ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。


【上下主従10のお題8】配布元:Abandon様

【イリス・U】
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◆第三話:今現在その場所は

 その後、アンティトスは暇をみてはカディウスの屋敷からイリスを連れ出し、
女奴隷の肌を心ゆくまで愉しんだ。
それから、また訪れが途絶えた。
いつものことである。
南方の属州で叛乱者たちの動きが活性化しているとの報が入り、その方面軍の副官である
アンティトスは直ちに鎮圧に出立し、軍勢を率いて街道をくだり、都を離れたのである。
行程途中の砦から、アンティトスは手紙を寄越した。
それに対してカディウスは折り返し、彼の武運を祈る手紙を使者に持たせた。
 気が利くアンティトスは、さらに土地の葡萄酒を藤籠に詰めて、たくさん送って寄越した。

『カディウス、ちょうど軍路にあたっていたので、休憩中に馬を飛ばして
立ち寄ってみたのだが、君が昔、そこで過ごしていたという別荘は、荒れ果てていた。
古ぼけて柱が傾き、破風も崩れ落ち、荘園も、原野に還ろうとしている。
あのまま君があそこにいたら、お互いに、学問所で出逢うこともなかったわけだ。』

アンティトスの筆跡を辿ってそこのくだりを読むうち、カディウスの瞼裏には、雄大な山並みと
豊かな緑が思い出された。
 それは祖父の領地のひとつで、都に悪疫が大流行した折、避難場所として選ばれた、海岸線に
ほど近い田舎の避寒地であった。
疫病が終息に向かうまでの数年、カディウスは土地の子と混じって遊び、都から招いた教師について
朝の涼しいうちに勉学したが、圧巻であったのは、朝な夕なに窓から眺めた、大きな山であった。
いったい誰が、あのようなものをこの地上に創り上げ、壮大な夕映えを、あの山に恵みたもうたのだろう。
その大きな山には伝説があり、地上の火という火は、あの山から飛んできたのだと言われていた。
冥府に通じる扉があり、それを開けた者は、もう二度と戻っては来ないのだとも言われていた。
 祖父の死後、カディウスの父は荘園を整理して、使い途のない土地は売却したものの、
打ち捨てたままのあの小さな家が、雨風に晒されてまだかたちばかり残っていることは、
カディウスを懐かしくさせた。
 感心にも、武人のアンティトスは浮ついた愚か者のように、イリスについて思わせぶりなことを
手紙の中に織り込んだりはしていなかった。
彼には彼なりの節度があるらしく、たとえ奴隷の女のことであっても、女の話をいやしい口調で
語ることはなく、その点も、カディウスが彼を好ましく認めているところであった。
その代わり、彼は出立の直前に慌しくカディウスの家にやって来て、イリスを連れて行った。
もう少しでカディウスは、空いている室を好きに使うがいい、と忙しそうな友人に
言いそうになったほどであった。

 その時の話が、噂になった。
奴隷たちは遣いや用事で外に出るたびに、他家の奴隷と情報を交換する。
したがって、カディウスの屋敷に買い上げられた美しい女奴隷のことが、奴隷の間に、ひいては
その主たる貴顕の間に広まるのも、時間の問題であった。
 カディウスはそれについては予測していたので、取立て手を打たなかった。
奴隷たちの噂の速さは、皇帝の飛脚も愕くべき迅速さをもっており、いかに当家の使用人たちの
口が固かろうと、止めようもないのである。
それに、もともと、法文家として特殊な職業に就いているカディウスの家は、家で仕事をすることが
多いこともあって、他家に比べれば来客が少ない。
その屋敷も、宴会場となるには不便な郊外であり、また周辺の清雅な雰囲気がそれを許さず、
独身貴族の独り住まいにおいて、人手と手間のかかる宴をわざわざ開こうという
野暮な友人もいなかったから、今までカディウスの私生活は、静寂のうちに守られていたのだ。
たとえ、引き取った女奴隷の話が都中の貴紳たちの間で一時、取り沙汰され、彼らの好奇心を
刺戟しようとも、用もないのに旧市街くんだりまでやって来るような無粋者は、付き合いのある
貴族の中にはまずいない。

