ご注意:苦痛・流血をともなう本編の過激描写は、小説としてのフィクションです。
決して人体に試さないで下さい。死亡・大怪我・病気に至ります。


【上下主従10のお題8】配布元:Abandon様

【イリス・V】
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◆第五話:「理由は無くなりました」


 皇帝の誕生日を祝う宴席は、深夜に最高潮に達した。
酒を満たした水盤、床にふんだんに撒かれた赤い花びら、芸人たちの見せる高度な技と
薄物をつけた踊り子たちのむき出しの胸は、酒に酔った人々の見る前で尽きることなく
揺れ動き、渦をなし、夜を熱気に包み、贅を尽くした宴を彩った。
 あらゆる料理が揃えられ、それはまだ温かいうちに下げられて、尽きることなく卓上を飾り、
山海の珍味、異国の果実、氷菓子、列席者はそれらを片端から口に含んでは腹を満たし、こっそりと
奴隷に孔雀の羽根を喉に差し入れさせて、すべて吐いては、また美食と酒に溺れた。
 宴には、将軍の娘であり、アンティトスの妻である、サビナも出ていた。
南方を鎮圧中のアンティトスに代わり、サビナは皇帝の誕生日を祝い、そして宴席へと
その飾り立てた姿を見せた。
 カディウスと目が合うと、サビナは嫣然と男に微笑みかけ、会釈を寄越した。
酒盃を片手にしたカディウスも平然とそれに挨拶を返した。
 先日、アンティトスの妻サビナは皇帝の親族を使って、カディウス邸の女奴隷に
懲らしめと復讐を果たしたが、所詮は、たかが奴隷のことである。
双方ともにこのような場で取り沙汰すことでもなければ、口に出すこともなく、少しでも
気にする素振りを見せたほうが嘲笑される。それが貴族というものであった。
「サビナ様」
「サビナ様、ご機嫌うるわしゅう」
 いかなる場においても一座の華でなければ気が済まぬサビナはご機嫌とりの大勢の貴婦人や
貴人たちに囲まれて、扇で口許を隠しながら、至極満足そうに笑んでいた。
一座の華でなくては気が済まぬと同時に、サビナは、常にいたぶる標的を探していなければ
気が済まぬ、陰湿で攻撃的な、病的な女でもあった。
人々は今にもサビナが誰かの上に、その陰険で嫉み深い目をとめて、ごじつけにも等しい
不快や嫉妬を見出し、舌なめずりをせぬかと、びくびくとしていた。
 背が高く、細い目と、高い鼻を持ったサビナは、豊かな胸を持った化鳥のようであった。
そしてその腕は、気に喰わぬ奴隷を打ち据える時には男のような力を発揮し、ただ奴隷の
悲鳴や苦悶を見たいがために、或いはその癇症や憤怒や、気まぐれの残忍性を罪のない奴隷の背に
叩きつけることで、日々気を晴らしているとの噂であった。
 特に、女奴隷に対するサビナの嫉妬と懲罰は、過酷を極めた。
夫の知らぬところで、サビナは評判の女奴隷や、奴隷市場から若くて見目のいい女奴隷を
攫ってきては、その身体を切り刻むほどに鞭打ち、下僕たちに息絶えるまで犯させて、襤褸切れの
ようにして道端に捨てるのだという噂も絶えなかった。
 しかし宮廷人の中におけるサビナは、そのような怖ろしい噂に彩られていても、むしろ
彩られているからこそ、多くの貴族の情人を持つことで他の婦人と差をつけたと思っている類の
典型的な支配的貴婦人であった。
 サビナの細い目は、誰かが彼女にお追従を言うと、相手をひややかに見つめることで
その愛想笑いをぴたりと凍りつかせ、また、かと思えば次の人間には、薄いその唇を
半月型にして、華やかににっこりと微笑んでみせるという具合で、人々を翻弄し、怖れさせ、
従えるすべをよく心得ていた。
こんな際には、誰もが、万全とはいかぬまでもサビナを宥めてくれる守護神のような夫君
アンティトスの帰還が待ち遠しく思われもするのだった。


