ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。

聖地の寡婦
■第九夜


 キュロスがダビドの診療所にとび込んできたのは、エウニケが
捕縛・連行された、その日のうちのことであった。
「俺が軍にいて不在の間に踏み込まれたのだ」
 目を血走らせて、大猿のごとくにキュロスはダビドの前をうろついた。
「誰かが密告したに違いない。寡婦狩りには賞金がかけられていた。
はした金に目がくらんで、俺の家人の誰かがエウニケを売ったのなら、あいつら
全員の目をえぐり、手足をもぎとり、路上に放り投げて犬のえさにしてくれる」
 ダビドへ向かってまくし立てるキュロスの口調には、暗に、他でもない
お前が密告したのではないのかという疑いが濃厚にこめられていた。
 分不相応な美しい女を手にいれた男の常で、キュロスはたいへんに嫉妬深く、
エウニケを見た男は全員がエウニケを欲するに違いないと信じきっており、
その根深い猜疑心は、医師であるダビドに対しても例外ではなかった。
「うう……」
 エウニケを浚われたことにより、キュロスは錯乱し、沸騰し、そして激怒していた。
 お前がエウニケを売ったのではないのか。エウニケがものにならぬことに
腹を立て、嫌がらせに俺からあの女を取り上げ、エウニケを監獄に閉じ込めて
しまったのではないのか。
 そうやってダビドを睨みつけるキュロスの目つきは自然と狂おしくも殺気だった
物騒なものであり、憤怒のあまり、キュロスはそこにあった排膿盆を
床に叩きつけることまでやった。
「エウニケが俺の家にいたことを知っていた人間は限られているぞ!」
 金物が床にぶち当たるすごい音に、心配して控えていた助手が顔をのぞかせた。
「ダビドさま……」
 ダビドはそちらへは軽く手をふり、引っ込んでいるようにと告げた。
 職業病ともいうべき常態の冷静沈着さでもって、ダビドは冷徹に構えていた。
異常事態に面すれば面するほどかえって腹はくくられるもので、ダビドは
キュロスのこの大騒ぎを、対岸のものとして遠くに眺めることができた。
 見る者がみれば、ダビドのこの態度は、彼自身のエウニケへの心配と焦燥が
キュロスのそれを超えていることからくる、いっそ恐ろしいまでの反動的な平静状態であると
分かるのであろうが、高温になるほど炎が青白く変わるのと同じように、頭から湯気を
出し、口から泡を飛ばしているキュロスに対比して、ますますダビドは無表情であった。
「エウニケは」
 ようやく、ダビドは乾いた声で口を挟んだ。
「エウニケは、釈放されるでしょう。そうなるように、わたしが尽力します」
「どうやってだ」
「巡回医師として、監獄に入る日があります。その時に、エウニケのことを頼んでみます。
左手の処置をした者として、刺青などなかったと証言します。慌てて駆けつけるよりは
その方が疑われない」
「それで。それで、エウニケは解放されると思うか」
 檻の中の獣のように、キュロスはうろうろとうろつき回った。
解放奴隷のキュロスには貴族が占める上層部へのコネなどなく、また、下手に上官に
エウニケのことを頼んでも、その男がエウニケによこしまな目をつけることになってはと、
迂闊な手だしが出来ずにいるのだ。
 大軍相手に臆したことのない男が目を血走らせて、ひとりの奴隷女のことで全財産でも
失ったかのように愚かしくも逆上しているさまは、こっけいで、そして悲しかった。
わが身に引き換えて、哀れで見苦しい、鏡でも見ているかのような姿であった。
 もう少しキュロスが注意深ければ、そんな医師の顔に浮かぶ焦り、一睡も
していないことからくる疲労、それらを合わせた、エウニケへの深い愛と心配が
みてとれたであろう。
「エウニケのことは」
 ダビドは、へし曲がってしまった排膿盆を床から拾い上げ、両手に持つと、力を入れ、
キュロスの見ている前で金物のへこみを素手で直した。
 たとえ解放されたとしても、エウニケの戻されるところは、このキュロスの許だ。
「わたしが何とかします」



