ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

聖地の寡婦
■第十三夜


 帝国軍の将エラスムスは、馬に跨り、聖都の巡回に出た。
復興のただ中にある聖地は活気に満ちて、続々と送られてくる物資が行きかい、
古きを壊し、新しきを建てる新生の息吹に満ちていた。
 聖地を囲む城壁は突入の際に壊れたところも再建されて、戦となれば近郊の
植民地から帝国人が逃げ込んで篭城できるように、壁は以前にもまして分厚く、
帝国風の様式を取り入れながら、頑丈に建て直されていた。
「エラスムスさま」
 工事人がエラスムスの馬に気がついて、頭をさげた。エラスムスは鷹揚に頷いて
西の門に向けて馬を進めていった。
 足場が組み立てられた現場には、巨大な石材がいくつも運び込まれ、全身から汗を
噴出している奴隷たちがそれを引いたり、積んだりしているところであった。
 エラスムスの顔に、影がかかった。
手綱をひいたエラスムスは顔をあげ、目を細めて空を仰いだ。
青空を背に、太陽に突き刺さるようにして高く伸びた、巨大な記念碑があった。
「聖地建国の碑か」
 自らが指揮して破壊した西の大門。エラスムスは城壁の外から、常にこの高い碑を
睨んでいたものだった。
「聖地を奪え。この壁の向こうにある財宝はお前たちのものだ」
「知っているか。この都は、女神と男神が同衾することにより聖地として生れ落ちたそうだ」
「聖地の女どもは処女も寡婦も人妻も、逞しい帝国軍兵士が揃って突撃してくる日を
股を開いて待っているぞ」
 将たちは遠征に疲れた兵士たちをそう鼓舞して回った。三日三晩の略奪許可は
兵士への褒美だ。
「壁が崩れたぞ!」
 壁の向こうに直立してそそり立つこの石碑を睨みつけていた男たちは、蹂躙をまだ
知らぬ街へと熱く血を滾らせて、狂った猟犬のように突撃していったものだった。
 馬から下りたエラスムスは、碑の周囲を歩いてみた。空にささっている先端の尖りを
のぞけば碑はほぼ垂直で、基底部は大人が三人手を繋げば、一周できるほどの太さだった。
 乾いた砂がエラスムスの足許をよごした。
「この碑については、目障りなので倒してしまえと総督が言っておられましたが」
 現場監督はエラスムスに愚痴った。
「次の日には、記念碑といっても何の碑文も刻まれてはおらぬのだし、そのままに
しておけと仰せでした。皇帝陛下と、初代総督としてのご自分の名を新たにこれに
刻み付け、ご自分の記念碑とするおつもりなのです」
「あの見栄っ張りな総督ならばやりそうなことだ」
 エラスムスは現場監督の肩を叩き、慰労としてあとで酒を運ばせるやると約束して
ふたたび馬上の人となった。
 日光にあたためられた革鞍は火傷しそうなほどに熱かった。エラスムスは眉を寄せた。
 総督の顔など拝みたくはないが、明日にでも総督府に出向いて、ダビドの転属を
願い出よう。友人との別れは辛いが、ダビドのためだ。
(本当なのか。監獄に捕らわれた寡婦のうちの一人に、あのダビドが血道を上げているというのは)
 憔悴はげしい友の姿にエラスムスは驚き、ダビドの助手の口からその理由を聞いたものの、
まだ信じられなかった。それはダビドと同様、生粋の帝国人であるエラスムスとしては、とても
納得いたしかねる話だった。
(相手は寡婦である以前に、奴隷だぞ、ダビド)
 しかもその女はダビドの奴隷ですらないのだ。ダビドが所有しているのは黒髪の
ネリッサだけであり、そしてネリッサは夜伽はしても、ダビドの愛の対象ではない。
(美人か何かはしらぬが、たかが女一人のことだ。別の土地に行けば、ダビドもすぐに