 酒盃を手に庭に出たカディウスは、追いかけて来たクイエトゥスから声を掛けられた。
篝火が焚かれた皇居の庭は、昼間のように明るかった。
皇帝が退出してしまうと、宴はあっという間に糜爛なものに変わり果て、酔っ払った男が
目についた女奴隷を抱え上げて小部屋に消えたり、そこかしこの暗がりで示し合わせた男女が
まぐわっていたり、その中には男色家の声も混じり入り、いつの世でも変わらぬ、上層社会の
頽廃した裏面を夜のうちに露呈していた。
 カディウスとクイエトゥスは奥のあずまやへと向かった。
心地の良い夜風が吹いており、空は晴れて、宮殿の淫らとは無縁の、清い星座を浮かべていた。
 イリスを貸してくれと言われたカディウスは、クイエトゥスの顔をまじまじと見た。
クイエトゥスは肩をすくめた。
アンティトスがイリスを気に入ってることは知ってるよ。それなのに友だち甲斐がないというのかい。
それは考え方の違いだな。
「アンティトスが叛乱軍の成敗を終えて都に帰って来る前にと思ってね。
そのほうが、あの子を贔屓にしている彼への義理も立つじゃないか。
イリスを見て以来、イリスのことが頭から離れないのだ。先日、君のところで、辻駕籠の中で
アンティトスにしてもらったように腰を動かしながら喘いでごらん、それが出来ないなら
中絶手術を受けた時の格好をしてごらんと言っても、楚々としてうろたえているばかりでね。
仕方がないので、ちょっとだけ鞭でつついて遊んでやったさ。
君のことだから奴隷の躾には手抜かりないと思うのだが、あの怯えようはそのままで正解だね」
 どうやら、クイエトゥスは、サビナがイリスに仕向けたことをまったく知らぬようであった。
髭の剃り痕が青い顎に手を添えて、悪気なく、クイエトゥスは付け加えた。
「見目のいい女奴隷など幾らでも補充がきくが、イリスのように美しい、品のいいのは、
貴婦人の女の中にも滅多にいないからね」
 イリスの白い肌やおとなしやかな姿を思い出すとたまらなくなるのか、クイエトゥスは手を擦り合わせた。
カディウスはクイエトゥスの申し込みを承知した。夜風のどこかに、花の香りがしていた。
クイエトゥスは貴族の中でも下流に生まれた為、上昇志向が強いのが難ではあるが、何といっても
学問所で机を並べた仲間の一人だった。アンティトスに許して、クイエトゥスには
許さないということは出来ないし、最初に渡しておいたほうが、しつこくされることもないだろう。
 クイエトゥスも、カディウスがイリスをその為に購入したと信じているらしく、
「あんな綺麗な子にしてやることを考えると、夜も眠れないほどだ」
 その顔や口調には、何ら疑うところがなかった。
「都合のよい日にするといい、クイエトゥス。ただし、イリスはあまりそれ向きではないから、
なるべく苦しめたりはしないでやってくれ」
「というと?」
「あまり」
「ああ、それなら、いい薬をあの子にあげるさ。どんな女でも夢心地になる媚薬なのだ。
実地に何度も試してるから安全だし、副作用もない。それならイリスも楽だろう。
それにカディウス、本音を言えば君と同意見だよ。何といっても嫌がるのを抱くほうが、愉しいものさ」

 皇帝の甥たちの別邸から下僕に担がれてイリスが戻されて来ると、すぐにカディウスは
医師を呼んで診察させた。
イリスは相当量の淫剤を呑まされていて、胃の洗浄と浣腸をさせたものの、具合が悪く、
起き上がれるようになるまでに、数日かかった。
皇帝の甥たちは、カディウスに大金を提示し、イリスを譲ってくれと頼んできた。
 カディウスは大貴族の威厳をもって、それをはねつけた。
イリスが道具で傷を負っていること、イリスをご所望いただくのは我が家の誉れであるが、当方としても
イリスを愛玩しており、お渡しする度にこのような状態になるのではとても奴隷が持たないこと、
遺憾ながらあなた方の趣向には不向きの奴隷である旨を、事務的にしたためて返答し、その手紙を
彼らに送り届けた。
 彼らは見舞金かご機嫌取りのつもりなのか、カディウスに金を詰めた小箱を送ってきた。
カディウスはそれを届けに来た使者にそのまま持たせて、皇帝の不肖の甥たちの許に送り返した。
 書簡を出しても、カディウスは楽観しなかった。
しかし今すぐにイリスを都から遠ざけてしまうことは、得策ではないように思われた。
荘園の別荘を整えて、必要な雇人を揃えるにせよ、仕事が立込んでいて、それも叶わない。
彼らが大貴族の奴隷を手に入れることを諦めて、ほかに興味の対象を見つけるまでは、目の届く
範疇にイリスをおいておくほうがいい。
カディウスはそう判断して、イリスを荘園に送ることは、ひとまず保留とした。