 むしろカディウスは、アンティトスがイリスにご執心であることを、それとなく、仲間内に
ほのめかせておいた。
いかに奴隷とはいえ、仲間のアンティトスが寵愛中の女奴隷を、その者が戦地にいる間に
召し上げることは憚られることであるし、アンティトスは彼らにそう思わせるほどの
友情の篤さを日頃から誰に対しても持っていた。
(さほどに気に入ったのなら、いっそのこと、アンティトスに譲ってしまえればよいのだが)
 羽根ペンの先を顎につけて、カディウスはしばし沈思した。
しかし、それは叶わない。
カディウスには狂人じみた奥方がついていて、この奥方サビナは、カディウスが手をつけた
女奴隷に対してはげしい嫉妬をもやし、カディウスが任地から帰ってみると、たいていの女奴隷は
影もかたちも都になく、まことしとやかに語られる噂によると、サビナは何処かの地下室に
女奴隷を閉じ込めて、そこで餓死させたり、気が済むまで鞭打たせたり、耳をそぎ、
目を抉り抜かせたりした挙句に、辺境の鉱山や闘技場など、最下級の奴隷が集う地方へと、
家畜と同じ馬車に乗せ、送りつけてしまうとの話だった。
夫たるアンティウスがどこまでそれを知っているかはしらないが、以後、かえってアンティウスは
サビナがその魔手を遠慮なく伸ばせる格下の家の女奴隷には一切手をつけぬように
しているようであったから、やはり、多少は知っているとみえた。
 アンティウスの奥方サビナにまつわる一切は、カディウスを憂鬱にさせるには、十分な
効果を持っていた。
アンティトスは将軍の娘を娶ることで昇進を果たしたものの、もとより押し付けられたようなものであり、
その家庭生活はけっして、倖せとはいえぬのだった。


 アンティトスが送ってくれた葡萄酒の味が良かったので、カディウスはそれを
隣家の貴家にも届けさせることにした。
その遣いに出したはずのイリスがまだ家にいるので不審に思ったところ、別の若者が
代わりにその用事を果たしたとのことであった。執事に問うと、
「隣家の男衆が、イリスを見て騒ぎますので」
 とのことであった。
カディウスは何か言いかけて、やめた。
「いけませんでしたか、カディウス様」
「いや。いいのだ。これより、元老院法廷に行く」
 高官服の上から外衣をつけると、カディウスは輿の用意を命じた。
路の途中、広場に差し掛かると、そこでは奴隷の競りが行われていた。
それはカディウスのような貴族用ではなく、中流階級用の競りであり、台に上げられた
奴隷たちの質も、ただ頑健というだけがとり得の、ほとんどが労働用であった。
 カディウスがイリスを見つけたのは、奴隷市場の競り場から外れた、石壁のところだった。
最安値の奴隷たちが固められた中に、イリスはいた。
襤褸をまとい、臥せっていたが、遠目にもその美しさは際立っていた。
近くを通る者は、誰でも脚を止めて、イリスを覗き込んだ。
そして大慌てで、そこから飛び退いた。
鎖で壁と繋がれているイリスの手首には、病持ちであることを示す、赤い布が巻かれていたのだ。
 病を怖れぬのは、無知な者や若い者、または高価な薬や医師に不自由しない者たちだけだった。
 カディウスがイリスを抱き起こし、水筒を差し出して水を飲ませてやろうとすると、イリスはかすかに
怯えた吐息をもらし、その美しい目をようやく開いて、カディウスを見た。
どこか遠い空か、湖でも見ているような眸だった。
病の高熱にひび割れた唇で、イリスは、どうかその水を他の者に与えてくれるようにと、カディウスに頼んだ。
「いいから、飲むのだ」
 カディウスはイリスの首を支え、唇に水筒の先を押しあてて水を飲ませた。
ほんの少しで、イリスは唇を閉ざしてしまった。
そしてもう一度、周囲にいる奴隷たちの中で水を必要としている者に残りはあげて下さい、と
水筒をやわらかく押し遣り、力なく、優しく、彼に頼んだ。
 駆けつけた番人が、イリスが貴人にからんでいるとみて、イリスの腹部を手にした棍棒で殴りつけた。
その手を止めて、カディウスは、この女奴隷の鎖を解けと命じた。
「お買い上げになっても、この女は病人で、長くは持ちませんよ」
 番人は歯の抜けた口を開けて卑しく嗤うと、倒れているイリスの長衣の裾をめくりあげ、
その膝を棒の先で左右に乱暴にわり、陰部を晒させた。
「もっと脚を開け。この方に、よくお見せするのだ」
 その必要はなかった。
番人たちは熱が下がらず死を待つばかりのイリスをそれ用に使っており、イリスの女の部分には
今朝のものと思しき、乾いたものがこびりついたままになっていた。
肛門にも責め苛まれた痕が生傷となって残っていた。
ほっそりとした足首にも、首にも、拘束の痕があった。
奴隷商人や番人たちは、奴隷船から降ろした後も暇を見てはイリスを壁の裏や天幕に連れてゆき、
その処理用や、気晴らしに嬲るのに使っていた。
「鎖を解け」
 カディウスは命じた。