忘れるだろう。それにしてもあのダビドがその道に迷うとは。前妻を喪ってから長く独りで
いたのが悪かったのだな。気の毒な奴だ)
 去り際に、もう一度エラスムスは碑を仰いだ。
碑の影に、ちょうど商隊の馬車が停止するところであった。そんなところに馬車が停まるのは
不自然に思われたが、休憩でもしているのだろうと、エラスムスはそれきり忘れた。
目が染まるほどに広く青い空に、高々と、碑はするどく聳え立っていた。



 井戸端から屋敷に戻ったネリッサを待っていたのは、ダビドだった。
「何処に行っていたのだ、ネリッサ」
 ネリッサは落ち着いて答えた。
「監獄に」
「監獄?」
「はい。ダビドさまが監獄に定期健診に向かわれたと知り、これを忘れておられるのでは
ないかと思い。お届けするために、急いで追いかけたのです」
 口実のためにあらかじめ籠の中に入れておいた薬をネリッサは取り出した。
ダビドはネリッサの言い訳をまったく疑わず、薬瓶を受け取って、「そうか」とだけ言った。
「お前の姿が見えぬので、家の者に探しに行かせようかと考えていたところだ」
「申し訳ありません」
「逃亡奴隷として捕まると、ひどい処罰が下る。気をつけるように」
「はい」
「それにしても遅かったな」
 何の疑いも浮かべてはいないダビドの顔を仰ぎ、ネリッサは言った。
「はい。実は、監獄の中の囚人を診ていたのです」
「お前が」ダビドは意外そうな顔をした。
「はい。ダビドさまがお帰りになった直後に、怪我人が出たのです。わたしが偶然、
薬を籠の中に持っていたことから、怪我人のいる牢屋に通されました」
 ネリッサはダビドの目を見て、一言一言はっきりと続けた。
「その牢屋とは、キュロスさまの女奴隷が収容されている牢でした」
 しばし沈黙が流れた。
ネリッサは、ダビドが薬瓶を握りしめ、動揺をおさえていることを見て取った。
お気の毒なダビドさま。
「キュロスの奴隷。エウニケのことか」
「はい。寡婦狩りに遭われた、あのひとです」
「それで、どうしたのだ」
 ダビドは恐ろしい想像に苦しめられた。こちらを睨んでいたラウラのあの鬼のような顔。
もしや自分が退出した後、ラウラがエウニケに惨いことをしたのではあるまいか。
「わたしは今日エウニケを診察した。それからまた何かあったのか」
「いえ」
 わざとネリッサは言いよどんでみせた。ネリッサ、とダビドが促した。
「ネリッサ。全て話すのだ」
 ネリッサは逡巡してみせた後、わたしはあなた様の奴隷だから主であるあなた様の
命令に従って、気は進みませんがありのままを話すのですといった憂鬱な格好をつくり、
何かを読んでいるかのような平坦な口調に変えて話し出した。
「エウニケの牢は、獄吏たちでいっぱいでした。廊下にもエウニケさんの悲鳴が
漏れていました」
「……」
「わたしをそこまで案内した醜い獄吏は、牢に入る前に、わたしに声を出すなと言いました。
監獄長官も、その愛人のラウラさまも不在である。そうしろという命令は出ていないが、
エウニケはちょうど目を傷めているので、誰が自分を犯しているのか分からない。したがって
後から訴えることも出来ない。違反行為ではあるが、なにしろエウニケは天女のように美しい。
獄吏はにやにやと笑い、あの声をきいてみろ、あの寡婦も俺たちに可愛がられることが
まんざらではないようだぞ、と言いました」

 独房の中は異様な光景でした、とネリッサはダビドを見ないようにして言った。
「かよわいエウニケさんを囲んで、入れ替わり立ち代り、獄吏たちがエウニケさんに
いろんな体位を強いていました。エウニケさんは首輪を嵌められており、はだかでした。