 書斎の外に出ると、噴水のところで、イリスが幼い子供たちとふざけあっているところだった。
奴隷たちの間に生まれた子供たちで、日中はイリスが彼らの面倒をみているのである。
子供たちはイリスに水をかけて、からかっているようであった。
そこには、優しくて美しいイリスへの、彼らの愛があった。
「イリス。イリス」
「冷たい」
「駄目だよ、イリス。逃げてばかりじゃなくて、やり返さなきゃ。イリスは優しいから、心配だよ」
「ねえ、イリス。ぼくたちがお金を貯めて、いつかイリスを解放奴隷にしてあげるよ」
「そしたら、もうイリスは嫌なことをしなくていいんだよ」
「知ってるよ。いつも外から戻るたびに、イリスが熱を出したり、寝込んでること」
「みんなが言ってたよ。イリスは奥方のいないカディウス様の為にこの家に来たとばかり思ってたのに、
客人用に買われた子なんだって。いつも辛そうだから、きっと鞭で打たれたりしてるんだ」
「ひどいよ、カディウス様。イリスはきれいだから、どこかに隠して、カディウス様が
傍においておくといいんだ」
「カディウス様のことを、悪く言ったりしないで……」
「イリス。イリス」
「泣かないで、イリス」
 よくイリスの傍で見ることのある奴隷の若者が、「こら、お前たち。イリスに何をしたのだ」と
子供たちを叱りに出て来た。
 カディウスはそっと柱の影から離れた。
(カディウス様……カディウス様……)
 あの夜以来、イリスには触れてはいない。
屋敷の主として守り続けてきた鉄則を、自ら破るような、どうしてあんなことをしたのかカディウスは
自分でも不可解であったが、あの晩、カディウスの腕の中でやわらかく、あたたかく、はじめて覚える
男のやさしさに溺れていったイリスは、何故かそのことを、とても畏れ多いことだと思っているかのように、
その後は慎ましく、慎ましすぎるほどに距離をとって、これといってイリスの方からカディウスに
媚たり、狎れるようなこともない。
(カディウス様……)
 男の巧みな愛撫を受け、その唇をわななかせて昇りつめ、切なく彼の名を叫んだイリスは、不意に、
がっくりと彼の腕の中で崩れるように弛緩した。そのイリスを抱いて髪を撫で、慰めて、また抱いた。
 夢のような一夜があるとしたら、まさにそれだった。
数々の経験に照らし合わせてカディウスはそう思ってみるが、どうかしていた。
乱暴にされたことしかなく、それを知らぬままではこの先も辛いばかりだろうと、そう考えて
したことではあったが、気の迷いだった。
イリスは奴隷である。
所有物の一つとして、しかるべく、これからもそのように扱うだけである。
 夕方になって、カディウスはイリスを呼んだ。

 今夜お前は、クイエトゥスの許に行くのだ。
カディウスに命じられたイリスは、俯いて、「はい」と答えた。
「一度ここに来たことがある、あの男だ」
「はい」
「クイエトゥスは、お前に薬をくれるそうだ」
 皇帝の甥たちから淫薬を含まされたことを思い出したのか、イリスは「はい」、と声をふるわせた。
楽になり、全てが夢の中のようになる薬だ、とカディウスは誤解のないように付け加えた。
「クイエトゥスに礼を言うのだ。彼はいたらぬお前を気遣って下されたのだから。
お前はただクイエトゥスに任せていればよい」
 カディウスは黙っているイリスに念押しをした。
「分ったな」
 夕方のイリスは奴隷の女に許された髪型の中でも、イリスを特に少女のように見せる、長い髪を
背に流したままの姿であった。
 イリスはカディウスの顔を見つめ、それから、ゆっくりと首を振った。
「クイエトゥス様には、そのようなお薬は、必要ないとお伝え下さいませ」
 カディウスは意外に思い、イリスの顔を見た。
イリスは少しはずかしそうに何かを言いかけて、唇をつぐみ、
小さく微笑んで、カディウスにもう一度、「必要ありません」と首を振ってみせるだけであった。