 夕方になってカディウスが屋敷に戻ると、客人がいた。
「何処にお通ししたのだ」
「客間においででございます。あ、カディウス様」
 早速そちらに挨拶に行こうとしたカディウスが振り返るのへ、執事は言いにくそうに申し添えた。
「ただいま、イリスがおもてなしを。しばらく誰も入れるなと、お客さまが」
 それでは仕方がない。
居合わせているのであれば、この屋根の下では断固として遠慮してもらうところだが、それは
カディウスの屋敷における規範であり、一般の貴族には、通用しない。
こちらが留守であったのだから。
  不機嫌にカディウスは着替えを済ませ、頃合をみて、客人の待つ客間へとあらためて赴いた。
 客人は、仲間の一人である、クイエトゥスであった。
朗らかにカディウスに片手を挙げて、「やあ」と長椅子から微笑んだ。
頑健そうなその顎は、髭を剃った痕が青かった。
「お邪魔していたよ。しかし、どうしてすぐに顔を見せてくれないのだね。君が帰って来たのは
知っていたが、なかなか来ないので、お蔭でイリスを随分と長い間、附き合せてしまった」
「イリス。さがりなさい」
 イリスはすぐに退出しようとしたが、クイエトゥスは傍に立たせたイリスの片手を掴んだままでいた。
クイエトゥスは、イリスのほっそりとした白い手を、どことなく卑猥な指の動きで撫でていた。
 仲間にもいろいろある。
クイエトゥスは友人の友人といった関係から始まった付き合いで、本来、大貴族である
カディウスの交際範囲からすれば、境界線にあるような、少し低い家柄の者であった。
もっとも、カディウスはクイエトゥスの有能さをはやくから評価しており、親友未満ではあっても
交際するのに不都合はないあたりで、何かとその便宜をはかってやっている。
そしてクイエトゥスの方は、そのことについて過度に恩を感じたり、卑屈になったりしない。
格式を重んじはしても、友人関係にまでそれを持ち込むことを善しとしないカディウスにとっては、
多少の欠点はあれども、クイエトゥスはアンティトスと同じく、学問所の同期であった。
「気になっていた例の噂の細部について、イリスの口から教えてもらっていたのだ」
 クイエトゥスは俯いているイリスの顔を覗きこむようにして、続きを言った。
「アンティトスの奴め、あの日は出立を控えてよほど時間がなかったのか、
イリスを愉しむのに、有蓋の辻駕籠をそれにあてたそうだよ」
 知っている。
苦々しく、カディウスは再度、「イリス。さがりなさい」とイリスに命じた。
クイエトゥスはなおも得意げに、イリスの手を握り締めて、放さなかった。
「これは、アンティトスの従僕を買収して聴きだしたのだがね」
 練兵場帰りでただでさえ昂ぶっている男の汗や体臭に狭い場所で襲われることになったイリスは、
軋んで揺れるはこの中から幾度も切ない声を上げ、許しを乞い、突上げられるたびに壁を叩き、
弱々しく泣いていたとのことだった。
 クイエトゥスは目を細めた。
「君を待つ間、ここで、イリスにそれを再現してもらっていたのだ。もちろん、廉潔な君が
この家の中でそういったみだりがましいことが行われるのを厭うていることは承知だよ。
イリスにどんな体位だったか、その時のことを、ちょっとだけ教えてもらったまでだ。
誤魔化そうとしても、こちらはちゃんと、その時の模様を知っているのだからね」
 カディウスは無言で、イリスに出て行くように再度促した。
髭を剃った青さが目立つ頑健な顎に指を添えて、クイエトゥスは満足そうに微笑んだ。
カディウスが見ている中で、クイエトゥスは、羞恥の中に目を伏せているカディウスの女奴隷に囁いた。
「この次は、はだかでやってみせるのだぞ」
 女奴隷が客室からいなくなると、カディウスは、「嘘つきめ」、軽蔑を隠さず、クイエトゥスを睨んだ。
アンティトスの従僕を買収したなど、この男の嘘である。
「あの時に女の上げる声や懇願など、決まってるからね」
 持参の乗馬鞭を膝の上でしならせながら、クイエトゥスは薄く笑った。
「誘導尋問で脅し、イリスにそのようにやらせてみたのだが、どうやらアンティトスは
女を押し伏せて、背後からのしかかったらしい。辻駕籠の壁と胸先が擦れて、イリスは痛かっただろうな」
「用件を聞こう、クイエトゥス」
「選挙さ」
 詰まらなさそうに、クイエトゥスは鞭を曲げた。
「今度の護民官選挙に、従兄が立候補するのだ。したがって、彼の係累たるこの身は、少しでも
彼が有利になるように、こうして地道に脚を使って、彼の応援を求めているのさ。
身贔屓に聴こえるかもしれないが、従兄はわたしと違い、清廉潔白、無欲恬澹、品行方正、つまり
朴念仁のまったく面白みのない男。このままでは落選確実なのでね。票あつめのお鉢が、一族の中の
若手である、こちらにも回ってきたというわけだ」
「クイエトゥスの従兄のためならば、街頭演説の草稿を書いてやろう」
「頼む。君は基本的には従兄と同じ鋳型の人間ではあるが、少なくとも、己の間違いや愚かさには
きちんと目を啓いているし、話のわかる、公平な、好ましき人物として、皇帝と世間の評判は上々だからな。
君が従兄の後楯になってくれると心強い。それでかなり旗色が変わるだろう」
「クイエトゥス」
「用事はそれだけだ」
「クイエトゥス。サビナとは、縁を切ってもらいたい」
 クイエトゥスは鞭でひゅっと空を軽く切り、微笑むにとどめた。