わたしが見た時は、無理強いな体位で、お尻と膣とお口をいじられていました。
獄吏たちは無言のままエウニケさんを揺さぶって、エウニケさんを苦しめていました。
それは何回も繰り返されました。『お許し下さい』見えない目でエウニケさんは
懇願しました。『もうお止めになって。お許し下さい』。
血が出ていることに気がつき、わたしは自分がどうして獄内に呼び入れられたのかを知りました。
しかし男たちは何度もエウニケさんを喘がせていました」
 ちらりとネリッサはダビドの顔をうかがった。
ダビドは無言だった。
「……お口ですることを強要されているエウニケさんの背後にまわり、わたしはいそいで
傷口にお薬を塗りました。痛みを痺れさせ、緩和する薬です。エウニケさんの肛門は
少し裂けていました。すぐにも帰りたかったのですが、エウニケさんが気の毒で、あれでは
排泄が困難になるからこの下剤を呑ませるとよいと、獄吏に薬を渡しました。すると男は
小声でわたしに囁きました。ラウラさまはこの寡婦に浣腸をするのが大好きで、いつも
獄内の者を集めては公開排泄させている。長官は長官で、毎晩のようにこの女を使っている。
エウニケはこのまま監獄専用の性奴隷として俺たちに飼い殺されるのだ。
財宝の在処の詮議など、エウニケを拘束しておく口実にすぎない、獄吏はそう言って笑いました。
監獄の性奴隷にされるにはエウニケさんはあまりにもかよわく、いたわしかったのですが、
生まれてはじめてみるような美しい女奴隷に、男たちは理性をなくしておりました。
エウニケさんが悲鳴を上げたので、わたしははっとしてエウニケさんの方を見ました。
男たちが天井から吊るしたエウニケさんの腰を掴み、壁と壁の間にぴんと張った縄の上に
落としていました。哀しい悲鳴を上げるエウニケさんの足首を獄吏たちは引っ張り、お尻を
縄の上で揺さぶっていました。この辱めは三角木馬の練習なのだと獄吏たちは言っていました。
床に降ろされた時には、エウニケさんのそこは摩擦されて熱くなっていました。擦り傷に
薬を塗り、肛門の傷口にもう一度薬を塗って、わたしはもう戻らなければならないからと
監獄を後にしてきました。最後に見た時は獄吏たちが泣きじゃくるエウニケさんを四つん這いに
させて、後ろから……ダビドさま!?」
 ネリッサはダビドに両手を差し伸べた。
ダビドがぐらりと身を崩して、背後の机にぶつかったのだ。
そのまま倒れるのではないかと思われたが、ダビドはかろうじて片手を椅子につき身を支えた。
「ダビドさま!」
 ダビドは言葉もなく暗い顔をして、額に手をあてていた。
 どれほどエウニケを辱め、卑しめたところで、ダビドのエウニケへの愛は止められないことを
ネリッサは痛感し、深い後悔とともに、ダビドへ駆け寄った。
ダビドが最近はほとんど寝ていないことを助手から聞いて知っていたのに、こうしてダビドを
苦しめてしまった自分が許せなかった。
「ダビドさま」
「何でもない」
「ダビドさまはお疲れなのです。どうか、少しでもお休みになって下さい」
「いや」
 ダビドはネリッサの手を払いのけた。ネリッサの話から受けた衝撃がまだありありと
顔に残っているのに、ダビドはネリッサの方を気遣った。
「お前があの監獄から無事に戻ってきてよかった」
「ダビドさま」
 感極まって、ネリッサは目に涙を浮かべた。
「わたしのことなどどうでもよいのです。ダビドさま、朗報がございます」
 ネリッサは必死でダビドを慰めた。
「帰り際、獄吏はわたしに言いました。巡回医師たちは外であれこれとしゃべるから信用できぬ。