「……この娘に、何を呑ませたのだ、クイエトゥス」
「ひくついて、喘いでおるではないか」
「媚薬と淫剤の混合物ですよ」
 イリスを取り囲んだ男たちの前で、クイエトゥスは小瓶を振ってみせた。
衣を脱がされた女奴隷は、周囲の人声すらも刺戟になるのか、呻いて、苦しげに身をよじった。
「少々きつかったかな。何しろカディウスはわたしだけにイリスを渡したと思っていますからね。
イリスにも、そこは、忘れてもらわないと。カディウスを騙すようですが、葡萄酒に混ぜて服用させました」
「大丈夫なのかね」
 男たちは奴隷の身体を心配しているのではなかった。
クイエトゥスは請合った。
「ええ。副作用もなし。そのわりに身体はとても敏感になってます。ほら、このように。
皆さまがたのお愉しみには何ら支障ありません。記憶にも残らない」
 男たちは女奴隷の四肢を開き、喘いでいるその美しい顔を眺め、開かせたその股間の奥が
薬の強い作用で、すでにとろりと緩み、濡れていることを確認した。
「イリスをなかせてみましょうか」
 クイエトゥスの指が皮をわけ、小さな芽をむき出しにさせ、爪で軽く揺すった。
わずかに触れられるだけでも、女は過敏な反応を示して、びくびくと白い胸をそらした。
室内に男の脳をとろかす女の声が途切れ途切れに上がり始めた。
彼らの前で女の淫液が零れ落ち、その腿を伝い落ちた。
「手間をかけたな。クイエトゥス。何しろ、カディウスは妙なところで融通がきかぬからな」
「どういたしまして。その代わり従兄の選挙と、次回のわたしの昇任の件、よしなに願います」
「任せておけ。どれ、あまり焦らせては可哀想だな。ここか、それともここか。おお、よく感じよる」
「ほほ、何とすべらかな肌か」
「イリス。イリス。お偉方はお前にとても満足されてお帰りになった。これでわたしの昇進は
決まったも同然だ。宿願が叶った前祝といこう。わたしの番だ」
「………」
「イリス、奴隷の勤めをはたすのだ。薬が効きすぎたのだな。そのまま締め付けて腰をふるのだ。
ハハ、いいぞ。もっとよがり狂え」
 -----男の方のなさることが、とても辛いことなのには、変わりありません。
   でも、もう、怖れる理由は無くなりました。
「イリス、うつ伏せになり尻を上げろ。お前が好きなものを与えてやるぞ。どうだ、いい感じだろう。
腰を動かして深く咥え込め。そうだ」
「カディウスやアンティトスのような大貴族が使う女奴隷にこうして奉仕させることほど愉快なことはない。
咳込んでないで、続けるのだ」
「この薬はいいな。この次もお前に呑ませることにしよう。お前のような美しいのがひいひいと乱れて
脚の間を淫らなもので溢れさせている。実にこたえられん眺めだ。乳首の感度もいいようだな」

 -----カディウス様。少しでもこの身がお役に立てるのなら、助けていただいたご恩が返せます。
   優しくして下さったカディウス様のことを思えば耐えられます。
 -----カディウス様…………