 独房は、暗かった。
左手の傷が熱をもって、熱かった。 
 腐った藁は濡れて湿気と臭気を立てており、つめたい石床との摩擦を
緩和するには、牢屋の中に敷かれた藁の量は、あまりにも乏しかった。


「あたしが目をつけた女は、一人として、あたしの正義から逃れた者はいないのさ」
 キュロスの家から連行されたエウニケがまず連れて行かれたのは、監獄の中の、
第一尋問室だった。
 つかつかと現れたその険のきつい顔をした女が、見も知らぬその女が、どうしてそこまで
憎悪をむき出しに、しかし顔は笑ったままで、ぎらぎらと目を光らせ、赤い唇を
引きゆがめながら、化鳥のように襲い掛かってきたのか、エウニケにはわからなかった。
「長く待たせてくれたもんだねえ。え、エウニケ」
 ラウラはエウニケの頬を張り飛ばすと、その腹を蹴り、牢獄の壁に叩きつけた。
 目をつけた同姓をあの手この手の陰湿な手段でいたぶることに性的快感を
覚えるラウラは、足許に引き据えたエウニケを見下ろして、これからこの女に
加えてやるべき拷問に、声もなく、尻をよじり、股間をうずかせながら、期待に
満ち満ちて嗤っていた。
「お前をさらし者にしてやるよ。べっぴんさん」
 蛇のような目をして、ラウラはそう言った。その乳首は、ぴんと上向きにたっていた。
 尋問室に、ごりっという、音がした。
「まずは、こうしておいてやらないとね」
 床の上に倒れたエウニケの左手の甲を、ラウラは靴で踏みにじった。
エウニケは壊れ物のような悲鳴を放った。
「アッ」
「嬉しいかい、この淫売。この街いちばんの美女であるこのあたしを、
この街いちばんの最高権力者であるこのあたしの面子を潰した女にはね、
とっておきの処罰方法ってものがあるんだ。
これからそれをお前に思い知らせてやるよ」
 獄吏たちにエウニケのからだを床に押さえ込ませた上で、エウニケの手を
ぎりぎりと踏みにじり、ラウラは他人の痛みがまったく分からない者に特有の
歓喜に満ちたきつい口調と、性的興奮状態にあることを示すとろりとした目をして、
女いびりを楽しんでいた。
 エウニケの左手が、女の靴と床に挟まれて、ごりごりと引きずられた。
ぎりっとラウラの靴の踵が、エウニケの手を踏みにじった。
エウニケが呻き、ラウラが哄笑した。
「小賢しい手で、寡婦の刺青を消したね。あたしの目は騙せやしないよ。
あたしはごらんのように鋭くて賢いからね。ごまかせるとでも思ってたのかよ」
 ラウラは足を高くあげると、思い切り、エウニケの手を蹴りつけた。
 悶えているエウニケの苦悶の顔や声、獄吏たちの腕の下であえかに
のたうっている、そのか細い姿態を睨みながら、ラウラの目はさらに吊り上った。
エウニケは連行時にキュロスの家で着ていた衣装をそのまま着ており、裾のきれあがった
布地からは、エウニケの白い腿や、胸の谷間が、暴れるたびにこぼれでていた。
獄吏たちの手がそこに伸びた。
「ああ……!」
 喘ぐ唇も、もがく様も、エウニケのそれはとびきりなやましかった。
 エウニケは床に突っ伏して、左手の激痛に背をそらし、苦痛に暴れては抑えられたが、
ラウラも、男たちも、そんなエウニケを逃しはしなかった。
「だらしなく膝を開いてやがる。お前はこんな時にも、男どもに媚びることを忘れないんだねえ」
 エウニケの美しい顔にぺっと唾を吐き、ラウラはエウニケの左手の甲に狙いを定めて、
もう一度靴の踵を勢いよく叩きおろした。それは何度も繰り返された。
