 ラウラは毒々しく唾を吐き捨てると、目を吊り上げた。
「ラウラさま」
 騒ぎに驚いて、獄吏たちが駆けつけてきた。ラウラは鞭を振り上げて男たちを怒鳴りつけた。
「何してるんだい、エウニケの審議を始めるよ。エウニケを拷問室に引っ張っておいで。
乳首には錘つきの責め具をはめて、それを首輪と繋いで引き立てておいで。くそ女め、
今度こそ容赦しないよ。膣の中に生きた蛙を突っ込んで三角木馬の上に乗せてやる」
「ラウラさま」
 そこへ、門衛がやって来た。
「ラウラさま、ラウラさまを訪ねて、奴隷女が門のところに来ています」
「何だって?」
 獄吏のしらせに、ラウラは不機嫌を隠さず眉を寄せた。
「どこの遣いだい。奴隷女が、あたしに何の用があるっていうんだ」
「それが、何でも囚人用に役立ちそうな薬を持っているとかで。外に待たせてあります」
 門衛は、あいまいなだらしのない顔になって、ラウラの耳にそれを告げた。
「ネリッサと名乗っております。先ほど帰った、ダビド医師の奴隷とか」


>次頁へ>目次へ>topへ戻る

Copyright(c) 2009 Asabuki all rights reserved. inserted by FC2 system