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◆第六話:顔を隠して過ごす日々

 
 反乱軍の鎮圧に出向いていたアンティトスが、休暇を得て、都に一時帰って来ることを
市場帰りの奴隷の口から、カディウスは知らされた。
すぐさま、カディウスはアンティウスに宛てた手紙をしたためた。
アンティトスがこの屋敷の敷居をまたいだだけでも、サビナはそれをイリス目当てだと疑うはずだ。
来訪はしばらく遠慮してもらわなければならない。
カディウスは署名のところにきて、ふとその手を止めた。何たることだ。
たかが奴隷の為に、このように、振り回されなければならないとは。
 しかし、彼は署名をし終え、それをアンティトスに届けるようにと、お抱えの飛脚に渡して
ただちに出立させた。
 そこにクイエトゥスからの遣いがやって来て、イリスのためにと、布地を置いて行った。
出身が少し低い為にずる賢いところが目立つにせよ、悪人にも徹しきれぬ男らしく、後から
後悔することでもあったのか、イリスへの見舞いのつもりらしかった。
イリスの衣を仕立てさせるにしては、上物すぎる品だった。
似合いそうなので惜しまれたが、カディウスは遣いを出して、それを市場でもっと安い、
無難な一反に交換させ、それで女衆全員に、イリスの分も含めて、衣を与えることにした。
 男の許から戻されて来るたびに、イリスは弱り、寝付いてしまう。
クイエトゥスはイリスに下剤をほどこして、媚薬ならぬ淫薬の痕跡を消した上で帰してきたが、
体質的に薬が合わなかったのか、イリスの疲労は深く、しかもまったく何も憶えていなかった。
カディウスはイリスを田舎の荘園に送ることを、本格的に考えなければならなかった。
布を渡して遣いを出した後、ついでに彼は屋敷の視回りを行うことにした。
執事の監督が行き届いているので、何処もかしこも掃き清められ、磨かれて、目立った難はなかった。

(この女、熱がある)
(これじゃ、持たないな)
(もったいない、見ろ、王様に献上してもおかしくないほどの上玉だぜ)
(卓の上に乗せて押さえつけろ。今から貫通式だ)
(ひひ、もったいねぇ。いやありがてぇ。なんてやわらかな胸だ)
(張型を作れ。尻の穴用のも。一度でいい、こんなべっぴんに思い切りぶちこんでやりたかったんだ)
(熱があるなら、隔離しないとな。船倉がいい。あそこなら遠慮なくやれる)
(航海の間に往生させたほうがこの女のためってもんだ)