「骨は折らないでいてやるよ。これからお前のその手は、拘束具の間で
固定しなきゃならない大切な部分だ。それだけでなく、お前のその卑しいからだには、
これからいろんなことを仕込んでやらなくちゃいけないんだからね」
 ラウラは鞭をしならせた。
その両目はらんらんとひかり、その唇は舌で何度も湿された。
ラウラは獄吏に合図をした。獄吏たちが、尋問室の片隅にある、奇妙な形の寝椅子を
調整しはじめた。
「まずは、身体検査だ。そいつをひんむいて立たせな」
 獄吏たちが、エウニケから衣服を剥ぎ取った。はっとするほどに美しい、たおやかな
女の裸体があらわれた。雪のように白く、花のようにかぐわしく、清らかな美に満ちていた。
 結いのほどけた豊かな髪がその背や乳房を覆い隠し、痛々しく変色してぶらりと垂れた
左手の甲の赤みだけが、白い裸体に色あざやかだった。
「アッ」
 悲鳴をあげて、エウニケが後ろ向きに倒れ掛かった。左右から獄吏がそれを支えた。
ラウラの手がエウニケの陰部に伸びて、いきなり膣の中に二本の指をもぐりこませたのだ。
「いや、あ」
 女の乾いたところを散々にかき回してから、ラウラは指を引き抜いた。
「お前みたいな淫乱女には、何か隠していないかどうか、たっぷり調べてやらないとねえ」
 ラウラは笑った。
「これからすぐに分かるだろうよ」
 その器具は分娩台に似ていた。腰の下が空いており、両足を固定して開くようになっていた。
獄吏たちが、いやがるエウニケをその寝椅子に縛りつけた。
エウニケの両手は頭の上で左右に繋がれ、持ち上げられた脚が大きく開かれた。
ねじが回され、女の足腰と、陰部の位置が定まった。
恥ずかしい姿にされたエウニケの、ぱっくりと開いたその股を、獄吏たちの目が
舐めるように見つめた。
「ぶっさいくな格好!!」
 鞭を手に、ラウラは勝ち誇った。
 ラウラは鞭の先で、エウニケの白い内股をつつきまわった。
「そのうちこの寝椅子ごと往来に放り出して、お前をさらし者にしてやるよ。
あたしと同じ良識ある女たちはお前に唾を吐き、末代まで恥ずかしい女の代表として
お前の淫乱ぶりを語り継ぐのさ。バカな男どもが寄り付かないように、猫の死骸が
浮いているような臭いどぶの泥水を、お前の頭の上から引っかけてやらないといけないね」
 エウニケの前に、幾つもの、キュロスの家にあったものよりももっと凝った形をした
棒状の責具が用意して並べられた。
「今日中に、俺たちも身体検査をやらせてくれるかな」
 尋問室の扉の向こうでは、中に入れなかった獄吏たちが、ひそひそと囁きあっていた。
彼らは煮崩れたような卑しい顔を突き合わせ、脂ぎったその手をすり合わせ、
囚われた美しい女への期待を膨らませ続けた。
 猪首を持ち上げてのぞき窓から中を見ると、大きく左右に分けられて固定されている
エウニケのほっそりとした白い脚が見えた。
「膣検査だ」
「足をあげさせて、後から肛門にも突っ込むつもりだぜ」
「ラウラさまのやり口はえげつないからな。せっかくの美人だ。女の意識と原型が
まだあるうちに、下げ渡して欲しいものだ」
 ラウラはどれを使おうかと、細い目をさらにほそめながら、並べた責具を転がした。
拘束されたエウニケは、きつく目蓋を閉じて、恐怖のあまりに首をふっていた。
「いや……」
「上品ぶりやがって」
 ラウラの目がつりあがった。ラウラはエウニケの美しい顔を憎々しげに睨みつけ、
握り締めた最初の責具をその膣の奥深くに押し込んだ。
 