 玄関先で、すっかり暮れた朱い空を見上げながら、クイエトゥスは頑健な顎をこすった。
「夫君アンティトスが遠征地に赴き、淋しい想いをしている貴婦人をお慰めしているだけだぞ。
こう言っては何だが、お互いさまじゃないのか。アンティトスが君の家にお気に入りの奴隷がいる話は
サビナもすっかり知っていることだ。先刻イリスを羞いらせ、いじめながら、ちょっとしたサビナの
復讐をしたような気分だったよ。まあそれとこれとは別に、イリスのことは気に入ったがね」
 クイエトゥスはすばやくカディウスの耳に囁いた。
聴いたぞ。あの奴隷、この屋敷の一室で堕胎処置を受けたそうだな。
クイエトゥスは含み笑いを洩らし、それからすぐに、真面目な顔になった。
「感謝してもらいたいほどだ。サビナには、他にもたくさんの情人がいる。それでもあの女は
アンティトスへの独占欲を止めぬのだ。とうの昔に破綻した夫婦であるのに、女の妄執だな。
今日もわたしが従兄の選挙の為にカディウスの屋敷に行くと知ったあの女は、早速に飛脚を寄越して、
イリスをよく見てこいと、わたしにお命じだ。方々でそんなことをやっているのだ。
あれじゃあ、七つも年下のアンティトスが逃げ出すのも無理はない。もっともわたしは
情がきつかろうと、まずかろうと、名家出の女に取り入っておいて損はないと割り切っているがね」
「そうではないのだ、クイエトゥス。サビナは男にはいい顔をするが、恨み深い、執念深い、
どこか病的なものをもって、女奴隷を手酷く扱い、切り刻むようなことも辞さぬそうだ。
そのような女と付き合うことは、友人として、勧められない」
「カディウス。サビナは、君にも、誘惑をかけたろう」
 事実である。
カディウスは理由を述べ、丁重にそれを断ったが、あの時のサビナの顔には、はっきりと、
侮辱された女の恨みがましいものが煮えていた。
それから、サビナはすっとそれを引っ込めて、貴婦人らしく、嫣然とカディウスに笑いかけ、それなら
仕方がありませんわねと余裕をみせたものだったが、カディウスにはそれこそが、不気味で疎ましかった。
 厩舎に預けられていたクイエトゥスの馬が、引き出されてきた。
「君には嫌われそうだが、貴族とは名ばかりの後ろ盾のないわたしが栄達する為には
いろいろと裏の手が必要なのさ。いかな怖ろしい奥方といえども、君の家にまで押しかけることは
出来ないし、君の家の奴隷にまで無体ははたらくまい」
 鞭の先をくるりと回して、クイエトゥスは言い訳じみたことを口にし、顔を曇らせた。
その様子をみるかぎり、クイエトゥスも、サビナの手で何人もの女奴隷が無残に死んだことを
よく知っているようであった。
「少しでもサビナの悋気をイリスから逸らさせるために、サビナには、イリスのことを田舎じみた小娘だ、
アンティトスの趣味を疑うとでも、適当に伝えておくことにするよ。
いってみれば女奴隷を新調した君へのアンティトスの世辞のようなものだとね。
イリスが堕胎したことについても、サビナが方々に手を尽くし、この屋敷に出入りがあった
医師の助手の一人を脅し上げて聴き出したことなのだぞ。
それからな、アンティトスに言っておけ。
お前が懇ろに利用している下街の宿は、とっくの昔に、すっかりサビナの手が回っているとな」
 身軽に馬に跨ってクイエトゥスが帰ってしまうと、カディウスは屋敷を振り仰いだ。
 夕闇が迫る朱い空には鳥影があった。
瀟洒な屋根と庭の木々は夕空の下、黒々とした影に変わっていた。