 後ろから突かれた衝撃で、視界が揺れた。
床がかすんで見えるのは、涙のせいだった。
口枷を嵌められた喉の奥から、イリスは呻き声を上げた。涙が口枷の布にしみこんだ。
押し伏せられたイリスの両手は台座の脚に縛られており、逃げることは出来なかった。
若者の逞しい手がそのイリスの細腰を掴み、深く突き上げ、出し入れを繰り返す。
女のあえかな抵抗となき声が、いっそう若者を猛らせた。
深く打ちつけられて、イリスは苦しげに声を上げた。
「お前が悪いのだ。イリス。何度誘っても俺を避けて、拒むからだ」
 わずかな体液では潤滑には足りず、若者はおのれのものに唾液をつけた。
前戯の余裕もなく若者はイリスに突き入れてきた為、イリスのそこは、ほとんど裂かれるようであった。
「受け入れてくれ。我慢して。イリス、イリス。そんなに痛いか」
 ぎしぎしと台が軋んだ音を立てた。
男のものが女の中を埋めて満たし、また引き、また強引に押し込まれる。
その度にイリスの縛られた身体はきつく前後し、膝が床と擦れた。
くぐもった痛々しい悲鳴と、摩擦音が小部屋に響いた。
突然、若者が動きをやめた。ぜいぜいと喘ぎ、その汗が、イリスの背中にも落ちてきた。
「イリス……」
 若者はイリスの首筋に接吻した。
泣いているイリスの頬に唇をつけ、若者は被さるようにして、イリスの背を抱いた。
イリス、イリス。お前を愛している。頼む。分ってくれ。
「誰か、中にいるのか」
 室の扉が叩かれた。それは、この屋敷の主の声だった。
押しても、扉は開かなかった。
カディウスは不審に思った。
 「何をしている。ここを開けるのだ」
 こちらから体当たりすると、すぐに内側をふさいでいた障害物が横に倒れて、扉が開いた。
そこは、例の、物置部屋だった。
壁際に片付けられていたはずの台が取り出されており、その上にイリスがいた。
窓が開いており、誰かが、窓枠を跳び越えて逃げていったところのようであった。
「待て!」
 カディウスは窓に駈け寄ったが、すでに影もかたちもなかった。
逃走者を追うことは諦めて、部屋の中を振り返った。
両手首を縛られたイリスが台の上に上体を伏せられた格好で、苦しそうに目を閉じていた。
カディウスは無言でイリスの背後にまわり、乱れているその長衣の裾を乱暴にめくり上げた。
先刻までここに居た男はイリスの中に注入を終えており、途中で引き抜いたものか、ほっそりとした
イリスの脚を汚して床に零れるものがあった。
かっとなったカディウスは、ほとんど無駄と知りつつも、イリスの腰を押さえつけ、まだ熱のこもる
その膣の中に指を挿し入れた。
ぬるいそれをカディウスの手でかき出される間、イリスは尻をふるわせて、泣き声をころした。
カディウスはイリスの口枷と、手首の縛めを解いた。イリスは床に崩れ落ちた。
「言うのだ。イリス。ここに居た男は誰だ」
 下腹を手で抑え、喘いでいるイリスを見下ろし、カディウスは大声で問いただした。
イリスは弱々しく首を振り、ほつれた髪もそのままに、逃げるように壁際に後ずさった。
騙されてイリスがこの部屋に連れ込まれたことは明らかであったが、カディウスは
冷たい怒りが冷たいままに、全身を駆け巡り、イリスを睨みつけることを抑えられなかった。
彼は文官であったが、誰もが彼を、武人と間違えた。
その恫喝や命令の強さは、全軍を指揮する将もかくやというほどの力と威厳を持っていた。
イリスは怖ろしさにふるえ上がり、顔を両手で覆ってしまった。
「イリス。教えるのだ。ここにお前を連れ込んだ男は誰だ」
 力なく首を振るばかりの女奴隷に、カディウスはますます底冷えする熱い怒りを覚えた。
「主の言うことが聞けないのだな。では、お前を鞭打つ」
 それが決まりであった。
例外はなく、それが奴隷たちを束ねておく、最も効果的な方法であった。
 カディウスは奴隷たちの間の情交を禁じてはいなかった。
それは、止めようもないことだからだ。
ただしその場合は、他家の奴隷との間のことに限るか、または夫婦とさせて、他家に移らせた。
夫婦を一組で買うことはあっても、この家の中でのそれは許さず、見つかった場合は男女ともに
厳重に処罰した。屋敷の中の秩序が乱れることを、何よりも彼は厭うたからだ。
 イリスは泣いて、床に身を伏せてしまった。
カディウスはその華奢な背を蹴りつけたい衝動を辛うじて堪え、窓の方を向いて、息を整えた。
「屋敷中の者を集めるのだ。そこで、お前を鞭打たせる。ここにいた男が名乗り出てくるまでだ。
誰も自首しないのなら一晩中でもそれを続ける。お前をこの部屋に連れ込んだ男の名を言うのだ」
 男を庇うのか、泣きながらイリスは首をふった。
「よろしい」
 カディウスは憤りのあまり、かえって、頭がさめて冷静になった。
この状態でイリスを鞭打ったり罰するのは、私情が入りすぎる。それも彼の望むところではなかった。
「イリス。お前を今日から三日間、屋敷の廊下に鎖で繋いでおく」
 主の命令に背いた女を、そこで晒し者にするのだ。
カディウスはイリスの腕を掴み、床から引き起こした。肩を掴み、イリスを揺さぶった。
「それでもわたしの言うことが聞けないか。イリス。お前の主に逆らうのか」
 イリスは目を閉じて、苦しげに、かよわく喘いだ。
他の命には、たとえ辛いことであっても、今まで従順に従ってきたお前が、何故、男を庇う。
同じ奴隷だからか。それとも、それが明るみになれば、男が重い罰を受けるからか。男を庇うのか。
それが怒りの根底に渦巻いていることをカディウスは自覚しており、それをして、彼の、
イリスへの態度をますます厳しくさせた。
衣の隙間から見えるイリスの胸には、男が我慢できずに衣を押し下げてつけたらしき、接吻の痕があった。
かつて覚えのないほどの、何ともいえぬ、ざらついた怒りを覚えた。カディウスは低い声を出した。
「手と首に枷を与え、足にも木枷を嵌める。もう一度訊く。イリス、男の名を言うのだ」
 女奴隷の目から涙が零れ落ちた。
イリスは、男の名を言わなかった。