我々とても、長官やラウラの目を盗んで奴隷を好きにしていることを、知られたくはない。
お前が薬を持って監獄に通ってくれれば助かることこの上ないのだがと」
 ダビドは堪えきれぬように、椅子にかけた。
ネリッサはその足許に膝をつき、ダビドの膝に手を乗せた。
「お許しいただけましたら、明日からでもこっそりと監獄に通い、苛まれているエウニケさんが
少しでも楽になるように、薬や、手当てをして差し上げたいと思います。
獄吏たちは、巡回医師たちとは別にわたしを裏口から入れて、長官に見つからないように
エウニケさんの牢に入れてくれるそうです」
 ネリッサは熱心に言った。
「そうしましたら毎日のように、エウニケさんのご様子をダビドさまにお伝えできます。
獄吏たちが行き過ぎたことをしようとすれば、それを止めることも出来ます。
奴隷であるわたしには彼らも油断していますから、監獄内の様子を探ることもできます。
ダビドさま、わたしはダビドさまのお役に立ちたいばかりです」
 ネリッサは本当にダビドのことが心配であったから、急いでダビドのための薬を用意した。
 先刻の話とて、嘘ではない。ラウラが獄吏たちをけしかけて、長官の留守の間にエウニケに
やらせていることを、ラウラの口からきいたまでだ。当然、その時にはラウラが立ち会うのだという。
「獄吏たちにも気晴らしが必要だからねえ」
 ラウラは毒々しく言い放って嗤った。
「あいつらに与える餌はいつでもあそこから淫水をたらしているような淫乱女エウニケが
ちょうどいいのさ。あたしは目をつけた女をまずは隅々まで身体検査して、弱点を握り、
晒し者にすることによってその身の程を思い知らせ、権力を味わうのが好きなのさ」
 そう語るラウラは性的興奮に陥った笑いで口許を汚し、濁った目をしていた。
「ダビド様、お休みになって下さい」
 庭を挟んだ離れにダビドを連れて行き、薬を呑ませ、ネリッサはダビドを寝台に休ませた。
もしかしたら、聖地に来てからこれがはじめてのダビドの半日休養かもしれない。
そう思うと、ネリッサはダビドが不憫でならなかった。
 あとのことは助手の皆さんとわたしとでやりますと何度も言って、ダビドが眠るまで
ネリッサはダビドに付き添うつもりで、床に膝をついた。
「ネリッサ……」
「はい」
 何を思うのか、ダビドは天井を睨んでいた。
「わたしは戦線にいるキュロスに手紙を書こう。エウニケの所有者であるキュロスから
総督に宛てて、奴隷を長期勾留していることについての、異議申し立てをしてもらうのだ。
条件つきで釈放してもらい、キュロスのいる戦地に送ってもらうことも出来るだろう。
返事が返ってくるのに、早馬で三日はかかる。その間だけでもエウニケを楽にしてやりたい」
「はい」
「頼む」
 ネリッサは眠りに落ちたダビドの手をそっと離した。
 ダビド公認のうちに、晴れて監獄通いの許可を得たネリッサは、離れから出ると
監獄のあるあたりの空を見つめた。ひとひらの白い雲がかかっていた。
 ラウラに痒み薬を売り込んだのは、まったく成功だった。その効果をひどく気に入ったラウラは
飽きるまであれを続けることだろう。これでしばらくの間は、エウニケのあの白い肌が鞭や道具で
直接的に傷つけられることはない。
 ネリッサはぞくぞくと身をふるわせた。
エウニケがキュロスの奴隷であることを度外視しても、ダビドとエウニケが結ばれることなど
あってはならない。それは耐えられない。かといって、あの陰険なラウラやキュロスのもので
あって欲しくもない。
(とりあえず財宝の隠し処を聞き出すことが先決だわ)
(そのことさえ抑えておけば、もしもエウニケを庇ったことでダビドさまのお立場が