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◆第四話:心の拠り所


 -----イリス。イリス。

「………」
「どうだ。ここが感じるのだろう、イリス」
 動きが深くなり、身の奥に加えられる小刻みな振動にイリスは小さく、声を放ち、呻きはじめた。
異物を押し込まれる際の火を当てられたような叫びと、それに続く、悲鳴の余韻をふくめた喘ぎは
女を嬲ることに慣れきった男たちの脳も、どろりと溶かすほどに、はかなく裂けて、辛そうだった。
 休ませてもらえず、朝か夜かも、もうイリスには分らなかった。
 二人の男の手は、イリスの華奢な身体を前後から抑え込んでいた。
膣の中に含ませた張型を抜き差ししてやりながら、男たちはイリスの膝を掴み、深く身を折らせた。
張型で深奥をえぐるような動きを入念に与えてやると、イリスは胸を揺らしてのけぞった。
男たちは責め具をゆっくりと回し続け、時折は、こねるように深部を突き、奴隷に声を上げさせた。
 床の上には、すでに使われたさまざま淫具が、乾いた体液をこびりつかせたまま、転がっていた。
陰部から溢れてこぼれるもので、イリスの尻の下はすでにびっしょりと濡れていた。
イリスは淫薬を与えられており、女のからだを知り尽くした男たちの手でそこまでにされる間、
イリスは何度も昇りつめ、引き落とされた。
 はじめてこの男たちにそれをされたのは、カディウスの屋敷の、あの物置部屋だった。
その時には、イリスは口枷を嵌められて、呻き声しか上げられなかった。

 カディウスの留守を狙って二人の男がカディウスの屋敷を訪れたのは、クイエトゥスが
カディウスを訪ねて来た、翌日のことであった。
 家にいたカディウスの許に、急遽、法務院にお越し願いたい旨をしたためた手紙が届き、カディウスが
慌しく出かけて行った直後、彼らはそれを見越していたかのように、カディウス邸の玄関に現れた。
二人の男は、皇帝の甥だと名乗った。
屋敷の執事は愕いた。男たちは、紛うことなく、皇帝の親族であったからだ。

 屋敷を訪れた男たちは、イリスを連れて来させると、屋敷の中の案内をイリスに頼んだ。
数ヶ月前にイリスがそこで堕胎処置を受けた小部屋の前来ると、彼らはいきなり態度を豹変させて、
イリスをそこに引きずり込んだ。
男たちはイリスの口に素早く布を詰め込み、手を縛った。
「お前は奴隷なのだ、イリス」
 壁に背をつけた一人の男がイリスの身体を抱きかかえて抑え、もう一人の男が背後から
イリスの長衣をたくし上げ、ほっそりとした白い腿を顕わにさせた。
いきなり指が埋め込まれた。
下から突上げてくるその指の動きの乱暴さに、イリスは踵を浮かして、倒れかけた。
前後からイリスの身体を挟んだ男たちは、口枷で声を上げられないようにされたイリスの耳朶を噛み、
陰部をなぶり、衣の上からその胸をもみしだいた。
恐ろしさにイリスは目を閉じて、眉を苦しく寄せ、喉の奥から抗いの声を上げ続けた。
 慣れた男たちの指が乳首や、陰部の小さな芽を探り出し、そこに執拗な刺戟を与えると、暗い室に
響くイリスのくぐもった悲鳴はいっそうひどくなった。
膝をくずし、ずり落ちかけた奴隷のからだを支えて、男たちはなおも続けた。
「お前は男を悦ばす道具なのだ」
「クイエトゥスの言っていたとおり、まだ調教されていないようだな」
「従うのだ。俺たちは皇帝陛下の甥なのだぞ。逆らえば、お前の主であるカディウスの命もないのだ」
 物置部屋でイリスはほとんど半裸にされて、男たちにその肌をさまぐられた。
それは時間にして、ごく短い間のことであったが、イリスに恐怖を植えつけるには十分であった。
アンティトスとは違い、この二人の男たちには、どこか残虐で残酷なものがあり、それがイリスに
奴隷船の底で受けた、船乗りたちの荒々しい粗暴や辱めを思い出させた。
縛めがほどかれると、イリスはふらついて、床に崩れ落ちた。
男たちは、その日はそれで帰った。