「イリス。イリス。どうしたの」
「かわいそうに、痛いだろう。どうしたの。何をしたの」
「ねえカディウス様に頼もうよ。イリスは悪いことなんかしないよ。イリスの鎖を
解いてやって下さいって頼もうよ」
 イリスのほそい首に首枷を嵌め、留め金をとめ、両手も鎖で繋いだ。
足首は板と板の間の隙間に挟み、動かせぬようにした。
カディウスがそれをする間、イリスはおとなしくしていて、首枷を嵌める時にも自分の手で髪を
そっと片寄せて、首に回されたカディウスの手の邪魔にならぬようにした。
 本来は、不服従をした奴隷の見せしめのために通りや街の広場などの公共の場で行う、晒し刑である。
カディウスはそれを屋敷の中で行った。
いちばん人の行き交いが多く、誰の目にもつく歩廊を選び、イリスを坐らせ、首輪の鎖をそこに繋いだ。
壁の鉄輪と繋がれたイリスは、静かに、壁に凭れて目を閉じていた。
排尿も、誰かに頼み、主の許可を得てその時だけは足枷を外し、桶を股の間に入れてもらって
そこでしなければならなかった。女たちがイリスの面倒をみていた。
屋敷の人間はみんなイリスのことが好きだったので、イリスに辛い想いをさせるようなところは
誰も見なかった。
 イリスが何をしてカディウスの逆鱗をかったのか、誰も知らなかった。
きっとイリスが貴人の誰かの許に行くことを嫌がって拒んだのだと彼らは囁きあい、イリスに同情を寄せた。
「カディウス様はご自分の慰めにする為にあの子を買ったとばかり思っていたのだがなあ」
「カディウス様も酷なことをなさる。どうせなら、最初から、性奴隷をお買いなさればよかったのだ」
 女たちの口から、イリスの陰部には懲らしめが何もなかったと聞いた屋敷の人々はほっとした。
厳しい主の場合、求めを拒んだ女奴隷を処罰する際には、躾と称して張型を挿れっぱなしに
させて放置することもままあったからだ。
 若者がカディウスに面会を求めたのは、すっかり日も暮れた頃であった。
書斎の窓から見える空は残照に昏く、夕映えの雲がわずかに残っていた。
「イリスの鎖を解いてやって下さい」
 蒼褪めた顔で、奴隷の若者はカディウスの前に立った。
若者は額に冷や汗をかいていた。
待ち受ける懲罰を考えれば、それも当然のことであった。通例ならば、腕や脚の切断か、去勢である。
しかし若者は、はっきりと言った。
「遣いで外に出ていて、こんなことになっているとは知らなかったのです。
今朝方、イリスを物置に連れ込んだのは自分です。探し物を手伝って欲しいと頼んだのです。
イリスは悪くありません。とても嫌がって抵抗していました。イリスは俺を庇って、あんな目に。
イリスに夫婦にならないかと付きまとっていたのです。イリスはいつもこう答えていました。
カディウス様の傍にいたいから、それはできないと」
「この屋敷から出て行け」
 カディウスは鞭を取る手間もかけなかった。
「出て行け。今すぐだ。お前を鞭打たぬのは、それではイリスの苦しみが無駄になるからだ。
誰に逢うことも許さぬ。奴隷市場に戻るがいい。出て行け。すぐにだ」
 カディウスは声を荒げなかったが、若者を従わせるにはじゅうぶんであった。
彼は厳しい主ではあったが、気まぐれでも暴君でもなく、公平で、奴隷にとっては
最良の主の部類であり、この家は他家に比べてはるかに過ごしやすく、
使用人の為に多少の融通も認め、便宜をはかってくれるよい主であることを、若者は知っていた。
 若者は唇を噛んでうな垂れたが、すぐに従って、屋敷から出て行った。


(痛がってるぞ)
(処女は痛がるもんだ。ちゃんと抑えとけよ)
(これじゃ狭すぎる。尻を向けさせろ。張型を寄越せ。拡張してやる)
(イリス。お前は妊娠している。これから堕胎させるが、腕のいい医師を呼んだから、安心するのだ。
怖くはない。わたしが立会い、お前の手を握っておいてやる。眠りなさい)
(カディウスは趣味がいい。こういう女を玩具にするのがいちばんいい)
(いくらお前がカディウス様を慕っても、カディウス様はお前を奴隷としか思っていないぞ。しかも
ご自分では使わずにだ。俺はお前を愛して慰めてやれるぞ。こんなふうに、こんなふうに)
(衰弱して熱があるな。助かるかどうか分らないが、屋敷で出来るだけのことはしてみよう。お前の名は?)
(……イリス)