悪くなるようなことがあったとしても、赦免の駆け引き材料となるのだから)
 ネリッサは乾燥した薬草を棚からおろした。
(西の大門……)
 結局あれから何も訊き出せなかった。今日のような奇跡がふたたび起こるとは限らないが
聖地の顔役が寡婦にかけた強い暗示は、エウニケが忘我となった状態の時に、何かの
偶然の重なりで姿を見せるらしい。
 薬実がごりっとすり鉢の底で潰れた。
(西の大門は工事中のはず。明日、帰りに寄ってみよう。聖都建国の碑はまだそこに
建っているはずだわ)
 ネリッサはすりこぎを回し、エウニケに投与する薬作りに没頭した。


 聖地の顔役は、遊興に飽きたものがしばしば陥る、変わった趣向を好んだ。
「これが今度、顔役が手に入れた寡婦か」
 その夜聖地を訪れた異国人たちが取り囲んだのは、眠っている女だった。
その男たちは揃って顔役の客人であった。
 麻薬、武器、娼館、奴隷を手がけるこれら闇の商人たちは、数ヶ月に一度ひそかに
聖地を訪れて顔役と密談をし、巨額の飛び交う裏取引をかわす。
 顔役は彼らを歓待して帝国の皇帝もかくやと思われるような贅を尽くした饗宴を
毎回ひらいた。そしてそこには、闇に生きる男たちが好むところの陰惨な出し物も
顔役の面子をかけて惜しみなく、友好と歓迎のしるしとして添えらるのが常だった。
 聖地の人々は噂した。
 客人が異国に帰った後、顔役の家からは幾つもの血に染まった袋が出てくる。
その中身は異国人たちに苛まれて果てた、女奴隷たちの死体なのだと。
また或る者はこうも言った。条約締結のあかしとして、顔役は夫人のひとりを彼らに
提出し、同衾させるのだと。
「まだ若いな」
 男が豪奢な寝台に眠る女の左手を取った。女の左手の甲には、寡婦の刺青があった。
 その晩、男たちへのもてなしとしてそこに横たえられているのは、エウニケだった。
はだかにされた女の清いからだを、男たちは見下ろした。乳首や恥毛にそそがれる
異国人たちの視線は、晩餐の時から気品高いエウニケを盗み見る目がそうであったように、
欲情に熱く粘ったものだった。
「何番目の夫人だ」
「知るものか。顔役は何人もの女を夫人として囲っているのだ。この女もその一人だ」
「どうせこの寡婦の夫も、顔役が手をまわして殺したのだろう。それだけの価値はある」
 異国人たちはエウニケの白いからだの上に覆いかぶさった。
「美しい」
 男がエウニケのほっそりとした脚を左右に開いた。
「顔役の趣向とはいえ、眠り薬が効いているとは残念なことだ」
「そうでもないぞ」
 男たちはエウニケの孔と突起に指を這わせ、手馴れた技巧を加えていった。
 やがて不恰好に折り曲げられた女の脚の間から、濡れた音がたちはじめ、閉じていた
女の唇が、もどかしくその喘ぎを洩らし始めた。眠る女は切なく眉を寄せた。
「なるほど。薬で眠らされてはいても、悦ぶことは出来るのだな」
「朝になればすっかり忘れているそうだ。よもや自分がこのようにあられもない、はれんちな
格好にされて輪姦されていたとは知らずに、晩餐の時のような楚々とした様子で名残を惜しみ、
『お愉しみいただけましたでしょうか。また来て下さいませ』と顔役に吹き込まれた口上で
われらを見送ってくれる」
「顔役も、趣味が悪いことだ」
 男たちは嗤い、意識のない女の四肢を押し広げていった。
 真夜中になった。
 寝所を満たす淫音と性臭は途切れることもなかった。
「おい、客人に奉仕しろ」
 どろどろになっている寡婦の尻がふたたび引き起こされた。
「聖地の財宝の隠し場所のことだが。古いしきたりにより、この都の寡婦の中からその