 皇帝の親族が留守中に訪ねて来たことを執事から知らされたカディウスは、
(遅かったか)
顔を曇らせた。
 クイエトゥスが悪いのではない。
彼は、イリスについて知りたがっているアンティトスの奥方に、イリスについては田舎娘であったと
確かにそう伝えてくれたのだろう。
しかしアンティトスの奥方サビナは、そこに、イリスを庇っている男の嘘を嗅ぎ取った。
つまり、クイエトゥスはサビナに向かって、こう言ったも同然だった。
 -----イリスは稀に見るほど美しい女奴隷だ。
 カディウスは、サビナが一度目をつけた者に対する復讐を諦める女ではないことを知っていた。
昨日クイエトゥスが帰ってしまうと、彼はすぐにそれを決めていた。
嫉妬深いだけでなく、一種病的で、狂人的な陰湿さと残忍さを持っているサビナの魔の手が
伸びぬうちに、彼は近いうちに、イリスを所領地の荘園に送ってしまうつもりだった。
この屋敷の敷地からイリスを一歩も外に出さないでいる限り、いかなサビナといえども手出しは出来まいが、
イリスの安全と健康のためにも、そして何よりも、たかが奴隷女ひとりのために、これ以上余計ないざこざが
起こることは、カディウスとしても避けたかったのだ。
 田舎の荘園の景観は、ちょうど、カディウスが子供の頃に過ごした祖父の領地に似ていて、今では
荒れ果てているかつての園から望んだのと同じように、あの大きな山が南に見える。
海も近く、風光明媚で、過ごしやすい気候のところであった。
遠征中のアンティトスには悪いが、カディウスは、これ以上何か問題が起こる前に、イリスを
都から遠ざけてしまうつもりでいた。
しかし、まさかサビナが、昨日今日で、すぐさま手を打ってくるとは。

 クイエトゥスからイリスのことを聞き及んだサビナは、その陰険な悪知恵を
はたらかせて、イリスへの復讐にもっとも効果的で、確実な手口を選んだ。
その晩のうちに、サビナは家の飛脚を使い、皇帝の親族である二人の男に伝言を届けさせた。
彼らは名うての放蕩者であり、皇帝の親族といっても、皇帝位が回ってくることはまず見込めず、かといって
高官となるには本人たちの素行が極悪で、ひたすらにその毎日を粗暴と悪事と遊興についやしている、
もっとも劣悪な類の男たちであった。
 特にこの皇族の端くれたちが好んだのは、抵抗が出来ぬ女奴隷を狩ることであった。
その狩場は問わず、貴人ならば厭うべき、他家の奴隷に対しても、外聞憚ることなく趣くままに
彼らはそれを求め、時として使い物にならなくなるまで、奴隷を責め苛むことすらあった。
奴隷を可愛がるよりは、苛む方にこそ隠微な悦楽を見出し、彼らは秘密の館や塔を幾つも持って、
そこで気に入った女奴隷を輪姦したり、鞭打っているとの噂であった。
サビナはただ彼らに、そのことを報せてやるだけでよかった。

 ------カディウスさまが、お屋敷に、たいそう美しい奴隷女をお飼いになって
    いらっしゃるとの巷の噂の件、どうやら本当のことのようですわ。
    あまりに評判が高くなることを懼れて、カディウスさまは近日中にも、その奴隷を
    何処かへお隠しになってしまわれるかもしれません。