 カディウスが奴隷市場でイリスを見つけたのは、壁際に固められた
最安値の奴隷たちの中だった。
 水が配布されたが、それはあまりにも足りなかった。喉が乾ききっていた奴隷たちは
貪るようにそれをすすり、それからまただらりと鎖の重みに疲れきった身体を壁に寄せ掛けた。
わずかなその水を、イリスはそれを取りこぼしてしまった盲人に手渡した。
欠けた茶碗に入った僅かな水を、イリスは盲人の手にやさしく持たせて、自分では
一滴も呑まなかった。
 疲れ果てて瞼を閉ざしてるその首と手から枷を外し、足枷を外すと、あの時と同じように
イリスはカディウスの胸の中にいた。空には星が出ていた。
イリスは「夢を見ていました」と、微笑んだ。
 カディウスはイリスを抱き上げて、イリスの室に運び、水を与えた。
奴隷たちは何人かで一つの室を使うが、屋敷に来た時病を得ていたイリスは病人用の室に
はこばれて、その後も寝付くことが多かったため、そのままそこが、イリスの室になっている。
そこは物置部屋よりも狭く、小窓しかない、寝台だけでいっぱいになるような室であった。
誰かがイリスの為に作ってやったらしき衣裳箱が片隅にあり、その上には、女たちが乏しい持ち物を
持ち寄ってイリスにあげた、欠けた鏡や、櫛があった。
 下層の奴隷には給金は支払われない。
その代わり解放奴隷にしてやった時に、主から退職金にあたる心づけが渡される。
それとは別に、カディウスは小遣い程度を毎月彼らに与えていた。
そうしないと正しい金の遣い方を覚えないからだ。
カディウスのこの方針に、他家から移って来た奴隷はとても愕いた。
(イリスは自分のためには遣いません)
(貯めているのだろう)
(いえ、全部、子供たちにあげるお菓子にしてしまうのです)
 執事からそれを聞いたカディウスは、「そんな癖を子供につけてはいけない」とイリスを
叱責しなければならなかった。まだ道理が分らぬ子供たちがイリスに不満を持たぬように、
カディウスは使用人が大勢いるところでイリスを叱りつけた。

 小さな室の窓からも、宵の星が見えた。
 寝台に横たえてやっても、イリスは小さな声で話し続けた。
 夢の中で、アンティトス様や、皇族のご親戚の方々や、クイエトゥス様がわたしにお訊ねになるのです。
奴隷船の中でされたことを答えるようにと。それをやってみせるようにと。
カディウス様がお訊ねではなかったことを、どうして、他の方々に言えましょう。
わたしは船底の、暗い船倉に入れられていました。
薄暗く、四方が壁で、わたしを繋ぐ柱や、鎖がそこにありました。
商人さまや男の人たちが交代で降りて来て、いろんなことをわたしに試しました。
男の人たちはいつも複数いて、わたしを縛ったり、抑えつけているのです。
お前は死ぬまでこうして使われるのだと、わたしを鞭で打ちながら奴隷商人さまが言いました。
 船壁を通して伝わる、波の音だけを聴いていました。
陸に着いても、それは変わりませんでした。都への途上でも。
わたしは病気でしたから、それは遠くないと思いました。だから辛くても、怖くなかった。
がたがたと走る荷馬車の中ではだかにされた時も、馬車の屋根から差し込む光だけを見ていました。
 怖くなったのは、カディウス様に拾っていただいてからです。
イリスは薄闇の中でカディウスを仰ぎ、美しい目に不安の涙をたたえ、それを願った。
「わたしを他所にやらないで下さい。このまま、カディウス様のお傍に少しでも長くいさせて下さい」
「男は去らせたが、お前は追放しない」
 カディウスはイリスの室を出た。
宴や華やぎのない屋敷ではあっても、夜の屋敷は火が焚かれ、かえって人の心を落ち着かせる
静寂と、寂寥があった。まだはたらいている者たちの影が一階にも二階にもあり、風呂に
入れられているらしき子供たちのかん高い声と、流れる湯の音が遠くにあった。
使用人用の中庭では、交代で食事を終えた者たちが、食後の小休憩をとっていた。
主がすまう棟だけは、平生からあまり人をおかぬようにしており、しんとしていた。
廻廊の隅には、水盤があった。
篝火の下、カディウスは自分の顔をそこに映した。
夜が裁かぬのならば、おのれが偽りを裁く。
「偽善者め」
 彼は水面に映る自分の顔に向かって吐き捨てた。



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