秘密を守るものが選ばれるというが」
「形骸化したしきたりにせよ継承されているそうだ」
「たとえそれがこの女であったとしても、そんなにこの女を責めたところで無駄だぞ」
 はだかのまま休憩して酒を呑んでいた男が笑って、エウニケの顔に酒を吹きかけた。
エウニケは濡れた顔で喘ぐばかりだった。
「この催眠の強さを見てみろ。神官たちと顔役は、秘密を伝えた寡婦に封印をほどこすのだ」
「どうやったら、催眠がとける」
「無駄だ」
 男は笑ってエウニケの両乳首を指先でころがした。
「みろ、まったく目覚めない」
「どうやったらとけるのだ?」
「女神と男神が交合することにより生れ落ちたとかいうこの聖地の建国伝説が
その暗示となっているそうだ」
 美しい寡婦は、男たちの間にその裸体をぐったりと横たえたまま、目を閉ざしていた。
男たちの腕の中にいるのは捕らえられた天女のようであり、その全身を伝うものは、羽根を
もがれた涙の痕のようでもあった。
顔役の家でこうして飼い殺されている限り、この女の催眠がその方法でとけるとは、誰にも
信じられぬことであった。
 男は苦しい眠りのうちにある女の左手を掴んで、そこにある寡婦の刺青を指し示した。
別の者がふたたびエウニケの腰に割り入っていった。
「催眠はとけることはない」
 意識のないエウニケの目じりから、一滴の涙がこぼれおちた。
 寡婦が、死んだ夫よりも愛する男に出会わぬかぎり。


 ダビドは薬棚を前に、しばらく立ち尽くしていた。
それは薬を分類する携帯用の小さな棚で、移動先にいつも持っていくものであった。
一番下のひきだしを引き出し、さらにその奥に手を入れると、ダビドははめ込み式に
なっている底板をはずして、そこに隠してあった薬包を取り出した。
 包みを開くと、中には二粒の丸薬があった。
「ダビドさま」
 監獄から戻ってきたネリッサの気配に、ダビドはその薬を元通りに包みなおし、
最初にあったとおりに薬棚の底に隠した。
「ダビドさま。今日もエウニケさんを診てまいりました」
 ダビドは暗い顔でネリッサの報告をきいた。
「……そうか。新たな怪我や熱は、なかったのだな」
「はい」
「それでいい」
 ネリッサはちらりとダビドの顔を仰いだ。いつにも増してダビドの様子が深刻である。
「ダビドさま。ご気分が悪いのでは」
 机の上には、開封された二通の手紙があった。
ネリッサが見ている前でダビドはその手紙をゆっくりと巻き戻した。
うち一通は軍用書簡で、ダビドが前線にいるキュロスに宛てて出した手紙の返事と思われた。
「ネリッサ」
「はい」
「キュロスが、戦死したそうだ」
「え!」
 ネリッサは目をみひらいた。
「従って、奴隷エウニケは主キュロスから解放され、順当に、現在エウニケを手許においておく
権利をもった監獄長官の所有物となる。今後、エウニケは監獄長官の奴隷となる」
 声もなく立ちつくしたネリッサを振り返り、ダビドは、筒に戻したもう一通の手紙を取り上げた。
そちらには総督府の封ろうがおされてあった。
「今晩、助手たちを集めてあらためて話をするが、総督から、わたし宛てに転地要請が出た」
 ダビドのまなざしは暗く、暗いままに、もはや何の感情も浮かべてはいなかった。
「都にほど近い植民地で医師が不足しており、支度が整い次第、そちらへ向かって
出立して欲しいとのことだ。わたしは皇帝の医師だが、都を離れて遠征軍と同行する限りは
軍属扱いとなる。したがって、これは上官命令だ。荷造りをはじめなさい」


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