 すぐにカディウスはイリスを呼んだ。
ひと目みてイリスが屋敷を訪れた二人の男に無体をはたらかれたのが分った。
カディウスを法務院に呼び出した書付は、差出人も筆跡もカディウスのよく知る人物の
本物のものであり、しかし急いで呼び出されたわりには、ごく簡単な用件で、火急のものでもなければ、
なにも今日でなくともよいものであった。
 人を疑うことを知らぬその者は、
「いやなに、君の精勤ぶりに、予定外のことにも応える力はあるのかと、さる筋から問われたのでね。
もちろん答えたよ。カディウスほど皇帝陛下と帝国のために全てをなげうって励むものはおりません、
宜しければご覧にいれましょう、とね」
 それも、サビナの仕組んだことであろう。
 皇族につらなる男たちは、カディウスに伝言を残していた。
その中で彼らは、イリスのような美しい女奴隷を手に入れたカディウスに祝辞を述べ、ところで
明日より近場の別邸に滞在するのだが、その慰めとなるよう、イリスを借り受けたいと結んであった。
「カディウス様」
 カディウスの前に膝をついたイリスの声はふるえていた。
その顔は蒼白で、男たちが残した手紙の内容を知っているらしく、怯えあがっていた。
何かを懇願しようとして、イリスは両手を胸の前で重ね、カディウスを仰ぎ、唇をふるわせた。
おそらく今日来た皇族の甥たちは、イリスを最もひどい目に遭わせてきた男たちと同種の人間であり、
イリスはそのことを本能的に察して、怖れているのだった。
「カディウス様……」
「残念だが、イリス」
 きっぱりとカディウスは突き放した。
「最初に言ったように、お前には選択権がない。そして彼らはお前のことをお気に召して下さったそうだ」
 見開いたイリスの目に、涙が浮かび上がった。
何をされたものか、よほど彼らが怖かったとみえて、イリスはその身をふるわせていた。
女を徹底的に苛むことを悦びとする男たちにかけられて、イリスは唇まで色を失くし、怖がっていた。
 カディウスは冷淡に告げた。
「彼らは皇帝陛下のご親戚なのだ。以前に言ったように、これだけは止めて欲しいということがあれば、
わたしは、わたしの所有物であるお前の為に、なるべくそうしてやるつもりでいる。
しかし相手が皇帝陛下の甥とあってはそれも叶わぬ。イリス、明日、彼らの別邸にお前は行くのだ」
 床に膝をついたイリスは両手をねじり合わせて、「お願いです」、哀れなほど必死になった。
おののくその声は、途中で凍り付いて止まってしまった。
カディウスが壁にかかった鞭のほうへと視線を向けて、イリスに服従を促したからだ。
イリスの脳裡には、男たちが最後に言い残した、「逆らえばお前の主に処罰が下るぞ」という脅しが
焼き鏝のようによみがえってきた。
男たちはそれをイリスに言い含める間、イリスの胸の片方をはだけさせ、あらわになった白い胸を絞り、
淡い色の乳首を爪の先できつく摘み、下方では陰核をえぐるようになぶっていた。