 
 牢獄は静かだった。
音といえば、見回りの獄吏の足音がする他は、壁を伝うねずみの鳴き声だけだった。
それだけが、藁の上に倒れ伏したエウニケの痺れたからだを慰めた。
 聖地陥落後にこの監獄の長官となった帝国人は、ラウラと相談した上で、エウニケには
特別に念入りな拷問をかけることに決め、エウニケを独房に入れた。
「これが、エウニケか」
 もとは寡婦の一人として囚われたラウラを、愛人にし、片腕として昇格させた男は、
所用から帰って来るなり、飛ぶようにして尋問室に駆け下りてきた。
 奇怪なかたちに縛られて、大股開きにされたまま失神している女の姿に長官は
ぎょっとして退いたが、やがて、口元をだらしなく緩めながら、はだかの女を見物しに
近くに寄ってきた。
 日に焼けて頭の禿げた長官は仔細にエウニケの美を眺め、最初は触れるのも
もったいないというかのように、そしてしだいに大胆に、女の肉体を触りはじめた。
「美しいとは聞いていたが、これほどに、美しい女だとはな」
 そして囚人の左手がひどく傷ついているのを見ると、
「最初からあまり痛めつけるな、ラウラ。この女には、聖地の財宝の在り処を
吐かせねばならぬのだからな」
 長官は涙と苦悶のあとの残るエウニケのきれいな顔に見蕩れながら、ラウラをとがめた。
ラウラは唇から歯をむき出しにして、ふん、と横を向いた。
「その女、キュロスに散々可愛がられていやがったのさ。さっきまでひいひい泣いて
下口を蕩けさせていやがった。面白いったらなかったよ」
「ほほう、それはそれは」
 長官は獄吏たちを退室させると、にやにや笑いながら、エウニケの柔らかな乳房を揉んだ。
「キュロスめ。こんな美女を」
「あの男、監獄まで来たよ。寡婦の収監と取調べは総督の命だと言って、あっさり
追い返してやったけどね」
「ふふん、どれどれ」
 まだ女の中に挿し込まれたままの淫具を長官は引きずり出し、引き抜くとみえて、
奥までゆっくりと突き入れた。う、と眉を寄せてエウニケが呻いた。
その美しい顔に目を据えて、長官の口許はさらにだらしなくなっていった。
無理に意識を戻されたエウニケの腰が、長官の操る責具の巧みなうごきに合わせて、
そこから逃れようときつく締め付け、上下しはじめるまで、そう長くはかからなかった。
「具合がよさそうだな」
 乳房をそらして囚人が喘いだ。疲れきった女の声は、掠れていても、女の声だった。
長官はいそがしく己のものをしごきはじめた。
「ラウラ、お前も出て行くのだ」
「見物くらいよろしいでしょ。見てのとおりの淫乱女、うんと泣かせてやって下さいよ」
 ラウラはその場に残った。
 
 
 左手は骨が折れたように、動かなかった。
高みにある小さな窓から牢獄を斜めに横切る月光が、腫れ上がった手の甲をひやした。
エウニケは右手を股間にさしいれて、長官が穢したところを拭おうとした。
 出来なかった。
 両腕を壁に繋いだ鎖の長さが足りず、エウニケの手は腹から下には届かなかった。
ラウラと長官に散々探られた下腹の痛みは、胸にまで突き上げていた。
 エウニケを独房に蹴り入れたラウラは最後に笑って言った。
「他の寡婦どもの見せしめのためにも、これからお前をこの牢獄専属の性奴隷として
公開調教してやるから覚悟しな、べっぴんさん」
 ラウラの哄笑が、まだ牢屋に響き渡っているようであった。
 エウニケは右手で、傷ついた左手を包んだ。燃え上がるように痛かった。
身を震わせながらすすり泣く女囚は、やがて一つの名を呼びはじめた。
 ダビドさま。
 死んだ夫でも、顔役でも、主キュロスの名でもなかった。


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