 イリスは声もなく膝をふるわせた。
カディウスはそんなイリスを冷然と眺め下ろすことで、イリスに、従うほかないことを知らしめた。
奴隷とはいえ、女である。
貴人の男たちに求められれば狂喜してそれに従い、積極的に快楽を貪る者もいる。
またはいつしか、そのように慣らされるものである。
しかし、イリスのこの様子を見る限り、どうやらひたすらに、それが辛いだけのようであった。
それはイリスにとって二重の苦難を意味していた。
今日訪れた皇族の甥たちは、まさしくイリスのように怖れおののく女を羞恥の底に突き落とし、
その身体を開かせて穢し、蹂躙することこそを、特に好んだからだ。
「お前は明日、彼らの許に行き、彼らにお仕えするのだ」
 再度、カディウスはイリスに命じた。
カディウスは、皇帝の寵臣であり、そして大貴族に連なる身である。
その奴隷に対しては、皇帝の親族といえども、さまでの暴行や勝手は出来ぬ。
その自負と絶対の自信が、カディウスに、奴隷に対する厳しい態度をとらせていた。
「イリス。返事をするのだ」
 イリスの白い頬に涙が伝い落ちた。
イリスは絶望し、恐慌状態に陥っているようであり、返事も忘れ、その身のふるえは止まらなかった。
「カディウス様……」
「イリス。駄目だ」
 カディウスは首を振った。
鞭で叩いて従わせる他ないようであった。
そのイリスに、カディウスは腕を伸ばした。
主義に反することを、何故、自分がしようとしているのか、彼にも分らなかった。
女奴隷は処理のための道具であっても、決して愛しむものではない、それが彼の考えであり、
もっぱら高貴な貴婦人たちを情人に選んできた彼には、奴隷の女などには用がない、それも本当であった。
 彼はイリスを抱き上げると、続き間を抜けて、寝所に連れて行った。
イリスを寝台に横たえ、衣を脱がし、その白くなめらかな肌のふるえを、その夜その方法で、彼は宥めた。
胸に接吻を与えた。
「イリス」
 カディウスの下になったイリスは、声も立てられぬようであった。
 彼は丁寧に、そんなイリスを愛撫した。
まるで最上の愛人にそうするようにやさしく、繰り返しそれを教え、雪を溶かすようにして、
イリスの心身をほどいていった。
どれほどの時が経ったか、イリスの腰が不意にふわりと甘く熔けて、男にすがりついてきた。
痛みを堪えて苦しげだった喘ぎに、媚のようなものが混じり、熱の中にイリスは溺れ、身の奥の泉から
とろけたものを温かく溢れさせた。
雪が火に変わるようにして、イリスはカディウスの腕の中でその喘ぎを上げ始めた。
男に荒々しく穿たれるばかりであったそこが、男を自ら迎えるように動きだし、そしてイリスは
固くなった乳首を男の胸にこすりつけ、自分がどうなってしまったのか分らぬ不安に泣きじゃくり、
切ない、短い声を放ちはじめた。カディウスは熱くなってゆくイリスの身体におのれを深く沈ませた。
イリスの細い腰を引きつけて、カディウスはイリスの奥に深々とそれを与え、教えた。
未知の感覚がイリスを襲い、イリスが全身をわななかせ始めると、カディウスはイリスを抱いて抗いを抑えた。
男の腰の動きが強くなると、イリスの脚の隙間からは、愛液の擦れる音が立った。
イリスの陰核は小さく、過敏で、今まで惨く扱われてきた経験から、触れるだけでも、とても痛いようだった。
その上を撫ぜ、舌先でゆっくりと、徐々に刺戟を深く加え、少しも乱暴をせずに、泣かせることを繰り返した。
引きつっているイリスの首筋や上を向いている乳首に口づけ、言い聞かせた。
カディウスはイリスを狂おしく追い上げてゆき、小さな火のようになっているイリスを夜の底で何度も抱いた。
 イリス。イリス。大丈夫だ。怖くはない。


 別邸で、皇帝の甥たちはイリスを犯し、その四肢を縛り、責め具で嬲った。
その別邸は、彼らが奴隷を責めるために用意しているもので、どんなに奴隷が
絶叫を上げても、外には洩れなった。
 男たちの手許には異国から取り寄せた特殊な道具や淫薬が幾つもあった。
 えぐれるような痛みの中で、イリスはのたうち、身をもがき、切れるような悲鳴を上げ続けた。
 彼らが求める、どんなはずかしい姿態も苦しみも、イリスはそれに従わなければならなかった。
異物で満たされた膣に受ける刺戟に、イリスは何度も崩れ落ちては、髪を掴んで引き戻された。
彼らはこう言いさえすればよかった。
 -----逆らえば、カディウスに累が及ぶぞ。
 女の尻に、何かの淫剤が塗りこまれた。
わなないている唇には、何かの丸薬を呑まされ、鼻をつまんで嚥下させられた。
それをされる間、もう一人の男は背中から手を回して、イリスの敏感な胸の先をひねっていた。
薬の効果に、イリスは陥落した。
淫具と淫剤と、汗と精液にどろどろにされて、四つん這いにされたイリスは自分のものとも
思えぬほど、ただれた声を上げた。
その喉の奥と、身体の芯を、男たちが突上げた。
 前後から男のものを含まされ、細腰を揺すられて貫かれている間、イリスはただその名だけを
その白い胸の奥に抱いていた。永遠とも思える苦悶の中で、そこだけが、氷のようにしんとしていた。
 淫薬には発汗作用があり、貫かれる膣の中は炉のようになった。
イリスが切ない声を上げ始めると、男たちは寸前で止めて、途中までにさせた。
薬に溶かされたイリスは、彼らに調教されるまま、次第に自らそれをねだり、求めて、腰を動かした。
男たちは交互にイリスを跨らせ、男のものを奥まで含ませて上下に揺らし、引き上げ、またその上に落とした。
イリスは背をそらし、彼らの思うが侭にされて声を放ち、下から突上げてくる快感の強い波に声を上げた。
 熱い苦しみの中で、イリスは、それだけを想っていた。
浮き出た汗が、女の胸の先から雫のように伝い落ちた。
 カディウス様。

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